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2023年3月28日

環境儀

国立環境研究所が実施している研究の中から、重要で興味ある成果の得られた研究を選び、国民の皆様に分かりやすくリライトした研究情報誌です。
ISSN(print)1346-776x ISSN(online)2187-9389
※発信形態の見直しに伴い、環境儀87号をもちまして休刊させていただくこととなりました。
 これまでご愛読くださいました皆さま、ならびにご支援いただいた皆様には、深く感謝申し
 上げます。

最新号vol.87

大気中温室効果ガス計測の新展開

測定技術の進歩と観測研究の発展


大気中に存在する温室効果ガスは、レーザー光を用いてより正確に観測できるようになりました。
その結果、今まで捉えることができなかった詳細で重要な変動がわかるようになったのです。

近年、二酸化炭素に代表される温室効果ガス(GHG)の観測研究に、一つの大きな転機が訪れています。2000年代はじめ頃から、気体分子の吸光特性を利用した計測手法である、「赤外レーザー吸収分光法(infrared laser absorption spectroscopy:IRLAS)」が飛躍的に発展しました。装置の精度や安定性といった分析性能だけでなく、可搬性も大きく向上したことで、実験室での使用に限られていたIRLASが、いまや屋外の現場でも容易に使えるようになりました。

IRLASは、従来の主力計測機器に代わる大気微量成分の計測機器として急速に台頭し、今日では、さまざまな特性を持つものが開発されています。そのおかげで、用途に応じて、最適な機器を選べるようになり、IRLASの発展はGHGの観測手法にも新たな多様性をもたらしています。また、これまでに捉えられなかったGHGの詳細な分布や変動が観測できるようになりました。

今後、IRLASを用いたさまざまな観測研究により、今まで不十分だったGHGの発生源の理解が進むことで、IRLASが各種GHGの全球分布や全球収支推定の精緻化に大いに貢献することが期待されます。

interview
研究者に聞く

筆者の奈良英樹の写真

地球システム領域
地球大気化学研究室/主任研究員
奈良 英樹
(なら ひでき)


レーザー分光計で見えてきた温室効果ガスの実態

大気中の二酸化炭素やメタンなどの温室効果ガスの増加が、地球温暖化に及ぼす影響が懸念されています。その影響を把握するには、温室効果ガスの地球規模での分布や年間の変化量を観測することが重要です。国立環境研究所では、さまざまな方法で観測を続けていますが、近年は、「赤外レーザー吸収分光法(以下、レーザー分光法)」による高精度な観測が普及し、主流になりつつあります。地球システム領域・主任研究員の奈良英樹さんに、レーザー分光法による観測やその技術の進歩についてうかがいました。

温室効果ガスの観測

Q:これまで大気中の温室効果ガスはどのような方法で観測してきたのですか。
奈良: 国立環境研究所では、私が研究員になる以前から、沖縄県の波照間島や北海道根室市の落石岬にある「観測ステーション」という大規模な大気観測用の施設で観測をしてきました。これらの観測ステーションでは、大気観測用のタワーの上方から長い管を通して大気を集め、二酸化炭素はNDIR(非分散型赤外分光計)、メタンはGC-FID(水素炎イオン化検出器つきガスクロマトグラフ)という屋内に設定した装置で分析していました。今日では、世界の研究機関が各地に設置しているこのような観測ステーションにおける現場観測をもとに、人工衛星の観測結果や数値モデルなどを組み合わせた解析を行うことで、地球規模での二酸化炭素やメタンの3次元的な分布がわかるようになってきました。

NDIRは比較的小型ですが、装置本体以外にも装置感度を校正するためのシステムなどが必要です。一方、GC-FIDは重くてかさばるので、現場で観測できる場所はそう多くはありません。とくにGC-FIDは、危険なガスを使うため、安全面から無人の状態で装置を起動してメタンの自動測定をすることが困難なケースもありました。そのため、観測施設以外では、現場の大気を容器に採取し、実験室に持ち帰って分析するのが一般的でした。ただ、現場に持っていける容器の数は限られているので、容器に大気を採取できた瞬間の温室効果ガスの分析結果に基づく挙動しかつかめませんでした。このような背景から、レーザー分光計が使えるようになってたいへんよかったという実感があります。

