人口減少などの社会変化を考慮した
一般廃棄物フローのモデル推計
特集 維持可能な循環型社会への転換方策の提案
【研究プログラムの紹介:「資源循環研究プログラム」から】
稲葉 陸太
はじめに
資源循環研究プログラムのプロジェクト3は、「維持可能な循環型社会への転換方策の提案」という題名で、将来の様々な社会変化に対応できる柔軟な循環型社会の実現方策の提案や、社会的価値を高めた物質循環のシステムやそのビジョン・実現方策の提案を目的としており、サブテーマ1「社会変化に適応した循環型社会の設計」およびサブテーマ2「価値・情報連鎖に着目した物質循環システムの設計と推進」を設定しています。この記事では、サブテーマ1の内容を詳しくご紹介します。
自治体毎のごみフローを推計する「一廃モデル」の重要性
日本では、廃棄物の3R(リデュース・リユース・リサイクル)政策が、循環型社会形成推進基本法やそれに基づく循環型社会形成推進基本計画(以下、「循環基本計画」といいます)、および個別のリサイクル法などによって展開されてきました。この循環基本計画では、日本全体での資源生産性、循環利用量、最終処分量という物質フローの指標を設定していますが、資源生産性と循環利用量は近年横ばい傾向で、まだ目標を達成していません。これらの指標をさらに改善させるには、市町村などの自治体毎にきめ細かく追加的な対策を設定・実施し、その効果を把握することが必要です。
このような背景から、私たちは自治体に処理の責任がある一般廃棄物(家庭などから出るごみ。以下、「一廃」といいます)を対象として、それに対する3Rなどの対策の効果を自治体別に推計し、さらにそれらの結果を全国で集計するボトムアップ型(自治体積み上げ型)のモデル(以下、「一廃モデル」といいます)を構築しました。この一廃モデルと統計データを使って、まず、現状(2015年時点)における一廃のフローを自治体別に把握しました。また、将来(2030年)については、人口減少などの社会変化を推定しつつ、現状と同じ対策を実施するシナリオと追加的な対策を実施するシナリオを設定し、各々のシナリオにおける一廃のフローを推計しました。以下では、一廃モデル、将来シナリオ、それらを使った推計結果について詳しく説明していきます。
「一廃モデル」の内容
一廃モデルは、一廃の発生量、リサイクル量、焼却処理量などのフローを自治体別に推計し、その結果を積み上げて日本全国での値も推計できるようになっています。また、自治体について個別に対策シナリオを設定でき、その導入量(例えば、生ごみ分別を実施している自治体の数や、分別した生ごみを堆肥化する割合など)を反映できます。一廃モデルは、参考文献[1]の詳細なデータや様々な統計データを活用します。
ここで、一廃は家庭で排出されるもの(以下、「家庭系一廃」といいます)と、オフィスなどの事業所から排出されるもの(以下、「事業系一廃」といいます)があり、その種類や出方が違います。そのため、一廃の排出量や様々な処理施設への仕向量などのフローを推計するサブモデルを家庭系と事業系の各々について設定し、加えて、各処理施設での一廃の投入量やリサイクルや埋立への配分量などを推計するサブモデルも設定し、これらを一廃モデルに組み込みました。家庭系一廃や事業系一廃のサブモデルでは、対策の導入量を入力・変化させることができ、その効果を推計することができるようになっています。ここで、「対策の導入量」とは、ごみの分別・リサイクルなどの対策を自治体で導入する量のことで、例えば「生ごみの分別・リサイクルを実施する自治体の数」のことです。この例では、生ごみの分別・リサイクルを実施する自治体数が増えると、それらの自治体毎や全国集計でのごみの循環利用率が上昇することになります。なお、対策の導入量は既存の事例や文献などの情報を根拠にして設定しました。また、これらのサブモデルは自治体別に設定されていて、個別にフローを推計した上で日本全国の値も集計できる構造になっています。以上で説明した一廃モデルの構造を簡略化したものを図1に示します。
一廃フローの将来シナリオ
次に、将来シナリオについて説明します。一廃のフローを推計するためにはモデルに条件となる数値を入力しなければなりません。この条件は、予想したい社会の状態(シナリオ)によって違ってきます。まず、現在(研究を始めた時期により2015年としました)、未来(2030年)という2つの時点を想定し、2030年においては「BaUシナリオ」と「対策シナリオ」を想定しました。BaUシナリオは、2030年においても現在と同様の対策を実施するという想定です。BaUとはBusiness as Usualの略で、この場合は現状の対策状況のまま、といった意味です。一方、対策シナリオは、現在より対策が実施される自治体の数が増えたり、対策の量が増えたりする想定です。想定した対策は一廃の減量から分別回収、リサイクルまでを扱うもので、具体的な内容は、ごみ収集の有料化、生ごみの分別・リサイクル、プラスチックの店頭回収、生ごみの堆肥化などです(表1)。シナリオ間の違いについて「ごみ有料化」を例に説明すると、BaUシナリオでは2030年においても実施する自治体は現在(2015年)と同じですが、対策シナリオでは全ての自治体で実施することを想定しています。こういった対策の導入量については、既存研究[2]などを参考として設定します。また、将来の人口については、規模が小さい自治体ほど減少するという予測データを用いています。
