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退任にあたり期待するところ

論評

前環境健康部長 村上 正孝

 退任して4か月たちました。昭和61年以来、前久保田憲太郎部長のあとをお引き受けして、環境生理部、環境保健部そして組織改革後環境健康部と担当部の名称は変わるものの、一貫して環境保健研究の推進に部長として努力して参りました。我ながら、大変な局面、情況の中で、よく責任を果たしたものだと自負の念と感慨ひとしおのものがあります。ひとえに、環境庁、研究所の諸先輩及び同僚の支援があってこそできたものと感謝しております。

 以下、今後の研究所の環境保健研究について私が望むことを記します。

 (1)集団相手の仕事では疫学グループが中心となって行っている「幹線道路沿道住民の呼吸器症状の有症率が高い」という事実の背景説明が求められています。私見ですが、英国をはじめ先進諸国の大気汚染研究者は、この現象を大気汚染との関連において、説明できるとは思っておりません。同一集団について、よりきめの細かい継続調査が必要です。明らかに健康障害が起きているためからか、あるいは快適な生活環境の充足を求めるためからか、この背景要因に関して納得のいく説明が求められています。この研究成果は、車社会を前提とした都市生活構造に警鐘を鳴らすものとして歴史に残るものとなりましょう。

 (2)地域における環境と保健情報をリアル・タイムに付き合わせ、評価するシステムの構築が急がれています。公健法改正以来、大気汚染に関する環境保健サーベイランス構築に必要な条件についての検討に大分時間が費やされております。英国では環境汚染とガンに関するサーベイランスシステムが走り出しています。我が国においても研究課題として国際的な評価に耐える成果を、できるだけ早くあげるべき時期に至っているのではないでしょうか。

 (3)長期吸入暴露の遂行と各種生体影響を検討する動物実験研究グループの能力は、高く評価されています。しかし、いまひとつ迫力に欠けます。それは、結果をヒトに外挿することに従来、あまりにもとらわれ過ぎて、汚染物質の生体影響メカニズムの解明がおろそかにされてきたからではないでしょうか。むしろ、暴露濃度は高くても測定している影響項目の中毒学的意義づけを明確にすることが重要ではないか。その点が明らかになれば、低濃度長期暴露の人口集団を対象とした疫学調査において積極的に当該指標が調査項目として使われるはずです。現在は、指標の意味があいまいのうちに疫学調査に用いられ、結果はあたかも、大気汚染のレベルに依存して指標の値が変動するような所見が得られ、改めて、その中毒学的意義が問われる状況が見られます。実験研究者はこの事実を深刻に受け止め、仕事の優先順位を決めていただきたいものです。

 (4)環境研は基盤研究とともにその問題解決型研究の成果が行政施策決定に寄与するように求められています。したがって影響があると報告するだけではすまず、それが健康上、どのような意味を持ち、その障害の程度を示す必要があります。そうでなければ、リスク・便益のシートバランスに乗せて対策の必要性、緊急性について議論することはできません。この点を踏まえて、所見を整理することがリスク・アセスメントの思想であり、決して定量的にリスクの大きさを示すことだけではないと考えます。

 (5)環境問題は地球規模へと広がり、環境保健研究も国境を越えて、多様なタイプの汚染の影響について対応が求められています。他の諸国の研究者、行政官との協同作業が着実に増え、十分な語学力と社交性が研究者に求められております。

 最後に環境研究のメッカたる地位を得つつある環境研への熱い想いと期待をこめて、去っていきます。

(むらかみ まさたか、現在:筑波大学教授)

特別講演会(平成3年6月18日)の写真