ユーザー別ナビ |
  • 一般の方
  • 研究関係者の方
  • 環境問題に関心のある方
2020年8月28日

民間旅客機から見た大気中CO2の変動

特集 マルチスケールGHG変動評価システム構築と緩和策評価
【研究ノート】

梅澤 拓

炭素循環と旅客機観測

 気候変動の正確な予測のためには大気中のCO2濃度の変動を理解する必要があります。CO2は人間活動で大気中に放出される一方で、陸上植物や海洋による吸収・放出が起こっており、これらを含めた「炭素循環」の理解が不可欠です。大気中のCO2濃度は、風上の吸収・放出源に影響を受けますので、大気の流れ(輸送)が変わることによっても変動します。逆に言えば、CO2濃度の大気観測からCO2の吸収・放出源や大気の輸送に関する情報が引き出せると考えられます。

 国立環境研究所は、気象庁気象研究所、日本航空、株式会社ジャムコ、JAL財団と共同で、日本航空の旅客機を利用した大気観測プロジェクトCONTRAIL(https://www.cger.nies.go.jp/contrail/)を実施しています。CONTRAILで運用するCO2濃度連続測定装置は、現在では日本航空の旅客機のうちのボーイング777-200ERと777-300ER型機に搭載が可能となっており、一度搭載された装置は約2ヶ月後に取り降ろされるまで自動で観測を続けます。この間、旅客機は空港を離陸して上昇、しばらくして高度約10 kmでの水平飛行、目的地で下降して着陸、という運航を繰り返しますので、CO2濃度連続測定装置は様々な離着陸空港での高度方向のCO2濃度の変動や上部対流圏や下部成層圏でのCO2濃度の変動を捉えることになります。2005年に観測を開始したCONTRAILは、その後の10年余りで13,000を超える観測フライトを実施し、その観測データには非常に興味深いCO2濃度の変動を多数見出すことができます。

インドで見つけた農業の影響

 インドを含む南アジアはCO2濃度の大気観測が非常に限られている地域のひとつであり、このことが南アジア地域の炭素循環研究の進展の妨げとなっています。CONTRAILはインドの首都、デリーの上空でCO2濃度の高度分布を800回近く観測しました。その結果、非常に興味深いことに、1月から3月にかけての地表付近でのCO2濃度の季節変動が北半球の他の地域と大きく異なっていることがわかりました。北半球の多くの地域では、陸上植物の呼吸が光合成を上回るため、冬から春にかけてCO2濃度の持続的な増加が観測されますが、デリーの上空ではそのような濃度増加が観測されないばかりか、地表付近でCO2濃度が減少する現象さえ観測されました。これらのCO2濃度の高度分布やCO2濃度減少の出現時期を詳細に調べると、デリー地域周辺の広大な農地に原因があることが見えてきました。インド北部のヒンドゥスターン平野は肥沃な穀倉地帯であり、デリー周辺では降水量の多い夏(モンスーン期)に稲作を、その後に小麦を育てる輪作が行われています。CONTRAILが観測した1月から3月のCO2濃度の減少は、広大な周辺農地で生育期を迎えている小麦が盛んに光合成を行っていることの現れだったのです。この研究により、人為排出や自然植生による呼吸・光合成に匹敵するほどに、農地におけるCO2交換が南アジア地域の炭素循環にとって重要な役割を果たしていることがわかりました。

アジアモンスーンとCO2の変動

 CONTRAIL観測は日本を拠点としており、また、CO2濃度連続測定装置を搭載できる機体がアジアの都市へ就航することが多かったことから、CO2濃度の観測データは日本を含むアジア地域上空で最も充実しています。そこで、アジア太平洋地域のCO2濃度の分布について、上部対流圏(高度10 km付近)での水平飛行と各空港上空での高度分布のデータを合わせて解析し、三次元的なCO2濃度の分布とその季節変動を明らかにしました。描き出されたのが図1です。継続的なCO2濃度の増加傾向を除去し、2005年から2015年の平均的な季節変動を8月と9月について図示しています。上面のパネルは高度10 km付近のCO2濃度の分布を、そのパネルを垂直に地表まで繋ぐ柱が各空港上のCO2濃度の高度分布を表しています。興味深いのは、インド上空の濃い青の柱です。下面パネルでインド亜大陸が濃い青になっているのは、アジアモンスーンの影響で雨季にあるこの地域の陸上植物が強いCO2吸収源となっていることを示しています。その上空の濃い青の柱で示されたように、この時期の活発な鉛直混合の効果によって、地表のCO2吸収による濃度減少の影響は高度10 km付近の上部対流圏にまで及んでいます。上面パネルの上部対流圏では、楕円の矢印のように、夏季のアジアモンスーンで生じる持続性の高気圧が南アジアから東南アジアに及ぶ循環を形成しており、その内側に直下の南アジアから上昇してきた低いCO2濃度の空気が閉じ込められています。この高気圧循環は9月になると弱まり、上部対流圏を通してその外側へとCO2濃度の低濃度領域が広がってゆきます。また、8月には陸上植物の光合成の活発化によって高緯度地域(シベリア)の上空で低いCO2濃度が見られていますが、この影響も徐々に南へと伝搬します。この結果、9月の日本を含む東アジア上空の柱を見ると、地表よりも上空でCO2濃度が低くなる高度分布が見られています。このように、アジア地域のCO2濃度の三次元的な時空間変動は季節的なアジアモンスーン循環と強く関係しています。