Q:どんな点がよかったのですか。
奈良: 比較的小型かつ軽量で、危険なガスなどを使わないので、極端なことを言えば、電源さえあれば屋外の現場でも大気観測ができるのです。また、数秒間隔で一度に複数の気体成分、例えば二酸化炭素とメタンを同時に観測できます。これまでと比べて時間的により細かく、また、飛行機や船などの移動体に装置を搭載したときには空間的にもより細かく観測できるようになり、今まで捉えられなかった温室効果ガスの変動がわかるようになりました。

Q:レーザー分光法は温室効果ガスの測定にいつごろから使われるようになったのですか。
奈良: この技術はだいぶ前からありましたが、私たちが求める仕様の装置が手に入るようになったのが2000年代の後半です。レーザー分光法では、大気中の二酸化炭素などの気体が特定の波長の光を吸収する性質を利用しています。観測したい気体が吸収する波長を持つレーザー光を照射して光の強度の変化を測定し、強度が減った分は吸収されたことになるので、それを濃度に換算します。

自動車運搬船での観測

Q:レーザー分光法でどんな観測をしたのですか。
奈良: 初めて現場観測で用いたのは船での観測です。それまでは固定点での観測が一般的でしたが、船に装置を搭載すれば航路に沿って広範囲の大気を観測できます。私たちの場合は、企業の自動車運搬船に装置を置かせてもらい、日本からアメリカや、カナダに向かう北米航路、日本からオーストラリアやニュージーランドに向かうオセアニア航路、日本から中国、タイ、シンガポール、マレーシア、インドネシア、フィリピンに寄港する東南アジア航路で観測しています。一般に、自動車運搬船は決まったスケジュールで動くので、定期的な間隔でデータを得ることができます。国立環境研究所では1993年からすでに船による観測を始めていましたが、当時、例えばメタンについては船上で大気を連続的に測定することができなかったため、現場の大気を容器に採集して持ち帰るものでした。私は2007年から貨物船を用いた大気観測に取り組み始め、その後レーザー分光法を観測に取り入れました。従来の観測方法による限界を認識しながら、レーザー分光法による新しい方法へ発展させてきたという自負はありますね。

Q:レーザー分光法による観測はうまくいきましたか。
奈良: 優秀な装置なので、測定すればそれなりの値が出てうまくいくように見えました。しかし、測定はさまざまな妨害成分の影響を受けるので、その影響を評価して補正しなければなりません。世界気象機関(WMO)という国際組織の定めた測定の確からしさに関する基準を満たすためにも、測定原理を理解しないと対応できないので最初は大変でした。また、船では振動が発生するうえ、温度と湿度が大きく変化するので、装置は過酷な環境にさらされます。このような環境の変化が測定に影響しないか慎重に評価して、長期の運用に耐えられるように装置を改修しました。船舶で十分に高水準な観測を始めるまでに、準備に1年ぐらいかかりました。
写真1-A 赤外レーザー吸収分光計の内部の様子
写真1-B 実際の船舶観測で用いられている赤外レーザー吸収分光計を用いた観測システム

泥炭火災の影響を捉えることができた

Q:初めての現場観測はどの航路で行ったのですか。
奈良: 東南アジア航路です。装置の状態を見ながら1か月間船に乗り、中国やフィリピンなどを回りました。船が陸域の風下を航行する時、レーザー分光法で数秒程度の高い時間分解能で観測することによって、温室効果ガスの大きな変動を捉えることができました。それまで二酸化炭素はNDIRで観測をしていましたが、メタンが想像よりも大きく変動していたのにはびっくりしました。これは感慨深かったですね。

