霞ヶ浦の外来魚による生態系崩壊
シリーズ重点特別研究プロジェクト:「生物多様性研究プロジェクト」から
春日 清一
湖沼は半閉鎖空間となっているため湖内の環境変化は時には劇的に起こる。日本で2番目に大きな霞ヶ浦で近年,生物における劇的変化が起きている。特に湖岸植生帯の崩壊,底性生物の激減及び外来魚の食害による生物相の激変である。これらの生態系構造の変動要因を明らかにし,安定した生態系を維持するための管理手法を検討するため生物多様性研究プロジェクトでは調査研究を進めている。
この中でここ数年におけるオオクチバス,ブルーギルに続くペヘレイ,アメリカナマズ(チャンネルキャットフィッシュ)の2種による在来魚種(表紙の写真)に及ぼす影響は驚異的である。
ペヘレイは養殖魚としてアルゼンチンから1966年神奈川県に導入され多くの県で養殖が行われ,また河川や湖沼で放流事業も行われたが定着することはなかった。しかし,霞ヶ浦では1985年試験養殖が行われており,国立環境研究所による継続調査では1989年頃から湖内に出現し,1993年には産卵群が確認され,翌年にはワカサギトロールに大量に混獲されるようになった。そして1999年には時にはトロールの漁獲物の80%以上をペヘレイが占めるようになってしまった。ペヘレイの餌は体長15cm以下では動物プランクトンが多いが,大型になるとエビや魚類を食べるようになる。またその分布は沖帯,湖岸帯を問わず,どこにでも広く分布し,在来魚種に食害を与える。
アメリカナマズは北米産で多くの国に養殖魚として導入され, 霞ヶ浦でも湖内の網イケスでコイ養殖に替わる魚種として1990年頃より飼育されるようになり,現在も網イケス養殖は行われている。我々の調査では1995年前後,定置網に大型アメリカナマズが大量に入網したがこの時にはアメリカナマズの幼魚は見られていない。しかし,1999年,定置網に大量の幼魚が漁獲され,その後定置網のみならず底引トロールにも幼魚が混獲され,湖内での自然繁殖による定着が明らかになった。このナマズは幼魚期から魚食性を持ち,胃の中からは大量の魚類やエビ類が発見される。また,幼魚期から背ヒレと胸ヒレに極めて硬く鋭いトゲを持ち,捕食されにくい。またこのトゲは釣針のようなカエシを持ち,漁師の手や魚網に刺さり,極めて厄介な代物である。
霞ヶ浦の漁獲量は1970年代の最大漁獲時の1/6以下に,また2000年の年間ワカサギ漁獲量は最大漁獲時の1/100以下となってしまった(図1,2)。
霞ヶ浦で漁業対象魚種となっているハゼやエビの漁獲量も激減している。このような湖内魚類構成の変化は食物連鎖の構造から見ると,これまで日本ではほとんど見られない強魚食性魚,すなわち,捕食段階の一段高い捕食者が侵入したことになる。野生生物の場合,捕食段階が一段上がるごとに現存量または生産量はおよそ1/10になり,餌料効率を10%程度と見なせば,強捕食者が侵入した水域ではこの侵入魚種を抑制しない限り在来魚種の生産量を取り戻すことはできない。一度侵入した生物を完全に撲滅することはほとんど不可能なため,侵入者を抑制管理するにはこれら侵入魚種を商品化し,漁業対象魚とすることが必要である。
これら侵入魚が霞ヶ浦に定着した要因を明らかにするため湖内での繁殖習性,成長,食性等を明らかにし,在来魚種との関係や水質等の環境への影響を評価する必要がある。さらに将来,爆発的な増加を示したこれら侵入魚が霞ヶ浦でどのような運命をたどるかを見続けなくてはならない。侵入生物が日本の環境に適応するには長い時間がかかるであろうが,その過程を追跡する良い実例として精査される必要がある(なお,侵入生物全般についての解説記事が本ニュースの9ページから掲載されている)。
霞ヶ浦に侵入したペヘレイとアメリカナマズは日本の他の水域への侵入を許してはならない。ペヘレイは琵琶湖をはじめとする日本の大型湖沼で繁殖する危険性があり,またアメリカナマズは河川にも侵入する危険性がある。
霞ヶ浦ではこのほかにもホワイトバス,タイリクスズキ,ピラニア,レッドテールブラックシャークなどスポーツフィッシング対象魚や鑑賞魚が捕獲されており,無秩序な放流が行われている。
執筆者プロフィール
人間嫌い。生き物の中で最も「いいかげんな」生き物人間。メダカの脳下垂体摘出・移植等から霞ヶ浦の魚類調査に転向。湖とその周辺の生き物を調査観察を始めて二十数年。激変する生物たちを追い続けるうちに時間と体力を失ったことに気付くが,まだ生物は変わり続ける。いつ終わるのだろう。