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2001年9月28日

大気エアロゾルの計測手法とその環境影響評価手法に関する研究(開発途上国環境技術共同研究)
平成8〜12年度

国立環境研究所特別研究報告 SR-43-2001

1.はじめに

表紙
SR-43-2001 [1.7MB]

 中国の都市大気汚染は、中国の工業化の進展に伴い年々増加傾向にあることが1990年代半ばに指摘されていた。World Resources1998-1999によれば、大気エアロゾルによる汚染が激しい世界の上位10都市中に、中国の9都市が入り、北京の濃度は377μg/m3で4番目にランクされた。ちなみに、東京は49μg/m3、大気汚染で激しいバンコクでも223μg/m3でしかない。2000年オリンピックに立候補したとき、北京が選ばれなかった理由の一つに大気汚染が挙げられたことは記憶に新しい。それ以来、中国政府は、大気汚染対策として北京の都市機能の整備と石炭依存体質のエネルギー構造の転換、工場の排煙規制や自動車規制などの大気汚染防止策を次々と打ち出してきた。近年、北京市の大気中の二酸化硫黄濃度が漸減してきたが、大気エアロゾル汚染はなかなか改善の兆しが見えず、石炭燃焼に伴い発生するエアロゾル以外の、二次生成エアロゾルや土壌起源系エアロゾルに関する科学的な情報収集の必要性が指摘された。国立環境研究所では、中国都市大気エアロゾルの科学的特徴と土壌起源系エアロゾルの負荷量、大気中でのふるまいを明らかにするために日中友好環境保全センターとの共同研究を行ない、中国の環境政策のみならず東アジアの環境改善に資する科学的情報の提供を目指した。

2.研究の概要

(1)大気エアロゾルと乾性降下物の長期モニタリング

 北京およびその対照都市として選定した銀川、蘭州において大気エアロゾルを長期連続捕集(1996~2000年)した。北京の長期モニタリング結果を図1に示す。1998年末から、石炭使用制限、建築現場の防塵強化等の大気汚染低減化対策が北京を対象として実行されたきた。その効果がグラフ上からも読みとれるが、中国の2級環境基準である200μg/m3を超える日が依然として多かった。大気エアロゾルは、夏季に濃度が極小となる季節変動を示し、乾性降下物は、春季に最大値をとる季節変動をした。

図1 大気エアロゾルの長期モニタリング結果(1996-2000)

(2)都市大気エアロゾルの化学成分別挙動

 大気エアロゾル試料の多成分分析から、大気エアロゾルの化学的特徴を明らかにした。その4年間にわたる大気エアロゾルと北京の乾性降下物の化学組成を表1、2にまとめた。比較のため、東京(新宿)の大気エアロゾル(TSP)および浮遊粒子状物質(SPM)の化学組成を表3に示した。北京の大気エアロゾル中の銅、鉛等の重金属類は、東京に比べ概ね5-10倍高かった。(硫酸イオン/硝酸イオン)比が、東京では0.6であるのに対し、北京では1.6であり、硫酸イオンが相対的にまだ高く、石炭燃焼由来の寄与が高いと推定された。乾性降下物の場合、その比が5.6となり、硫酸イオンの沈着が硝酸イオンよりも大きいことを示した。

表1 北京の大気エアロゾルの化学組成
表2 北京の乾性降下物の化学組成
表3 東京大気エアロゾルの化学組成

(3)粒径別化学成分の化学形態別分布

 大気エアロゾルの季節ごとの粒径分布を図2にまとめた。日本の東京や大阪等の都市域では、一般的に微小粒子側(粒径、約2μm以下)に存在する割合が、粗大粒子側(粒径、約2μm以上)と同じか上回ることが多い。中国首都である北京では、微小粒子側の存在割合が粗大粒子側を上回るほどではないが、微小粒子側と粗大粒子側の両ピーク濃度比が約3:4であった。各成分についてみると、Al、Na等は、粗大粒子側に多く存在し、重金属類は微小粒子側に多く存在した。それら重金属類は、水可溶性分が50%以上を占めており、酸性イオン種との化合物として存在していると推定された。