モデル推計の結果
一廃モデルを使って将来シナリオにおける自治体別の物質フロー指標を推計した結果を紹介します。一廃の政策においては、どれだけ社会から排出されたか、どれだけ社会の中で循環されたか、そしてどれだけが最終的に環境に排出されたかが重要であり、各々を表す指標は「排出量」、「循環利用率」および「最終処分量」となります。このうち、排出量については、自治体毎に考えるなら人口規模によって全体量が変わるのは当然ですので、一人当たり排出量が重要となります。なお、最終処分量については、目標値をほぼ達成しているのでここで議論するのは省略します。よって、ここでは一廃の「一人当たり排出量」および「循環利用率」について考えます。まず、一廃の一人当たり排出量(図2)については、全国の平均値をみると、現状(2015年)と比べて将来(2030年)のBaUシナリオではほとんど変わりませんが、対策シナリオでは明確に減少しました。人口が5万人未満と5万人以上という区分で自治体の平均値をみると、現状と将来の両シナリオの傾向は全国の平均値と同様でした。人口区分どうしを比べると、5万人以上の自治体で5万人未満の自治体より一人当たり排出量の平均値は大きくなりました。5万人以上の自治体における人口は全国の約8割を占めますので、その値が全国の平均値にも大きく影響しました。なお、排出量全体としては、2030年のBaUシナリオでは人口減少に比例して2015年から約8%減少し、対策シナリオでは約12%減少しました。
つぎに、循環利用率(排出された一廃がリサイクルなどで使われた割合、図3)については、全国の平均値をみると、現状と比べて未来のBaUシナリオでもわずかに高くなりましたが、対策シナリオではさらに高くなりました。人口区分での平均値をみると、5万人未満では対策シナリオの効果が非常に大きく、5万人以上ではBaUシナリオの増加が大きいのに対して対策シナリオの増加は比較的小さいものでした。人口区分どうしを比べると、5万人未満は5万人以上より循環利用率の平均値は大きくなりましたが、全国での平均値は人口割合が大きい5万人以上の平均値に近くなりました。
まとめ
本プロジェクトでは、自治体別に一廃のフローを推計し、全国値を集計できるボトムアップ型の「一廃モデル」を開発しました。このモデルにより、自治体別に地域特性や社会変化を考慮した対策シナリオを設定して、一廃のフローを推計できます。推計の結果、将来、人口減少により人口規模が小さい自治体が増えることが予想されます。本プロジェクトの推計から、そういった自治体では一廃の一人当たり排出量が元々小さく、対策による循環利用率の増加も大きいのですが、人口規模が大きい自治体における人口が占める割合が依然として大きいため、全国では対策の効果が大きく示されない、という状況が示されました。そのため、人口の多い地域における対策の再検討が必要であることが分かりました。このように、人口減少などの将来の社会変化に対し、一廃モデルによるシナリオ推計は、対策の検討とその効果の推計を可能とし、社会変化に対応する循環型社会を構築するために有用な情報を与えるものです。
2020年7月現在、世界的に新型コロナウィルス感染拡大が続いており、その影響はごみにも及んでいます。例えば、在宅勤務の割合が増大すると家庭系一廃が増える一方、事業系一廃は減ります。この事態が収束した後も新しい生活様式がある程度定着する場合、モノやごみのフローも変わっていく可能性があります。わたしたちは、このような変化についても予測を試み、その対応策を検討・提案することにより、様々なリスクに対応できる柔軟な循環型社会の構築に貢献したいと考えています。
参考文献
[1]環境省, 一般廃棄物処理実態調査結果,(平成19~27年度実績)
[2]河井紘輔, 生ごみ堆肥化促進シナリオによる全国レベルでの一般廃棄物処理に係る
再生利用率推計モデル, 第28回廃棄物資源循環学会研究発表会講演集, pp.23-24, (2017)
執筆者プロフィール:
現在、世界中が長期間にわたって新型コロナウィルス感染拡大の影響を受けるという人類史上稀にみる状況にあります。これに対応するとともに、これを契機とした社会の改善に微力ながら貢献したいと考えています。