Q:なぜ最初に東南アジア航路を選んだのですか。
奈良: それまでの観測で、オセアニア航路や北米航路に比べて温室効果ガスの変動が、人間活動の影響を受けて大きく変動することが予想されていたからです。ただし、実際に観測できた変動が、観測を実施したその時だけの短期的なものなのか、あるいは通年的なものなのかを調べる必要がありました。この点については、レーザー分光計を船に搭載して観測を始めた2009年から現在も観測を続けているので、その様子が見えてきました。例えば、私が乗船観測したのがたまたま9月だったのですが、毎年この時期の東南アジア域は「ヘイズ」と呼ばれる大規模な大気汚染が、インドネシアにおける泥炭火災によって発生することが知られています。実際に船から見る景色が真っ白にかすんでいたのを今でも覚えています。船がこのかすんだ状態の大気の中を航行しているときには、二酸化炭素やメタンがやはり高濃度になっているのを船による観測で捉えることができました。インドネシアで泥炭火災が起きても、その火災による二酸化炭素やメタンへの影響は、発生源から離れた遠方まで均一に広がるわけではないので、船がタイミングよく火災現場から流れてくる煙を横切らないとはっきりとは観測できないのです。また、船が煙の中を通過したとしても、1時間に1回や、2時間に1回しか測定できないと、煙を逃すこともあり、部分的にしか捉えることができません。レーザー分光法なら短い間隔で観測できるので、船が煙に入ったとか、出たとかいうことがわかります。このようなインドネシアの泥炭火災を代表例として、昨今のオーストラリアの森林火災などは短期間で大量の温室効果ガスを放出するため、地域規模だけではなく、領域規模での大気中の濃度分布に影響があるといわれています。しかし、現場観測でその現象をとらえられなかったら、火災の影響を正確に説明できないので、観測の意義は大きいのです。火災以外にも、海上にある石油や天然ガスを採掘する油井・ガス井からメタンが排出されている事実も観測できました。これまでは海上の油井やガス井から排出されたメタンの煙流を捉えることができていませんでしたが、レーザー分光法で観測することで、それも見えてきました(これについてはSummaryで詳しく説明します)。

小型化するレーザー分光計

Q:はじめて観測に使った時に比べてレーザー分光計も進歩しているのでしょうか。
奈良: 小型軽量化が進み、今では手で持ち運べる装置やドローンに搭載できる装置もあります。これらはベンチトップ型(デスクトップ型と同じ意味)の装置と比較して精度や装置の安定性は劣りますが、装置をいろいろな所へ携行できるメリットがあります。研究所では、これら特徴の異なるレーザー分光計を用いて東京スカイツリーで観測したり、自動車にのせて移動したりしながら温室効果ガスの都市圏での観測もしています。

Q:温室効果ガスの変動がより詳細に分かるようになりますね。
奈良: そうですね。計算機の能力が向上して、数値モデルシミュレーションも細かくできるようになっているので、観測データもより精度の高いものが求められています。また、研究所では、人工衛星や飛行機、船、観測ステーションなどで数多くの観測をしていますから、それらの結果をまとめて、世界中の研究者とともに温室効果ガスの分布や放出量を解析していくことも重要です。また、技術の進歩で、今までできなかった温室効果ガスの変動を詳細に観測できるようになったのは大きなメリットです。その反面、装置が高性能になると当然値段が高くなります。それだけでなく、一般に入手できるレーザー分光計は海外製で修理に時間がかかります。便利に測定できるようになったものの、今度はこの装置が壊れたらどうしようと心配しながら仕事をしています(笑)。