図2 大気エアロゾルの粒径分布

(4)都市大気エアロゾルの評価手法に関する研究

 エアロゾルおよび化学成分は、ともに重量濃度によって規制されている。ところが、大気エアロゾル中の全有機化合物は多種にわたり、一つの前処理操作や分析法で全種類が測定されるわけではない。不明の物質も含めて大気エアロゾルの新たな評価指標を持つことは、エアロゾルによる環境影響を複眼的に捉える可能性を与える。不明の化学物質を含め抽出成分の総合評価という観点から、本研究では、海洋発光細菌(Vibrio fischeri(M169))による遺伝毒性試験(MBG)法の大気エアロゾル試料への応用を試みた。大気エアロゾル中アルカン類およびPAH類濃度とMBG強度の関係を調べ、MBG強度は、アルカン類と全く関係(R2=0.24)が見られず、PAH類と相関関係(R2=0.61)が認められた。図3に示すように、アルカン類は2山分布を成し、PAH類は主に微小粒子側に存在した。図中、MBG強度の色別分布が示すとおり、MBG強度の強い化学成分も微小粒子側に多く存在し、MBG強度の強弱と対応する化学成分の一つがPAH類である可能性が高い

図3 有機化合成分の粒径分布と遺伝毒性強度

(5)発生源寄与の推定に関する研究

 北京の大気エアロゾルと乾性降下物の発生源寄与率をCMB(Chemical Mass Balance)法によって推定した。北京は、海から遠く離れており海塩粒子寄与が高くない、 廃棄物焼却炉および鉄鋼業が近くにないので、主要発生源を、石炭燃焼由来のフライアッシュ、土壌粒子、自動車排気粒子の3種に単純化して推定することにした。それ以外の発生源があれば、元素のヒット率は100%から多く離れていく。表4に、発生源寄与率をまとめた。大気エアロゾルおよび乾性降下物ともに土壌起源系エアロゾルの寄与が高い。北京の大気エアロゾルについて、土壌起源系エアロゾルの寄与が高く、この寄与を低めることが北京の大気エアロゾル汚染に対して効果的と判断された。

表4 北京の大気エアロゾルと乾性降下物の発生源寄与率

(6)黄土標準物質、黄砂エアロゾル標準物質の作製

 中国北京や銀川などの都市大気エアロゾルは、土壌起源系(黄砂)エアロゾルの占める割合が高いことが明らかとなった。黄砂エアロゾルと都市大気汚染物質との 大気動態を解明するためには、発生直後の”汚れていない黄砂エアロゾル”を用いた検証が望まれる。世界初の黄砂エアロゾルおよび黄土に関する標準物質の作製を試みた。銀川、北京に飛来する黄砂発源地の一つである寧夏回族自治区のトングリ砂漠(4万km2)および典型的な黄土堆積層(厚さ約250m)が発達している甘粛省会寧で、原料となる表層砂と黄土を採取した。作製後の黄土標準物質をCJ-1(China Loess)、人工の黄砂エアロゾル標準物質をCJ-2(Simulated Asian Mineral Dust)と名付けた。この標準物質は、中国国家標準局において2001年春に国家1級標準物質として認定された。CJ-1およびCJ-2の保証値を表5に示す。

表5 黄土(CJ-1)標準物質および人工黄砂エアロゾル(CJ-2)標準物質の保証値

(7)都市大気中における土壌起源系エアロゾルの化学動態に関する研究

 土壌起源系(黄砂)エアロゾルが、石炭燃焼等によって放出される酸性ガスと都市大気中で反応する可能性がある。その証拠を探るため、(6)で作製した黄砂標準物質を用いて室内実験を行った。その結果、SO2ガスは、黄砂粒子表面でSO4に酸化した形態で捕捉されることが判った。NO2ガスは、黄砂粒子表面で亜硝酸と硝酸に形態変化後、一部はガス態として放出され、一部は粒子表面に捕捉されることが判った。また、硫酸アンモニウム粒子も、黄砂粒子と凝縮した場合、黄砂粒子中の炭酸カルシウムとの反応が生じ、中間物質コクタイトを経て最終的に硫酸カルシウムを生成することが明らかとなった。

