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2005年12月28日

中国における都市大気汚染による健康影響と予防対策に関する国際共同研究
平成12〜16年度

国立環境研究所特別研究報告 SR-64-2005

研究の目的と背景

表紙
SR-64-2005 [11.6MB]

 中国の大都市では、急速な近代化とともに大気汚染が深刻化している。大気中浮遊粒子(PM10)濃度は日本に比べかなり高いことが明らかになっているが、健康への影響が大きい微小粒子(PM2.5)濃度の現状についてはほとんど明らかになっていない。そこで、暖房のための石炭燃焼に、自動車や工場からの大気汚染が加わっている中国東北地方の瀋陽市や撫順市、鉄嶺市をフィールドとして,季節や粒径別に大気中微小粒子濃度を明らかにし、さらに粒子中の多環芳香族炭化水素など有害成分の含有量を明らかにすることを目的とした。また、都市住民が実際に吸入している濃度(個人曝露濃度)を室内・屋外濃度と併せて実測し、環境濃度(屋外濃度)との関係も明らかにすることとした。さらに、児童の継続的な肺機能測定などにより、現状の大気汚染による健康影響の程度を評価することを目的とした。

研究の概要

課題1.都市大気汚染濃度の評価-大気中微小粒子濃度と粒径分布-

 冬季に主として石炭燃焼による地域暖房を行う中国東北地方の対象3都市内に大気汚染高濃度、中濃度、低濃度の3地域を選定し、1年間に4期(20回程度)の大気中粉じんの粒径別サンプリングを行い年間の大気汚染実態を把握した。ここでは、粒径別に9段に分けた測定値をまとめて、全体(TSP)、日本のSPMに近いPM7、PM2.5とほぼ同じであるPM2.1の3種に分けて検討した。
 対象都市は、いずれも冬季に都市暖房を行う東北地方(遼寧省)の瀋陽市、撫順市、鉄嶺市の3都市で、対象とした地域の概要を表1に示す。

表1 対象都市、地域の特徴

 瀋陽市において大気中微小粒子の粒径別濃度を測定回ごとに3段に区分した結果を図1に示す。非暖房期の7月は、どの粒径別濃度も他の測定時期より低いが、PM2.1の7日間平均濃度がどの地域も50μg/m3に近く、我が国のSPMに近いPM7濃度も50~100μg/m3であった。道路交通量から大気汚染の程度を和平>文芸>泰山と仮定したが、夏季の泰山地域が他の2地域よりわずかに低い傾向で、和平地域と文芸地域には違いは見られなかった。
 11月から1月の暖房期には地域ごとの傾向は見られなかった。4月の高濃度は、黄砂の通過によるものと考えられた。

図1 瀋陽市内3地点における粒怪別PM濃度

 撫順市における測定結果を瀋陽市と同様に図2に示す。非暖房期である7月と10月の測定期においても48時間平均濃度でPM2.1濃度が100μg/m3を超えることがあった。この2期では、工場地域との距離が近いほど濃度が高い傾向が見られた。暖房期には地域間の差が無くなりPM2.1濃度が100~150μg/m3、PM7濃度は100~300μg/m3のレベルとなり、瀋陽市に比べ高濃度であった。また、地域間の濃度差もなくなっていた。また、前年の瀋陽市と同様、暖房期後の4月の測定期間の途中の測定日に、TSP、PM7濃度が非常に高濃度になった日は黄砂が通過したためであることが確認された。
 暖房期後の4月は、PM2.1濃度は前年の7月とほぼ同じ濃度レベルに戻ったが、PM10,TSP濃度は非常に高い測定値が見られた。これも黄砂の飛散が観測された時期と一致しているため、黄砂の通過が原因であると考えられた。

図2 撫順市内3地点における粒怪別PM濃度

 鉄嶺市では、非暖房期の7月、10月の濃度レベルは瀋陽市とほぼ同じレベルで、PM2.1濃度が50μg/m3程度、PM7濃度が50~100μg/m3であった。暖房期の12月にはいずれの粒径も濃度が上昇し、このときは撫順市の暖房期とほぼ同程度のPM2.1濃度が50~150μg/m3、PM7濃度は100~300μg/m3のレベルであった。5月にはPM7濃度、PM2.1濃度とも4月の測定値より低かった。鉄嶺市は市内に大きな発生源がないため、非暖房期には郊外地域の第八小地域が若干低い傾向が見られた。