Q:今まで、実際に装置が壊れて大変だったことはありますか。
奈良: 完全に壊れたことはありませんが、装置トラブルで急遽観測が中止になったことはあります。例えば、船の大気観測室で、室内に設置されている各種観測装置からの排熱で室温が高くなりすぎて、レーザー分光計が耐えきれずに機能を停止してしまったのです。今では観測室の室温を適温に保つために、家庭用のクーラーを増設して対応しています。温室効果ガスの観測は継続していくことが大事なのですが、装置の故障によって観測が途切れると、泥炭火災のようなイベント的な温室効果ガスの排出を見逃してしまうこともあります。そこで装置が壊れた時には、あの手この手で代わりの装置をすぐに使える体制をとっています。また、船員さんにお願いして、観測装置が問題なく動いているかどうかをチェックした結果を、毎日メールで送ってもらっています。このような体制で研究所にいながら観測装置の異常動作や故障を把握できますが、一度日本を出港すれば再び日本に帰港するときまで装置をメンテナンスできません。ですから、できるだけ早く装置の故障を察知し、帰港時に確実に故障に対応できるようにいろいろな場合を想定して万全の準備をします。

より詳細に、正確に

Q:装置はどんどん進歩しているのですね。
奈良: 二酸化炭素を例に挙げると、最近ではレーザーではなく、赤外光を使った小型の安価なNDIR方式のセンサー、いわゆるローコストセンサーが登場しています。安価なセンサーなので精度はよくないのですが、そのかわりたくさんの装置を配置して大まかな変動を観測しようという動きが出ています。レーザーに限らず、「一家に1台」のセンサーが設置され、観測できるようになるといいですね。

Q:これからどのように研究を進めていきたいですか。
奈良: レーザー分光計によって泥炭火災の温室効果ガスの領域的な分布への影響を検出したように、現場観測のデータに基づいて数か月に及ぶイベント的な温室効果ガスの排出量の変化を科学的に解釈できた意義は大きいです。いくら計算機の能力が上がっても、実際の観測データがないと、計算された温室効果ガスの分布の検証をすることはできません。そのため、計算機の能力が上がれば上がるほど、その結果の検証に見合う詳細な現場観測のデータが必要になるのです。現場での観測と数値モデル計算に基づいて、人工衛星による観測結果の精緻化を進めることで、地球規模での3次元の温室効果ガスの分布がより正確に観測できるようになるのが望ましいですね。現場での観測を続けてできる限り正確な方法で記録を残すことも重要ですが、新しいものを取り入れた新しい視点からの研究も必要になってくるでしょう。私たちには、いろいろな方法を取り入れて、より詳細に温室効果ガスの変動を観測することが求められています。実態を正確に把握することが、地球温暖化の対策につながると考えています。

コラム1 | 温室効果ガスの分析装置の移り変わり

大気中の温室効果ガス(GHG)濃度の年々の変化量は非常に小さく、長期的な変化傾向を調べるには正確な計測が必要です。例えば、二酸化炭素とメタンの測定には、それぞれ「非分散型赤外分光法(NDIR)」と「水素炎イオン化検出器付きガスクロマトグラフ法(GC-FID)」が主に用いられてきましたが、最近では赤外レーザー吸収分光法(IRLAS:詳しくは以降のコラムで記述します)が、用いられるようになりました。

IRLASを採用する装置は、軽量かつコンパクトなものが多く、従来の分析法に匹敵、あるいはそれ以上の測定精度と確度を有するものも少なくありません。このようなIRLASは、1台で二酸化炭素とメタンの同時測定ができるうえ、高い分析安定性を背景に標準ガスを用いた校正頻度を減らすことができ、ランニングコストにも優れています。このため、IRLASは従来の分析法に代わる新たな手法として急激に普及しています。
図1 主要温室効果ガスである二酸化炭素とメタンの主要分析法と赤外レーザー吸収分光法の大気観測実用化までの流れ
IRLASに関連する開発研究は古くから行われていましたが、2000年代の後半になって初めて、実際の大気中のGHGの観測で要求される仕様に十分に耐えうる「赤外レーザー吸収分光法」が登場しました。