3.今後の課題

 北京および銀川、蘭州の大気エアロゾルの長期モニタリング研究から、土壌起源系エアロゾル、特に黄砂の寄与が高いことが明らかとなった。中国における沙塵暴(激しい黄砂現象)の発生回数は、昨年から急速に増えてきた。中国の新聞報道においても、黄砂に関する記事が多く掲載されるようになった。本プロジェクト期間中に、日本と中国で同時に観測した黄砂現象時の大気エアロゾル濃度例を図4に示す。黄砂現象は、中国内陸部の砂漠化や土地荒廃化の進行程度を反映した現象と言われている。本プロジェクトでは、当初の目的の発生源寄与の推定は行ったが、黄砂エアロゾルの発生源を絞り込むような研究を行っておらず、今後の重要課題であろう。また、東アジアスケールでの黄砂エアロゾルの輸送機構や輸送量を明らかにすることも、今後の重要な研究課題である。

図4 黄砂時と平常時の大気エアロゾル濃度

〔担当者連絡先〕
国立環境研究所
化学環境研究領域
西川雅高
Tel 0298-50-2495, FAX 0298-50-2574

用語解説

  • 大気エアロゾル
     大気エアロゾル(TSP)は、大気中に浮遊する粒子状物質で、状態は、個体および液体である。そのうち、粒径10μm以下の粒子群を浮遊粒子状物質(SPM)という。さらに、粒径1~2.5ミクロンを境にして、それより小さいものを微小エアロゾル、それより大きいものを粗大エアロゾルという。最近、新聞紙上などに話題として載るPM2.5とは、2.5μmを境にした時の微小エアロゾル群の総称である。
  • 乾性降下物
     大気中に浮遊している粒子群のうち、無降水状態で、地上に沈着するものの総称である。この乾性降下物の測定は、バケツ様の容器を長期間屋外に放置し、捕集する。その際、底面に水を張ると、ガス状物質の溶け込みや沈着粒子の再飛散がなく、過大評価する傾向があると言われている。今回は、底面に大気エアロゾル捕集用濾紙を敷き、水を張らない方法を採用した。
  • 遺伝毒性試験
     バイオアッセイによる試験方法には、急性毒性試験、遺伝毒性試験等いくつかある。エームズ試験もこの範疇に入る。今回は、埋め立て地浸出水の毒性評価手法の一つとして開発された海洋発光細菌(Vibrio fischeri(M169))を用いた。今回の発光細菌による遺伝毒性試験は、マイクロプレートを用いた一斉処理が可能になるよう改良を加えたもので、Microplate Bioluminescence Genotoxicity test(MBG試験と略す)である。
  • PAH類
     多環芳香族炭化水素類(Polycyclic aromatic hydrocarbons)のことで、石炭燃焼や自動車排気ガス中に多く含まれている。有害大気汚染物質に指定されたbenzo(a)pyreneも、このグループに含まれている。
  • CMB法(Chemical mass balance)
     発生源ごとの指標成分を含む多成分化学組成の違いを利用し、それらと大気エアロゾル中の多成分組成との違いを最小自乗近似から発生源寄与率を推定する方法である。発生源から大気エアロゾルとして捕集されるまでの物質変化や化学組成変化までは説明できない。発生源粒子を的確に捉えることが重要である。
  • 黄砂エアロゾル
     中国大陸の砂漠地帯や黄土地帯から発生する砂塵系エアロゾルで、春季に発生する。時には、秋季にも発生することがある。発生後数日で日本に飛来し、九州域に飛来することが多い。1-2週間後には、風送条件が整えば、北米大陸にまで達する。地球温暖化の負因子の一つとして注目されている。

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