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北太平洋のCO2吸収放出の解明

研究プロジェクトの紹介(平成8年度開始地球環境研究総合推進費による研究)

野尻 幸宏

 化石燃料の消費で放出されたCO2の約半分が海洋と陸の生態系(森林)に吸収されていることは,化石燃料消費量とCO2大気濃度増加量から明らかにされている。ただし,海洋と森林それぞれの正確な吸収量が,必ずしも明らかにされていない。海洋の現在のCO2吸収量を明らかにすること,今後どのように吸収量変化が起こるかを推定することは,CO2の大気濃度変化によって起こる地球温暖化の予測にとって極めて重要である。海洋のCO2吸収は,一様に起こっている現象ではなく,海域と季節によって大きく変化する。必ずしも海洋が吸収する方向だけでなく,海洋からの放出が起こる海域,季節もある。海洋の CO2吸収・放出量を求めるためには,海洋表層のCO2化学種の観測が行なわれてきた。海水のCO2フガシティであるfCO2注)と大気のCO2フガシティの差,風速,水温から,海域のCO2吸収・放出量が算定できる。ただし,これまでは季節を完全にカバーする海洋観測がなく,海洋のCO2吸収量推定に大きな不確定性が生じて,炭素循環モデルの問題となってきた。

 しかしながら,我が国では西部太平洋,高緯度太平洋の観測研究が進行し,多くのデータセットが揃いつつある。特に,当研究所地球環境研究センターのモニタリング事業で開始された日加間定期貨物船による観測では,通年のCO2分圧計測が可能となった。高緯度海域では,冬の海況が厳しく,観測船観測は冬季以外に限られていたが,定期貨物船と観測船観測の結果を総合的に扱うことで,季節性を取り入れたデータ解析が行える。この研究課題では,主として fCO2観測データの解析から,北太平洋全域のCO2吸収・放出現象の解明を目指す。

 課題は5サブテーマに分かれている。サブテーマ1は,国立環境研究所と計量研究所が分担し,「海洋表層CO2分圧測定の高度化に関する研究」を行っている。海水中の溶存全炭酸測定の場合ならば,瓶詰めの標準試料が作成できるので,異なる装置間の比較,標準化が比較的簡単に行える。一方CO2分圧計測では,海水を流しながら気液平衡器で海水と空気を平衡にし,平衡空気中のCO2分圧を測定するので,標準海水作成が困難である。そのため,測定値の正しさを検証するには,原理が正しいと考えられる複数の測定法が同じ値を与えることによらざるを得ない。これまでにも,国内機関による相互検定,国際的相互検定が何度か行われ,装置を持ちよる実験が行われてきた。この課題では,定期貨物船上で同時運転している2種類の気液平衡器のデータ比較を行い,装置に必要な改良を加えた。その結果,整合性の高いデータが得られるようになった。また,1998年1月に国内外の研究機関の装置を集める大規模な相互検定実験を行う予定である。

 サブテーマ2では資源環境技術総合研究所が「海洋表層CO2分圧と海洋パラメータの定量化」の研究を,サブテーマ3では中央水産研究所が「表層炭酸物質の変動と海洋生物生産の影響に関する研究」を行っている。サブテーマ2では,1990?1996年にかけて東経175度南北測線を白嶺丸が繰り返し観測したfCO2データと,その他の海洋パラメータを総合的に解析し,北太平洋中央部の亜寒帯,亜熱帯海域でのfCO2の違いと,それを生む海洋循環構造が明らかにされた。

 サブテーマ3では,東経144度南北測線の繰り返し航海で,海洋パラメータとfCO2の関係を観測している。

 サブテーマ4は国立環境研究所による「高頻度観測データを利用した北太平洋域のCO2分圧の時空間分布のモデル化に関する研究」であり,日加定期貨物船観測のデータ解析を行っている。図1がその観測船航路で,カナダから日本に向かう航路はアラスカ湾,ベーリング海,カムチャッカ・千島沖を通る一定航路であるが,日本から北米に向かう航路は一定しない。1995年4月からの観測による航路上のfCO2データを処理し,北太平洋全域5度メッシュごとに,fCO2季節変化関数を求めた。得られた海洋と大気のfCO2差を,夏と冬に分けて表現したのが図2で,プラスの海域ではCO2放出が,マイナスの海域ではCO2吸収が起こっている。高緯度海域西部では夏冬較差が大きく,夏に吸収するが冬には大気と平衡ないし放出となる。高緯度海域東部では夏冬較差が小さく,弱いCO2吸収を示す。西部および中央太平洋中緯度域が最も大きなCO2吸収を示している。また,1997年のエルニーニョで吸収放出パターンに変化が生じていることも明らかになっている。この結果は,観測値のみに基づくfCO2広域分布推定であり,いろいろな仮定をおいて計算されたfCO2分布推定研究との比較ができる。

 サブテーマ5は国立環境研究所による「大気,海洋のCO2の同位体測定による炭素循環の解明に関する研究」である。日豪と日加間定期貨物船観測で得られる洋上大気試料のCO2を抽出し,その炭素と酸素の安定同位体を計測する体制を整備し,継続的な観測を始めた。海洋と陸上生態系それぞれのCO2吸収を定量的に評価することを目的にし,既に意味深い同位体比変動の結果を得ている。

 注)fCO2:海水中のCO2化学種には,ガス状CO2,HCO3?,CO32?があり,溶解して存在している。CO2分圧測定器ではガス状CO2 を平衡空気中のモル比(ppm,百万分率)として測定する。この値は,海面でのCO2交換に係わる有効圧力に相当する量フガシティ(fugacity, fCO2, 単位μatm,百万分の一気圧)に換算される。

図1 1995年4月から1997年3月の日加間定期貨物船による北太平洋海洋表層CO2観測の航路
図2(a) 1995年4月から1997年3月(非エルニーニョ期)における北太平洋表層の海洋・大気fCO2差(μatm)の分布 5〜10月の平均
図2(b) 1995年4月から1997年3月(非エルニーニョ期)における北太平洋表層の海洋・大気fCO2差(μatm)の分布 11〜4月の平均

(のじり ゆきひろ,地球環境研究グループ温暖化現象解明研究チーム 総合研究官)

執筆者プロフィール:

福井市生まれ,東京大学理学部化学科卒,理学博士。1981年国立公害研究所入所。専門は地球化学。フィールドワークが楽しみであるが,最近その機会が減った。