コラム2 | 温室効果ガスの観測に必要な分析精度

世界気象機関(World Meteorological Organization:WMO)は1989年に「全球大気監視(Global Atmosphere Watch:GAW)プログラム」を開始しました。このGAWプログラムでは、温室効果ガス(GHG)の地球規模での分布を明らかにするために、世界各地に観測拠点を設置して長期観測を維持・管理するとともに、世界の研究機関が実施したGHGの観測データの提供も行っています。ただし、それぞれの研究機関ごとに観測で得られるデータの品質水準が低い(不確かさが大きい)と、収集したデータをもとにしたGHGの統一的な解析が困難になります。そこで、WMOでは観測手法や観測データの不確かさに関するガイドラインを制定し、世界のGHGの研究機関に勧告することで、観測データの品質管理に努めています。IRLASは、このようなデータの品質水準の向上にも貢献しています。

表1 WMOが推奨する主要温室効果ガスの観測において目標とする不確かさの上限と主要な観測装置による計測精度
GHGの観測における不確かさの目標とする上限値は、それぞれのガスの全球分布や、現行の観測技術と装置による計測精度を考慮して決められており、この水準を達成するためにはGHGの計測装置には高精度かつ高確度の計測が求められます。

コラム3 | 赤外レーザー吸収分光法の簡単な原理

地球の大気中に存在する各種温室効果ガス(GHG)は地表面から射出される赤外波長の光を吸収して大気を温めている一方で、同時に分子構造に応じてそれぞれ異なる波長の赤外線を吸収しています。そこで、測定したいGHGだけが吸収する赤外波長の光を発射できれば、その光の吸収は目的のGHGに起因します。この光の吸収量はGHGの分子の数に比例するので、GHGによって吸収される前と後の光の強度変化を計測すれば、その変化からGHGの濃度を算出できます。一般的な蛍光灯や白熱電球あるいはLEDなどの光は比較的広い範囲の波長を持つために、気体分子によって光が吸収・散乱されますが、レーザー光は単一の波長を持っています。このため、GHG特有の吸収波長に合わせた赤外レーザー光を発射すると、GHGの濃度を正確に計測できるのです。
図2 近赤外光領域における主要なGHGと水蒸気(二酸化炭素(CO2):赤、メタン(CH4):緑、亜酸化窒素(N2O):紫、水蒸気(H2O):青)の吸収スペクトルの例
主要なGHGはそれぞれ異なる波数(波長の逆数)で赤外光の吸収(Absorbance)を示し、赤外吸収レーザー分光法による二酸化炭素の計測では、6238 cm-1 (1603 nm)などが用いられています。

コラム4 | キャビティーリングダウン分光法の原理

赤外レーザー吸収分光法にもいろいろな種類があり、温室効果ガス(GHG)の観測では、主にキャビティーリングダウン分光法が用いられています。IRLASは、GHG分子による赤外レーザー光の吸収による強度変化からGHGの濃度を定量しますが、実際の大気濃度レベルでのGHGによる光吸収は非常に弱いため、計測の精度をよくするためには吸収量を大きくする必要があります。

そこで、キャビティーリングダウン分光法では内部に超高反射率ミラーを貼り付けた構造の筒(キャビティー)を用います。試料大気が存在するキャビティー内にレーザー光を射出すると、レーザー光は何度もミラー間で反射を繰り返し、その反射のたびにキャビティー内のGHG分子によって吸収されて減衰します。すると、レーザー光はキャビティー内で試料大気中を実質長距離(~数十km)進んだのと同等に減衰することになり、レーザー光の強度の変化をはっきりと検出できるようになります。
図3 キャビティーリングダウン分光法の概念図
図は二酸化炭素によるレーザー光の吸収を示したものですが、実際には二酸化炭素には質量数が異なる同位体分子種が複数あるので、地球大気中で最も存在比率が高い12C16O16Oの光吸収から全二酸化炭素量を算出しています。

summary
GHGの詳細を捉えた
船舶観測により明らかとなった事実

広域を航行する船舶で温室効果ガス(GHG)の分布を連続的に観測する

温室効果ガス(GHG)の地球規模での分布や人間活動による排出量を、大気観測の結果に基づいて正確に把握することは、地球環境の将来予測や排出削減対策の評価のためには不可欠です。私たちはレーザー分光計の特質を活かして、外航貨物船の協力により移動体による広域大気観測に取り組み、GHGの詳細な変動を捉えることに成功しました。


