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大気中の物質輸送に関する孤立性の研究

研究ノート

菅田 誠治

 温暖化等の気候変動を考える際に把握しておかねばならないことの一つは,温暖化物質等の分布である。気候変動によって大気循環の様相が変化すれば,それに応じて物質分布も変化し,放射バランスを変化させ,大気循環へのフィードバックが起きる。よって,温暖化研究には,大気中の物質輸送のシステムを本質的に理解することが必要である。物質循環を理解する上で役立つ概念の一つにミキシングリージョン ( mixing region ) がある。ミキシングリージョンとは,その領域内では物質が速やかに拡がるが,その外部とは不浸透性の境界によって遮られているような領域である。大気はこのミキシングリージョンの階層構造であると言って良い。例えば,地表から放出された物質は対流圏内に拡がっていくが赤道収束帯で一旦せき止められる。全球の対流圏内に十分拡散するには片側の半球内で拡散する時間の倍以上の時間を要し,圏界面を越えて成層圏に入り込むのにはさらに長い時間が必要である。このように大気中の物質輸送は,一旦せき止められた後に広がるといった繰り返しによって運ばれていると捉えられる。これらの境界の位置・形状やそこでの不浸透性の強さは気候の変動により変化するものであり,物質循環の節目にあたるミキシングリージョンの境界で全球物質循環およびその時間変化を把握するのが有効なわけである。しかし,これまでにミキシングリージョンを陽に意識した物質輸送の解析手法の研究はさほど進んでいなかった。本研究の目標はそういった手法を提起することである。

 ミキシングリージョンの境界は「実質的」物質輸送が少ないことによって定義できると考えられる。問題は,何を実質的輸送とみなすかである。大気中における様々な時空間スケールの運動の中で,全球的な物質分布に大きく影響を与え,また,ミキシングリージョン間の物質交換に寄与するのは,相対的に長い時間スケールの(現象としては高低気圧活動の時間スケール等より長い)運動であると考えて,運動の時間スケールに着目する。具体的には,物質を含んだ小さな空気塊が,ある面に対して何回も横切るような動きをしている状況を考える。いったん面を横切った空気塊が,ある時間スケールTよりも短い時間で再度面を横切り元の側に戻るときには,その横断は実質的通過でなかったとし無視することにする。Tより長い周期を持つ通過のみを実質的輸送であると捉えてカウントするわけである。このように空気塊の軌跡を一種の時間フィルターを通して観測することにより,その面を通過する実質的物質輸送を抽出しようと言うのが本研究の提起する解析法である。

 大気大循環モデルに海面水温の気候値を与えて得られた(仮想的な)ある年の1月の風の場を使用して,地表から上空15kmまでの範囲にほぼ等間隔に配置した約40万個の大気塊の動きを1ヵ月間,北半球冬季の物質循環の一例として調べた。得られた軌跡を解析する面として各等緯度面を選び,15日以下のいくつかのTに対して,上記解析法を適用した。すなわち,各緯度における実質的南北輸送量を求め,対流圏を南北に分ける境界の存在を調べることに対応する。その結果,通常の意味(即ち時間フィルターをかけない解析)での南北輸送は,南北緯40〜50度で極大,赤道収束帯と両極で極小であるのに対して,2日以上のTを用いた解析では,赤道収束帯(南北両半球を隔てる境界に対応)と極で極小であるのは同様であるが,南北中緯度(40〜50度)でも極小に転ずることがわかった。これにより,この緯度帯を挟んで高緯度側と低緯度側は2日以上の時間スケールの輸送に関して別個のミキシングリージョンであることが定量的に示された。北半球中緯度での南北輸送の高度方向の依存性を調べると,ジェット気流の中心に対応する高度約10kmで通常の意味での南北輸送は極大であるのに対して,T=2日以上の解析では,高度5km以下に南北輸送が限定されていることがわかった。つまりジェット気流の蛇行は実質的南北物質輸送をほとんど担っていないことがわかったわけである。示した図は鉛直積分したT=7日に対する南北輸送量の水平分布である。北半球中緯度を見ると南北輸送が少ないことがわかる。また,高緯度の南北輸送それぞれが卓越している東西位置を見ると(図には示さない),地形性の高低気圧の影響を強く受けていることがわかる。これらの時間変化を調べると,高低気圧の活動度の時間変化と南北輸送量の時間変化に強い関係があることがわかった。

 今回の研究では,対流圏中緯度における「境界」に焦点をあてたが,近年問題となっているミキシングリージョンの一つに,オゾン層破壊に関しての極渦がある。極渦とは冬季の極域下部成層圏に存在する強い孤立性を保持した低気圧性の渦であり,この孤立性のため,低緯度との熱の出入りが非常に少なく,極渦内の低温が強化・保持され,オゾン層破壊の原因である極域成層圏雲を生成させる原因となっている。今後はこの極渦の孤立性および対流圏成層圏物質交換にも解析の対象を広げようと考えている。

図 7日以上の時間スケールに対して有効な1月1カ月間平均の南北物質輸送量。
赤い部分は輸送量が多く,青い部分は少ない領域を示す。
単位はkg/s/mであり,各緯度を通過する東西1m1秒あたりの大気質量を表す。

(すがた せいじ,大気圏環境部大気物理研究室)

執筆者プロフィール:

学生時代以来久しぶりに囲碁に目覚めた。しかし,県代表への道は果てしなく遠い。所内囲碁同好会会員募集中!

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