課題2.対象都市住民の大気汚染個人曝露濃度に関する研究

 一般の都市住民の生活環境における大気汚染曝露を把握するため、3地域住民各10人(非喫煙者)を対象として暖房期と非暖房期に各連続7日間、住宅内外のPM10、PM2.5濃度と個人曝露濃度を携帯式サンプラーを用いて測定した。
 瀋陽市において各測定場所の平均濃度を図3に示す。青い棒グラフがPM2.5濃度を、黄色い部分が2.5ミクロン以上の粒子濃度(PM2.5-10)、合計した高さがPM10濃度を示している。測定日が異なるため、地域間の比較はできない。同じ地域内でも測定場所に濃度のばらつきが大きかったが、暖房期には屋外のPM2.5の平均濃度がどの地域でも141~194μg/m3という高濃度になっていた。室内濃度の平均も100μg/m3を大きく超えて、個人曝露濃度も室内濃度とほぼ同じレベルになっていた。非暖房期の濃度は、屋外と室内の濃度差がほとんど無く、平均濃度は60μg/m3以上であった。

図3 瀋陽市3地域におけるPM2.5及びPM10の屋外、室内、個人暴露濃度

 撫順市では、図4に示すように、金属精錬などの工場地帯からの距離で大気汚染レベルの違いを想定したが、PM2.5の屋外平均濃度で、暖房期、非暖房期とも蓋平、法庫地域の濃度が光明地域に比べて高く、非暖房期の光明地域以外はPM2.5の平均濃が100μg/m3を超えていた。暖房期の屋外濃度は、瀋陽よりは低い傾向であったが、屋外のPM2.5平均日別平均濃度が非暖房期でもほとんどの測定期間で100μg/m3を大きく超えることが確認された。室内濃度の平均は瀋陽と変わらなかった。撫順市の結果で、最も重要なことは、非暖房期におけるPM2.5屋外濃度の平均が100μg/m3前後の高濃度となっていることである。暖房期との違いはわずかに20μg/m3程度であり、年間を通して工場地帯からの高濃度大気汚染が存在していることが明らかになった。非暖房期では、瀋陽の結果と同様、屋外濃度と室内濃度が同等であり、個人曝露濃度もほぼ同濃度であった。
 鉄嶺市では、屋外濃度の平均は、暖房期、非暖房期とも、第十六>第十三>第八の順になっており、暖房期のPM濃度は屋外>室内≧個人曝露という関係であった。また、非暖房期は他の2都市と同様に、屋外、室内、個人曝露濃度はほとんど同じレベルであった。

図4 撫順市3地域におけるPN2.5及びPM10の屋外、室内、個人暴露濃度

課題3.粉じん中有害成分の特徴と健康影響に関する研究

 対象都市においてLVAで捕集した粉じんを分析し、発がん性や変異原性を持つPAH(多環芳香族炭化水素)、NPAH(ニトロ多環芳香族炭化水素)について、日本などとの化合物の種類、濃度、組成、季節変動、粒度分布を比較して特徴を明らかにした。

[年平均濃度]

 PAHについては9種類を分析し、NPAHについては10種類を分析したが、図5に示すように、3都市における大気粉じん中PAH、NPAH濃度を大気体積当りで比較すると、撫順市が最も高く、瀋陽市と鉄嶺市はほぼ同程度であった。
 一方、粉じん重量当りPAH、NPAHの濃度は図6に示したように、撫順市で最も高く、瀋陽市と鉄嶺市と同程度で撫順市より低かった。この順番は大気体積当り濃度の順番と同じであった。

図5 3都市の大気体積当たりのPAH,NPAH濃度、図6 3都市の粒子重量当たりのPAH,NPAH濃度

 瀋陽市と鉄嶺市の大気中PAHは、報告されている北京市のレベルより低かったが、撫順市では北京市と同レベルであった。大気中NPAHの定量は本研究が中国では初めての報告のため、我が国の都市と比較すると、大気体積当りNPAH濃度は撫順市では札幌市より高く、瀋陽市と鉄嶺市では札幌市より低いが東京都(新宿)より高かった。なお、大気体積当りPAH濃度は、3都市とも札幌、東京より1桁以上高かった。

[季節変動]

 図7と図8に、それぞれ3都市9地点の大気体積当りPAH及び2次生成化合物である2-NPと2-NFを除いたNPAHの夏季と冬季の濃度を示した。大気体積当りPAH、NPAH濃度は3都市とも、冬高夏低の季節変動が見られた。
 夏において、3都市の大気体積当りPAH、NPAH濃度は共に重度汚染と仮定した地域で高い傾向が見られたが、冬ではこの傾向は見られなかった。また、瀋陽市と鉄嶺市では、いずれの地域においても夏に対する冬の大気体積当りPAH濃度が著しく高かった。瀋陽市、鉄嶺市では、暖房のための石炭消費の増加が原因であると推測された。撫順市では、夏に対する冬のPAH濃度の比に大きな違いが見られず、常に工場由来の汚染が影響していると推測された。

