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環境負荷の構造変化と都市の大気環境

研究プロジェクトの紹介(平成8年度終了特別研究)

若松 伸司

 我が国の都市域における大気環境問題の最近の特徴は,不特定多数の発生源が不特定多数に影響を及ぼすいわゆる生活型のものが,その大部分を占めるようになったことである。都市域の拡大や第二次産業の郊外への移動などの都市構造や産業構造の変化,並びに生活様式の多様化に伴う物流量の増加,生活の質の変化に伴うエネルギー消費量の増大などの環境負荷の構造的な変化は,都市域における大気汚染にも影響を及ぼすと考えられる。都市域における主要な大気汚染発生源は自動車によるものであるが,例えば光化学大気汚染の原因となる窒素酸化物の排出は総体量としては増加しつつあり,面的にも広域化している。一方,都市域における大気汚染は沿道大気汚染から広域大気汚染までの広い範囲に及んでおり,それぞれのスケールの現象が相互に関連しているため総合的な理解が必要である。また大気汚染の多くは気象と化学反応が複雑に絡み合って発生するため,発生源,気象条件,反応過程を同時に解析・評価できる数理モデルを用いた研究が有用である。このような背景のもとに,1993年から4年間にわたって特別研究「環境負荷の構造変化に伴う都市の大気と水質問題の把握とその対応策に関する研究」を行った。この特別研究の一環として,関東および関西地域を主たる対象として実施したフィールド観測,風洞実験,データ解析,モデル評価による研究結果の概要を紹介する。

沿道大気汚染と地域大気汚染

 都市内において二酸化窒素 (NO2) の濃度が最も高くなるのは沿道周辺地域である。市街地の道路は建物に取り囲まれていることが多いため,複雑な気流が形成される。また気温の垂直分布の状態(大気安定度)によって,この建物と建物で仕切られた道路空間(ストリートキャニオン)内での濃度のレベルが大きく異なる。このためストリートキャニオン内での大気環境の評価にあたっては,沿道を取りまくより広い地域の大気環境の情況を知る必要がある。しかし,様々な大気安定度や多様な沿道建物の影響下でのストリートキャニオン内部の流れや濃度分布をフィールド観測により調査することは,極めて困難である。このため沿道建物を単純な形状の市街地モデルにおきかえて,周辺建物の状況や大気安定度による流れ場や濃度場の変化を風洞実験によって調べた。実験においても安定度を変化させた時の流れと濃度の観測は,技術上の困難さから,これまでほとんど成功していなかったが,今回新たにレーザー流速計を用いた実験技術を確立したことにより最新の実験結果を得ることができた。研究の結果,安定度が変化することによりストリートキャニオン内での流れ場が大きく変化し,これに伴ってよどみ域内での濃度分布や上層からの空気の取り込みの様子が著しく異なること,またこの時の沿道上層でのオゾン (O3) の濃度によりストリートキャニオン内でのNO2の濃度は大きく変化することがわかった。

 関西地域においては4月にNO2の濃度が高くなる傾向がある。このことを解明するために航空機を用いたフィールド観測とモデルによる評価を行った。観測時には地上でNO2の濃度が上昇したが,このとき上空で80ppb以上のO3が出現していた。一方,3000m以上の上空においても60ppb程度の O3が認められており,成層圏から対流圏へのO3の沈降が観測された。また観測期間中の気象条件は,移動性高気圧の影響による沈降性の逆転が認められ,晴天で最高気温が25℃以上となり光化学反応が起こりやすい条件となっていた。このようなバックグラウンドオゾンと光化学オゾンの寄与を知るためにモデルを用いた解析を行った。その結果,関西地域での春季のNO2高濃度には光化学オゾンと成層圏オゾンがほぼ同等に寄与していることが明らかとなった。またNO2の生成要因別寄与に関しては,大阪地域内において発生した一酸化窒素 (NO) がNO2に酸化されることによる寄与が最も大きいことがわかった。

