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環境の研究 —自然・社会との対話—

【巻頭言】

理事長 大垣 眞一郎

 国立環境研究所は,2009年3月15日に設立35周年を迎えました。国立公害研究所として1974年に発足し,1990年に国立環境研究所と名称を変更,2001年には独立行政法人化され現在に至っています。35年は,自然界の尺度では短い期間ですが,社会の変化からみると長い年月です。

 この間,世界では,さまざまな変化・変動が起きました。1973年に中東の戦争と第1次オイルショック,1989年ベルリンの壁崩壊,1991年のピナツボ噴火,1997年アジア経済危機,昨年の食料とガソリンの暴騰,現今の金融・経済危機などです。環境政策に関しては,1992年の国連環境開発会議(リオデジャネイロ),1997年気候変動枠組み条約第3回締約国会議(COP3,京都)が国際的な大きな話題です。国内行政では,1993年に環境基本法の制定がありました。いかに社会の変遷が激しいかがわかります。これから先も,いま現在では想定できないような新しい状況や制度の変化もあり得るでしょう。

 これらの変化と相互にからみながら,社会の思潮も変化してきました。「成長の限界」,「核の冬」,を受けたあと,学問分野としての概念を超えた社会思潮としての「生態学」あるいは「エコロジー」が,ある時期,世界を席巻しました。これは,いまの「持続可能性」へとつながっています。今後も社会思潮におけるパラダイムの変化が,改めて起き得ると謙虚に考えておいた方がよいでしょう。それでは,このように不安定な世界の中で,変わらないものは何でしょうか。あるいは,変えてはいけないものは何でしょうか。

 ちょうど10年前,20世紀が終わろうとするとき,1999年に世界科学会議がブタペストで開催されました。世界のトップレベルの科学者が,21世紀のための科学の課題について討議するためでした。主催は,世界の科学者コミュニティーに影響力のあるUNESCO と ICSU(国際科学会議)です。そこで「科学と科学的知識の利用に関する世界宣言」(以下引用の訳文は,文部科学省のウエブサイトhttp://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/11/10/991004a.htmによる。)が採択されました。科学者コミュニティーの中では「ブタペスト宣言」と呼ばれています。その宣言の前文で,「科学は人類全体に奉仕するべきものであると同時に,個々人に対して自然や社会へのより深い理解や生活の質の向上をもたらし,さらには現在と未来の世代にとって,持続可能で健全な環境を提供することに貢献すべきものでなければならない。」とうたっています。「政府,市民社会,産業界の科学に対する強力な関わりと,科学者の社会の福利への同じく強力な関わりの必要性を考慮して」,「知識のための科学」,「平和のための科学」,「開発のための科学」,そして,「社会における科学と社会のための科学(Science in Society and Science for Society)」,を考えなければならないとしてこの4項目について宣言をまとめています。

 この「科学」を「環境の研究」に,「科学者」を「環境の研究者」に置き換えればよりわかりやすくなります。21世紀に入ってすでに9年になります。これからも自然の変動,社会の変化は大きいでしょう。21世紀の環境の研究は,今までにも増して,自然と人類社会の関係をより深く知ることが求められるということです。また,社会における環境の研究,社会のための環境の研究は,社会とのより深い対話が求められることを意味します。

 しかし,国立環境研究所が,これからも変えてはいけないものがあります。自然との対話を確実に継続することです。また,環境の研究の信頼性,中立性,公益性を保つことです。35年間守られてきたことです。研究所の誇りでもあります。21世紀の環境の研究が,この変えてはいけないものを変えないためにも,社会との積極的で高度な対話を進めなければなりません。世界の環境研究の拠点として,国立環境研究所の,自然との対話の力,および,社会との対話の力が,改めて試されているように思えます。これは新しい責務と義務への挑戦です。

 

(おおがき しんいちろう)

執筆者プロフィール

大垣 眞一郎氏

 この3月末で東京大学を退職し,4月1日に理事長に就任いたしました。新しい水処理技術とシステムの開発,河川や湖沼の水質改善の方法,水中のウイルスの測定など都市環境工学分野の研究を専門としています。