船舶を用いた広域大気観測

国立環境研究所では、トヨフジ海運(株)ならびに鹿児島船舶(株)の協力を得て、北米(日本—アメリカ/カナダ)、オセアニア(日本—オーストラリア/ニュージーランド)および東南アジア(日本—東南アジア諸国)の3つの航路において、長期に渡って定期の外航貨物船を用いた大気微量成分を観測してきました。このような太平洋の広域をカバーする船舶を用いた大気観測は世界でも類を見ないものであり、地球規模でのGHGの分布や発生・消滅量を正確に把握することに大きな貢献をしています。

近年、東南アジア諸国はめざましい経済発展を遂げており、これに伴ってGHGの排出量も増えています。ところが、東南アジア域では系統的なGHGの観測がほとんど実施されておらず、観測の空白地帯となっています。定期的に広域を航行する船舶による観測は、陸域の各地に定点観測の拠点を多数展開するよりも、コストや労力を削減できるうえに、GHGの広域分布を理解するために効率的かつ有効であるという大きなメリットがあります。

CRDSの導入で捉えた変動

赤外レーザー吸収分光法の一種である、キャビティーリングダウン分光分析計(Cavity ring-down spectrometer:CRDS)の導入は、前記のような問題を解決し、CO2のみならず、CH4についても船上での連続観測を可能にしました。私たちは、まず東南アジア航路、続いてオセアニア航路の船舶にCRDSを搭載し、観測を始めました(図4)。

アジアはモンスーン(季節風)により卓越風(ある場所で、年間を通じ最も多く吹く風)の向きが大きく変化する地域です。北半球の夏季には、東南アジア沿岸諸国から排出されたGHGが、南半球のオーストラリア東岸沖を起源とする空気塊に乗って、南西風として環南シナ海域(ベトナムやフィリピン沿岸)に流れ込みます。一方、北半球の冬季には、東アジア域から排出されたGHGが北東アジアを起源とする空気塊に乗って、東シナ海を経由して海上を長距離輸送されて、北東風として流れ込みます。この長距離の輸送で、空気塊中のGHGの濃度は均質化されるため、冬季に観測される濃度には短期的な変動はほとんどないだろうと予想されていました。ところが、予想に反してCRDSによる観測では、夏季よりもむしろ冬季に、短期的かつ顕著なCH4の濃度増大(ピーク)を高頻度で捉えていたのです(図5)。

観測されたCH4のピークは全て持続時間が短く、わずか数分から1時間程度でしたが、一つ一つのピークの強度が強いものでした。また、ピークが観測された位置が2つのエリア(マレー半島の東岸沖とボルネオ北西沿岸部)に集中していたため、CH4の発生源はこれらのエリアの近く、しかも洋上域に存在していると示唆されました。さらに人工衛星による夜間光の観測結果を合わせてその発生源が洋上の油井・ガス井であると特定しました。また、東南アジアでは、洋上油井・ガス井に関する「GHGの排出インベントリ(どこから どのような大気汚染物質がどれだけ 排出されているのかを示す目録)」には大きな不確かさがあることを示し、洋上の油井・ガス井からのCH4の排出は東南アジア全体の人為的な発生源の0.2%を占めていると推算しました。

なお詳細は関連論文や報道発表記事(https://www.nies.go.jp/whatsnew/2014/20141024/20141024.html)を参照ください。

これらの結果によって、船舶のような移動体においてCRDSによる観測の有効性が示されました。この他にもエルニーニョが観測される年に発生する、インドネシアの大規模森林・泥炭火災による影響を捉えるなど、CRDSならではの成果が得られています。