関東地域における夏季大気汚染

 関東地域における夏季大気汚染の動態解明はこれまでにも多数行われており,局地風循環と光化学オゾンやエアロゾルの分布の間には密接な関係があることが知られている。しかし,山岳地域や海上での挙動に関しては十分な知見が得られていなかった。特に山梨県や,静岡県などの西部山岳地域,並びに太平洋上での動態解明が大きな課題となっていた。そこで東京都大島空港を基地として航空機観測を実施した。観測の結果,これまでに知られていなかった広域大気汚染機構を見いだした。大島の気象台における観測では観測日の前日から南風が継続していたにもかかわらず,洋上の極めて広い範囲にわたり100〜280ppbの高濃度のO3が観測された。メソ気象モデルを用いて解析した結果によれば,南系の風は海上の200〜300m程度の層に限定されておりこれより上層では北〜西系の風が吹いていた。このことから日中に南風の海風により内陸に輸送された汚染空気が内陸の山岳付近で上層に取り込まれ,北系の上層風で太平洋上まで輸送されたものであることがわかった。このような広域な汚染空気の循環現象は今回初めて明らかにされたものである。

光化学大気汚染のトレンドと大気環境負荷

 光化学大気汚染の経年変化の機構を明らかにするためにオキシダント (Ox) と,その原因物質であるNOxと非メタン炭化水素 (NMHC) 濃度の経年変化の解析を行った。データ解析の結果によれば関東地域,関西地域において日々のOxの最高値が出現する確率が,北関東地域,及び京都・奈良地域で増加していることがわかった。また関東地方の大気汚染測定局のデータによれば1978年から1994年にかけてNMHCはてい減,NOxは1985年頃から増加となっていた。環境大気中におけるNOxとNMHC濃度の経年変化に関しては関西地域においても同様な傾向が認められた。

 このような特徴を定量的に評価するために数値モデルによる解析を行った。Oxの原因物質であるNOxとNMHCの環境での測定値の変化が発生源の変化を反映していると考え,1981年の基本計算と比較してそれぞれ一律にNOxの発生強度を増やし,NMHCの発生強度を減らした計算結果ではO3の最高値は少し増大するが,その増加量はそれ程大きな変化はなかった。しかし最高O3濃度が出現する時刻は大きくずれて遅い時刻にシフトすることがわかった。フィールド観測の結果によれば,光化学大気汚染が発生する夏季においては大気汚染物質は海風により都心地域から内陸地域へと運ばれることが知られている。最高O3濃度の出現時刻が遅くなることは最高O3濃度の出現地域が内陸部に移ることに対応する。これは前述のデータ解析の傾向と整合していた。都市域の拡大や交通量の増加によりNOx発生地域の広域化と発生量の増大が進んでおり,このことが光化学大気汚染の地域分布に変化をもたらしている。

 今回の研究においては沿道大気汚染から広域大気汚染にわたる様々なスケールの都市大気汚染現象を総合的・体系的に評価するための各種の手法を検討した。また日本の大都市地域における大気環境問題の現状をフィールド観測やモデルシミュレーションにより解析,評価した。研究の結果,東京や大阪などの地域における大気汚染は依然として深刻であることがわかった。都市大気汚染の主要な発生源は自動車であるが,自動車単体の対策効果が,台数および走行量の増加がもたらす発生総量の増大により打ち消されて,このためNO2や光化学オキシダントの高濃度の出現地域は広域化の傾向にある。今回の観測では,春季,夏季ともに広域にわたる汚染物質の移流や循環が確認されており,都市スケールの大気環境を扱うにあたっても,より広いスケールの中での理解が必要であることが示された。

(わかまつ しんじ,地域環境研究グループ都市大気保全研究チーム 総合研究官)

執筆者プロフィール:

函館生まれ,1968年に北海道大学工学部衛生工学科卒。工学博士・技術士(応用理学)<趣味>晩酌,平泳ぎ,スキー,畑遊び。来年度から特別研究『都市域におけるVOCsの動態解明と大気環境質に及ぼす影響評価に関する研究』を開始する予定。