美しい湖とマイノリティ気質
海外からのたより
福島 武彦
スイスは今年で建国700年を迎える。ウィリアム・テルの活躍した、その発祥の地の真ん中に四森州湖(Vierwaldstattersee)はある。10m近い透明度を有する貧栄養湖で(面積114km2、最大水深214m)、日本の湖では十和田湖や支笏湖と雰囲気が似ている。ヨットやモーターボートの数が5、000を超えるこの湖は、10数年前、中栄養状態になり、酸欠水塊が発生する危機に瀕した。それを、排水の物理化学的処理を中心としたリンの削減によって抑え、元の水質を回復、維持しているという。
スイス連邦水資源・水質汚濁防止研究所(EAWAG/ETH)の湖沼研究施設はその美しい湖畔に位置している(写真)。ひな段3層式の本館、その右側の白い旧館、手前はボートハウス及び講義室となっている。ここでは学生や小・中学校教師への簡単な陸水学講座が頻繁に開かれる。現在、この施設は職員とアルバイト30名、学生20名程度の規模であるが、その1/4以上を外国人が占めている。なお、この研究所の所長は「Aquatic Chemistry」で有名な W.Stumm 博士であり、彼は1970年からずっとその職にある。近い未来に起こる、彼の退職後の大変革に対して、所内では恐れと期待が入り混じっているように見える。
去年の10月より、私はここで2人の生物屋さん(P.Bossard と J.Bloesch 両氏)と一緒に、リンの懸濁粒子への取り込み現象に関する研究を行っている。湖の中層におけるリン、窒素及び溶存酸素の挙動の違いを説明するのが目的で、放射性同位体を使った実験が中心である。アルプスの頂き、色とりどりの草花、そして湖岸に遊ぶ水着姿の美女を見ては疲れを休めている。
ところで、スイスはドイツ、フランス、イタリアといった国々のはずれ部分が連合してできた国である。非効率的な4つの言語の併用などを乗り越えて、今の繁栄をもたらしたのもそのマイノリティ気質のようだ。そこには、厳しい自然とは裏腹に、地方の時代を予感させるものがある。
目次
- 研究所は研究のみをするところにあらず− 人材養成 −巻頭言
- 伝統と現代、あるいは過剰と欠乏−環境と健康の関係を研究する際の視点として−論評
- 退任にあたり期待するところ論評
- 熱帯林生態系の構造解析プロジェクト研究の紹介
- 有害廃棄物のモニタリングに関する研究プロジェクト研究の紹介
- 実験池における富栄養化過程とプランクトン群集の相互作用について経常研究の紹介
- 誘導結合プラズマ質量分析法(ICP・MS)による鉛同位体比測定の国際的クロスチェック経常研究の紹介
- 私の行動主義研究ノート
- レーザーレーダーと高濃度大気汚染研究ノート
- 研究発表会・特別講演会報告その他の報告
- 新刊・近刊紹介
- 主要人事異動
- 編集後記