CONTRAIL機で観測された8月(左)と9月(右)のアジア太平洋域のCO2濃度の平均的な分布(2005年から2015年)の図
 図1 CONTRAIL機で観測された8月(左)と9月(右)のアジア太平洋域のCO2濃度の平均的な分布(2005年から2015年)
上面のパネルは高度10km付近のCO2濃度の分布を表し、上面と下面のパネルをつなぐカラーの柱が空港上空での高度分布を表している。ここではCO2濃度の長期的な増加傾向からの差ΔCO2として示しており、右下のカラーバーで示されているように青い部分ほどCO2濃度が低い。上面パネルには相当高度での風の分布を矢印で示した。下面パネルの色は、CONTRAILデータも利用して推定された陸上植物によるCO2の吸収(青)と放出(赤)の分布を表している。(Umezawa et al. 2018の図を改変)

世界の都市から排出されるCO2 を見る

 人為的に放出されるCO2を正確に把握することは炭素循環の研究にとって極めて重要ですが、現在ではパリ協定によって各国に課された責務でもあります。なかでも、世界の人為的なCO2放出量の約70%は都市由来と考えられており、都市からの放出量の監視が非常に重要と認識されています。既に世界のいくつかの都市では、街の中にCO2観測網が配備され、排出目録(インベントリ)と観測結果に矛盾がないかを調べる研究が始まっています。このように、都市からのCO2放出を捉えられる大気観測が必要とされていますが、世界各地の都市に隅々まで観測網を展開することは難しいことです。そこで私たちはCONTRAILの空港直上のデータに着目しました。旅客機は世界各地の空港を訪れますし、空港は一般に大都市近郊にあるため、離着陸前後の低高度では近隣都市圏のCO2放出を捉えているのではないかと考えたのです。これまでにCONTRAIL観測機の就航が多かった世界の36空港を選び、近隣都市圏との位置関係や、どの風向・風速で高いCO2濃度が出現したかを調べました。その結果、多くの空港上の観測データから、近隣都市圏の方角から風が吹いた時にCO2濃度が高くなる傾向が明らかになりました。都市圏からのCO2放出の影響を空港上の観測によってどの程度捉えられるかはフライト時の気象条件によって変動しますが、濃度増加が大きい時と小さい時の差すなわちCO2濃度の変動幅は、風上あるいは風下に位置する近隣都市圏のCO2放出量の大きさと関係していると考えられます。実際に、観測されたCO2濃度の変動幅と各都市圏からのCO2放出の推定量との関係を図示したのが図2です。CO2放出が大きいと考えられる都市ほどCONTRAILで観測された空港直上のCO2変動が大きい傾向があり、言い換えるとCONTRAILの観測が都市からのCO2放出をしっかりと捉えていることを示しています。

世界各国の空港上空におけるCO2濃度の変動幅(標準偏差)と各都市からの人為起源CO<sub>2</sub>放出量との関係の図
 図2 世界各国の空港上空におけるCO2濃度の変動幅(標準偏差)と各都市からの人為起源CO2放出量との関係
 赤色が高度約1km、水色が高度約4kmでの観測データを解析した結果。各空港名はアルファベット3文字の空港コードで示されている(例えば成田空港はNRT、羽田空港はHNDなど)。(Umezawa et al. 2020の図を改変)

観測基地としての民間旅客機

 旅客機観測CONTRAILによるCO2データは、都市や地域規模から大陸や全球規模まで炭素循環の重要な知見を与えてくれます。地上観測が高精度や時間連続性を、衛星観測が広範囲性を得意とする中、旅客機観測は現地拠点を持たなくても空港さえあれば高精度観測を行えることや、高度分布を含めた高分解能のデータを広範囲に取得できること、旅客機運航の定常性により長期観測ができることなど、炭素循環の研究データに求められる複数の高度な要求水準に一度に応えることのできるユニークな観測基地と言えるでしょう。現在のところ、CONTRAILは旅客機による高頻度CO2濃度データを継続して提供している世界で唯一のプロジェクトであり、幅広く活用できる貴重な観測を発展的に維持してゆくことが今後も大切です。

出典:Umezawa et al. (2018) doi:10.5194/acp-18-14851-2018
出典:Umezawa et al. (2020) doi:10.1038/s41598-020-64769-9

(うめざわ たく、環境計測研究センター 動態化学研究室 主任研究員)

執筆者プロフィール:

筆者の梅澤 拓の写真

日本航空が提供する深夜の長寿ラジオ番組をご存知でしょうか。現在のパーソナリティはなんと福山雅治さん!この番組をふと思い出し、私が受験勉強の友にしていた当時の音源を探し当てて胸がいっぱいになりました。JALに関わる仕事をするとは思いもしませんでした。

関連新着情報

関連記事