図4 定期貨物船によって大気観測を実施している東南アジアとオセアニアの航路図(左)と船上でのキャビティーリングダウン分光分析計で観測したメタンの緯度分布(右)。
ジャカルタから船は2つの航路(オレンジと赤の実線)のどちらかを航行して日本に帰港します。右図に示したメタン(CH4)濃度の緯度分布は、東南アジアおよびオセアニア航路の両航路で2009年の10月に観測した結果を左図の各航路に対応する色で示しています。オセアニア航路では、船が清浄な外洋域を航行するために、オーストラリアやニュージーランドの沿岸部以外ではCH4濃度の変動は比較的小さいことがわかります。これに対し、東南アジア航路では、船が沿岸部を航行するため、風向きによっては陸上発生源の影響を受けた空気塊を観測することになります。図に示した10月は、東南アジア域では北東の風が強く、中国の南岸やフィリピン、ボルネオ島の西岸、タイランド湾などで陸上発生源の影響が強くなり、CH4が大きな変動を示していることがわかります。
図5 東南アジア航路の北半球熱帯域(EQ-10N)において観測したCH4の緯度分布の例
東南アジア航路でCRDSによって観測したCH4の濃度を、図4の航路に対応した色で1分平均値(薄い色の丸)、1時間平均値(濃い色の実線)で示しました。フラスコ観測の結果は黒のアスタリスクで示しています。1分平均値のデータは、短時間で大きく変動するCH4の濃度増大を明白に捉えています。これに対し、フラスコ観測の結果では、CH4の変動はほとんど捉えていません。1時間平均値についても、完全には変動を捉えきれておらず、いくつかのCH4のピークは、はっきりとは認識するのが難しくなっています。これらの結果は、実際の大気中で起こっているCH4をはじめとするGHGの変動を、デジタルの数値で、より正確に記録(観測)するには、高い精度と時間分解能に優れた装置を用いて観測することが重要であることを示しています。


研究をめぐって
挑戦的な観測研究
温室効果ガス観測研究の変遷と挑戦

温室効果ガス観測研究の動向

今日では、現場観測と人工衛星などによる遠隔観測や、数値モデル計算と組み合わせた解析により、領域から地球規模の温室効果ガス(GHG)の分布や大規模発生源からの排出量の理解が進んでいます。これと並行して、より詳細かつ複雑なGHGの変動を理解するため、現場での挑戦的な観測研究が世界中で進められています。

●世界では
WMO(世界気象機関)による全球大気監視(Global Atmosphere Watch:GAW)プログラムを代表例として、さまざまな離島や遠隔地での定点観測、航空機や船などの大型の移動体を用いたGHGの観測が行われています(写真2)。現在では、二酸化炭素とメタン以外にも亜酸化窒素などのGHGや、大気汚染物質であると同時に気候変動を引き起こす物質でもある短寿命気候強制因子(Short-lived climate forcer)などの多成分を同時に計測できる赤外レーザー吸収分光計(IRLAS)が開発され、計測技術も進化しています。このようなIRLASへの観測装置の切り替えが進むと、従来の方法に比べて、観測プラットフォームを維持・管理するための労力やランニングコストを減らすことができます。このようなIRLASの普及がアフリカや南アメリカなど今までに系統的観測が実施されていない地域での観測を後押ししたことで、観測報告が増えてきています。

領域から地球規模のGHGの観測が進む一方で、近年は小規模なGHG発生源が集まった都市域の観測が重視されるようになってきました。米国のインディアナポリスやロサンゼルス、フランスのパリなどのメガシティーをはじめとして、世界の多くの都市で観測研究が行われるようになりました。それに併せて、IRLASも小型・軽量化して持ち運びしやすくなり、消費電力を抑えてバッテリーで稼働するIRLASのモデルが開発されました(写真3)。

