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2017年4月7日

大気中の粒子成長の鍵となるプロセスを解明(お知らせ)

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ同時配付)

平成29年4月7日(金)
国立研究開発法人 国立環境研究所
      環境計測研究センター
       反応化学計測研究室
      主任研究員 江波進一
 

 国立環境研究所環境計測研究センター反応化学計測研究室の 江波 進一 主任研究員、米国カリフォルニア工科大学のAgustín J. Colussi 客員研究員らの研究グループは、気体と液体の境界(気液界面)に存在する化学種を選択的に検出することのできる実験手法を用いて、気液界面に生成するクリーギー中間体※1の反応機構の解明に世界で初めて成功しました。本研究によって、気液界面に生成するクリーギー中間体は、界面を好む「酸」と選択的に反応し、揮発性の低い化合物を生成することが明らかになりました。本結果は気液界面に生成するクリーギー中間体が大気エアロゾル※2の成長を促進していることを示唆しています。今後、本成果を考慮した大気モデルシミュレーションによって、大気エアロゾルが気候変動に与える影響の予測精度が向上することが期待されます。本成果は2017年3月20日(米国東部時間)にアメリカ化学会の発行する「The Journal of Physical Chemistry Letters」(オンライン版)に掲載されました。

※1 クリーギー中間体:2つの不対電子を持つジラジカルの一種で、オレフィン(C=C二重結合を持つ不飽和炭化水素)とオゾンの反応の中間体として生成する。RR’COOの化学式であらわされる。反応性が極めて高いため、その反応機構を調べることはこれまで困難だった。

※2 大気エアロゾル:PM2.5などに代表される大気中に浮遊する微粒子のこと。

背景

 大気中に浮遊する粒子(大気エアロゾル)※2は地球の気候変動と生体の両方に重要な影響を与えています。例えば気候変動に関する政府間パネル(IPCC)によると大気エアロゾルは負の放射強制力※3を持ち、地球の冷却化に寄与していると考えられています。またPM2.5に代表されるように、大気エアロゾルはヒトの呼吸器の奥深くまで侵入し、人体に悪影響を与えていると考えられています。これらの大気エアロゾルの多くは揮発性有機化合物(VOC)※4の光化学的反応を経て2次的に発生します。大気エアロゾルは大気中で成長し、変質していくことが知られていますが、そのプロセスの詳細なメカニズムはまだよくわかっていません。特に大気エアロゾルの気液界面に生成することが予想されているクリーギー中間体※1が、どのようにこれらのプロセスに関与しているかはわかっていませんでした。その理由の一つには、厚さ1nm(ナノメートル, 10-9メートル)ほどしかない空気—エアロゾルの気液界面に生成し、しかも非常に不安定なクリーギー中間体の反応機構を直接調べる手法がこれまで無かった点が挙げられます。

※3 放射強制力:地球に出入りするエネルギーが気候に対して与える放射の大きさのこと。正の放射強制力は温暖化、負の放射強制力は寒冷化に寄与する。

※4 揮発性有機化合物(VOC):常温常圧で大気中に揮発する有機化学物質の総称で、人為起源のものとしてはトルエン、ベンゼンなど、植物起源のものとしてはイソプレンやピネン、α-フムレンやβ-カリオフィレンなどがある。

研究手法・成果

 上記のように、気液界面に生成するクリーギー中間体の反応性を詳細に解明することは、大気エアロゾルが気候変動と生体に与える影響を理解する上で極めて重要です。本研究では気液界面に生成する化学種を選択的に検出できる手法を用いて、クリーギー中間体が関与する反応機構を解明することに成功しました。代表的な植物起源のVOCであるα-フムレン(ビールの材料であるホップの香り成分)もしくはβ-カリオフィレン(松などの香り成分)と塩化ナトリウムをアセトニトリル:水(4:1体積比)の溶媒に溶かし、ネブライザー(霧吹き)によってマイクロジェット(液体の噴流)として噴霧します(図1)。