図7 3都市の大気体積当たりのPAH濃度の季節変動
図8 3都市の大気体積当たりのNPAH濃度の季節変動

[粒径分布]

 図9に示したように、3都市の大気粉じん中PAH、NPAHの約80%(NPAH、撫順市)~90%(PAH、鉄嶺市)は、粒径が7μm以下の粒子に存在し、約55%(NPAH、撫順市)~80%(PAH、鉄嶺市)は、ヒトの呼吸器系へ吸入されやすい粒径2.1μm以下の細かい粒子中に存在することがわかった。

図9 3都市の大気中PAH,NPAHの粒怪分布

 中国の東北地方で使用されている4種類の典型的な石炭ストーブから排出する粉じんを瀋陽市で捕集し、金沢で捕集したディーゼル車から排出する粉じんと比較したところ、石炭燃焼粉じんではPAHに比較し、NPAHの発生量が1/1000程度であり、ディーゼル排気粉じんではPAHに比較してNPAHの発生量が1/8程度であった。このことからNPAHとPAHとの組成比が大気中燃焼由来浮遊粒子状物質の主要発生源を推定する指標となることがわかった。

課題4.都市大気汚染の学童の呼吸器に対する影響に関する研究

[スパイロメーターによる肺機能変化の評価]

 3地域の児童約100名ずつに対して暖房期(11月初~3月末)をはさんで年間4回にわたり、スパイロメーターを用いて同一児童の1秒率(FEV1.0)などを継続的に測定することにより、都市暖房に起因する大気汚染濃度の上昇に対応した閉塞性換気障害の有無を検討した。
 ここではFEV1.0の平均値の経時的変化を図10に示す。瀋陽市では2002年12月は10月に比べて3校の男女ともに低下していた。撫順市では、2002年12月に法庫の男子で10月よりも低かった。鉄嶺市では、2004年1月に第十六、第八で男女ともに10月よりも低下していた。
 FVCの平均値は、瀋陽市では2002年12月は10月に比べて泰山の男子を除いていずれも低下しており、和平では男女ともに2003年4月も低下したままであった。撫順市の男子では、2002年12月に法庫、2003年4月に蓋平でそれぞれ前回の値よりも低かった。女子では3校ともに経時的に増加する傾向が認められた。鉄嶺市では、2004年1月に第十六、第八で男女ともに10月よりも低下していた。

図10 測定年月別1秒量(FEV1.0)平均値の推移(都市別)

ほとんどの学校で、男女ともに大気中粒子状物質濃度の増加に伴い肺機能値が低下する関連が認められ、これまでの研究報告と一致していた。
 粒子状物質の粒径別(TSP、PM7、PM2.1)に検討したところ、10μg/m3増加あたりのFEV1.0変化量はTSP<PM7<PM2.1であり、粒径が小さい粒子ほど肺機能値に与える影響が大きい可能性が示唆された。
 観察された影響は比較的小さいが、これらの影響が短期的なものであるのか、長期に及ぶものであるのかは明らかではない。小児の成長に与える影響についてさらに長期的な観察が必要である。

[質問票調査による慢性影響評価]

3地域の小学校の児童約500名ずつを対象に、標準化された質問調査票により大気汚染による慢性影響を検討した。
 図11に各都市の呼吸器症状有症率を示す。持続性せき、持続性ゼロゼロ・たん、ぜん鳴症状、ぜん息様症状のいずれも有症率は撫順、瀋陽、鉄嶺の順であった。3都市に設定した調査地域の大気汚染レベルも、ほぼこの順であることから、大気汚染と呼吸器症状との関連性が疑われた。

図11 都市別呼吸器症状有症率

 表2に示すように、各呼吸器症状の有無を目的変数として、都市(瀋陽、撫順、鉄嶺)と家庭内喫煙の有無を共変量として分析を行ったところ、家庭内喫煙の影響はほとんど認められず、都市間での有症率の差が認められていた。特に撫順は鉄嶺に比べ各症状の有症率が有意に高くなっていた。

表2 都市・家庭内禁煙を共変量としたロジスティクス回帰分析結果

 中国東北部における主たる大気汚染源は地域暖房のための石炭燃焼であり、暖房期である冬季の大気汚染度は、日本に比べて激しいと考えてよい。しかし、高い汚染レベルにもかかわらず、現状では全般的に呼吸器の有症率は低かった。呼吸器症状の有無、さらには都市間での違いをもたらしたものが大気汚染であるかに関しては、さらなる調査が必要である。

〔担当者連絡先〕
独立行政法人国立環境研究所
環境健康研究領域 田村 憲治
Tel.029-850-2520

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