この結果、自動車などの小回りが可能な移動体によるGHGの観測が比較的容易になり、さらに無人航空機やドローンなどによる観測も可能になりました。また、精度や安定性はIRLASにやや劣るものの、持ち運びが容易なローコストセンサーによる観測もよく行われています。そして、ローコストセンサーによる多点観測で得られたビッグデータを、マシンラーニング(機械学習)などで解析する試みも行われています。
写真2 2022年9月19日–21日にかけてオランダのヴァーヘニンゲンで開催された第21回WMO/IAEA温室効果ガスとその測定に関する会合(Carbon Dioxide, Other Greenhouse Gases, and Related Measurement Techniques: GGMT)の集合写真
2年に1回の頻度で開催されるGGMTでは、GHGの観測に携わる世界の研究機関から多数の研究者の参加があり、世界中で実施されているGHGや、その他の重要な微量気体の観測技術や観測体制についての発表を通して、さまざまな研究トピックの議論や情報交換が行われています。


●日本では
日本の研究機関によるGHGの大気観測は、世界有数の規模で実施されているものが多くあります。例えば、日本のGHG観測研究の草分け的存在である東北大学は、国内線航路で民間旅客機を用いた二酸化炭素のフラスコ観測を世界に先駆けて1979年に、国際線航路では1984年に開始しました。このほか、1981年に気象庁、1982年に東北大学、1992年に国立環境研究所が船舶を用いた観測を開始しています。

さらに、2005年には、国立環境研究所と気象庁による民間旅客機を用いた大気観測「CONTRAIL(Comprehensive Observation Network for Trace gases by Airliner)プロジェクト」)が始まりました。

地上の遠隔地における現場観測については、1980年代以降、東北大学、国立極地研究所、気象庁および国立環境研究所により、国内では岩手県の綾里、小笠原諸島の南鳥島、沖縄県の与那国島や波照間島、そして北海道の落石岬において、国外では南極昭和基地と北極ニーオルスン基地に観測地点が設けられ、定点長期観測が始まりました。

東京圏では、国立環境研究所、東京大学大気海洋研究所、気象庁気象研究所および産業技術総合研究所による協力体制で、東京スカイツリーなど複数の地点で都市大気観測が行われています。

これらの観測ではIRLASが用いられています。ローコストセンサーによる系統的な観測はまだ実施されていませんが、注目度は高く、多くの研究機関でその導入が検討されています。
写真3 さまざまな赤外レーザー吸収分光計
観測用途に応じて、いろいろな機器メーカーから多様な赤外レーザー吸収分光計が手に入るようになりました。2000年台後半から、ベンチトップ型の高精度なレーザー分光計が市場に出始めましたが、その後2010年代には手で持てるアタッシュケース型や、リュックサック型、あるいはノートPCサイズの超小型で軽量なものまで登場しました。そして現在では、本文にも記述したように、ドローンにも搭載できるモデルが開発されています。このような観測機器の登場により、新しい観測手法が開発されるなど、現場での観測研究が発展しています。


●国立環境研究所では
前述の通り、民間旅客機や船舶などの大型移動体による観測、沖縄県の波照間島や北海道の落石岬などの遠隔地での観測、そして、東京圏のスカイツリーなどにおける都市域大気観測が実施されています。これらの観測ではIRLASの配備がほぼ完了しており、GHG観測の効率化が進んでいます。一方で、都市域のGHG発生源をより詳細に理解するために、自動車にIRLASを搭載した観測なども試験的に実施されています。
また、温室効果ガス観測技術衛星(Greenhouse gases observation satellite:GOSAT)による宇宙からの遠隔観測、そして数値モデルによるシミュレーションも併せて行っており、地域から地球規模のGHGの分布や、地域・領域規模あるいは点発生源からのGHGの排出量など、GHGに関する総合的な理解が進んでいます。

問い合わせ先

  • 企画部広報室広報発信係E-mail:pub@nies.go.jp
    〒305-8506 茨城県つくば市小野川16−2

PDFファイル 環境儀 NO.87[1.5MB]