図1 気液界面で起こる反応を測定できる手法の模式図

 その垂直方向からオゾンガスを噴射し、マイクロジェットの気液界面で反応を起こします。瞬時に気液界面に発生するクリーギー中間体と水分子、クリーギー中間体とカルボン酸※5の反応生成物を質量分析計で検出します(図2)。

図2 気液界面におけるクリーギー中間体と水分子、クリーギー中間体とヘキサン酸の反応生成物の質量スペクトル

 本研究によって、クリーギー中間体と水分子の気液界面における反応によって生成物P1(図2)が生成することが明らかになりました。また気液界面に生成するクリーギー中間体は、ヘキサン酸などの界面活性※6なカルボン酸と選択的に反応し、揮発性の低い生成物P2(図2)を生成することが明らかになりました。一方、界面活性の低い酢酸などのカルボン酸とはほとんど反応しないことがわかりました。本実験で用いたクリーギー中間体の「反応性」は、反応相手のカルボン酸Rn-COOHの鎖の長さ(n)に応じて高くなることがわかりました(図3)。

図3 クリーギー由来の生成物P1,P2の生成比とカルボン酸の炭素鎖の数の相関図

3.今後の予定

 本結果は、気液界面におけるクリーギー中間体の反応は、反応相手が界面活性であればあるほど優勢になることを示唆しています。またこれまでの想定とは異なり、実際の大気エアロゾルの条件によっては、クリーギー中間体は大気エアロゾルの気液界面に存在する水分子とはほとんど反応しない可能性が初めて示唆されました。本研究で明らかになった気液界面におけるクリーギー中間体の反応メカニズムを図4に示します。

図4 気液界面で起こるクリーギー中間体の反応メカニズム

※5 カルボン酸:カルボキシ基(−COOH)を有する酸のこと。酢酸など。

※6 界面活性:気体—液体の境界相(気液界面)などの界面を好む物質の性質のこと。一般的に長鎖のカルボン酸ほど、短鎖のものよりも界面活性であることが知られている。例:界面活性剤。

波及効果

 本研究で解明された気液界面で起こるクリーギー中間体の反応機構によって、クリーギー中間体がこれまで想定されてきたよりも多くの粒子生成を促進している可能性が示唆されました(図5)。気液界面に生成するクリーギー中間体は、ヘキサン酸やオクタン酸などの界面活性なカルボン酸と選択的に反応し、揮発性の低い生成物を生成するため、大気エアロゾルの成長を大きく促進することが予想されます。本成果により、なぜ従来の大気モデルシミュレーションが大気エアロゾルの生成量を過小評価してしまうのかが説明できるようになるかもしれません。今後、本成果を考慮した大気モデルシミュレーションによって、大気エアロゾルが気候変動に与える影響の予測の精度が向上することが期待されます。

図5 大気エアロゾルの気液界面で起こるクリーギー中間体の反応機構の模式図

今後の予定

 今回の研究によって気液界面に生成するクリーギー中間体は界面活性であるカルボン酸と選択的に反応することが明らかになりました。今後、実際の大気エアロゾル中に含まれている様々な酸の中でも、具体的にどの酸との反応が最も粒子の成長に寄与するのかを調べる必要があります。また今回用いたα-フムレンやβ-カリオフィレン由来以外のクリーギー中間体が同様の反応性を示すのかを調べる必要があります。また本結果を考慮した大気モデルシミュレーションによって、本成果が気候変動や健康影響に与えるインパクトを定量的に評価していくことが必要です。

参考文献

タイトル「Criegee Chemistry on Aqueous Organic Surfaces」著者名:Shinichi Enami (江波進一、国立環境研究所環境計測研究センター反応化学計測研究室 主任研究員), Agustín J. Colussi(米国カリフォルニア工科大学 客員研究員)
雑誌名:The Journal of Physical Chemistry Letters
J. Phys. Chem. Lett. 2017, volume 8, pages 1615−1623
http://dx.doi.org/10.1021/acs.jpclett.7b00434
Published: March 20, 2017

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