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2017年6月30日

避難指示区の生き物を調べる~自動撮影装置を用いた試み

特集  国立環境研究所 福島支部を拠点とした災害環境研究の新たな展開
【研究プログラムの研究実地状況2:「環境回復研究プログラム(2)から】

吉岡 明良

 国立環境研究所福島支部では生物・生態系環境研究センターと共に、福島第一原子力発電所事故による避難指示区内外において生態系モニタリング(継続的な調査)を実施しています。帰還や復興にあたって、「住民がいなくなることで、避難指示区内の生き物・自然環境がどのようになっているのか知りたい」という住民や行政、あるいは研究者にとって有用な基礎的知見を得るためです。避難指示区内と外に広くモニタリング地点を設置して調査結果を比較すると共に、避難指示が解除された後もモニタリングを続けるという形で、避難指示区内の生き物・自然環境への避難指示の影響を見ていくことになります。

 主なモニタリング対象は哺乳類、鳥類、カエル類、昆虫類、植生(土地被覆)です。これらは、人間生活との関わりが深い、あるいは生態系における役割が大きいといった観点、避難に伴う環境変化の影響を受けやすいといった観点に加え、人手をかけず長期的に調査することができる、という視点から選ばれています。避難指示区内は放射線量に関する規制のため限られた時間しか立ち入ることができず、なるべく人手をかけない調査を行うことが必須となります。しかも、避難指示が長期にわたるため、調査も継続的に行われなければなりません。生物調査のデータを適切に解釈するには数十地点以上のデータが必要なことも踏まえると、なるべくコストが低い方法で行っていく必要があります。

 では、実際にどのような方法で省力的なモニタリングを行っているのでしょうか?国立環境研究所の生態系モニタリングプロジェクトでは、既存の方法の中で避難指示区内の調査に適したものがある場合はそれを採用しています。例えば、哺乳類のモニタリングは赤外線センサーを用いた自動撮影カメラ(図1)によって行われています。自動撮影カメラは欧米の狩猟産業関連で作られたものが一般化しており、価格も手ごろです(一台数万円程度)。野外に設置しても半年に一度、電池交換とデータを回収する程度のメンテナンスでも十分に機能します。実際に福島以外の哺乳類の研究でも幅広く使用されている実績もあります。一方、鳥類やカエル類はICレコーダー(図2)を用いた鳴き声による調査が行われています。タイマーを設定してペットボトルのカバーをつければ、2ヶ月弱の間、野外で音声データを取り続けることができます。手軽にできるため鳥類の研究者や愛好家に好まれている方法ですが、立ち入りが難しい地域では特に効果を発揮します。また、植生(土地被覆)は衛星画像を活用してモニタリングを行うことができます。一般的に衛星画像は高価ですが、最近は解像度が高い衛星画像が無料で利用できるようになってきました。また、衛星画像上である土地被覆(例えば水田)と判断された場所を現地調査によって確認する作業も必要なのですが、最近はGPS付カメラやドライブレコーダーの発達によって他の調査のついでに気軽に現場検証ができるようになりました。

観測装置の写真
図1 哺乳類のモニタリングに用いられる赤外線センサー式の自動撮影カメラ  
観測装置の写真
図2 ペットボトルで養生されたICレコーダー
この状態なら数ヶ月野外に放置しても問題ない。

 以上の調査では、近年進歩が著しいデジタル機器を上手に使っているという特徴があります。一方、筆者が主に担当して行っている昆虫類の調査はもう少し泥臭くなります。一口に昆虫類といっても種類が非常に多いのですが、この研究プログラムで対象としているのはチョウ類、コウチュウ類、ハチ類やハエ類等の飛翔性昆虫です。これらの昆虫の仲間は、様々な動物の餌となるため生態系において重要な役割を果たしているだけでなく、衛生害虫や送粉者(植物の花粉を運ぶ益虫)を含んでいるため、人間生活とも関わりが深いといえます。飛翔性昆虫はマレーズトラップ(図3)や衝突板トラップ(図4)と呼ばれる専用の罠を設置することで、毎日捕虫網を振り回すこともなく省力的に調査することができます。しかし、カメラやICレコーダーとは違い、実際に罠にかかった昆虫を損傷が酷くなる前に回収して整理して保管しなくてはなりません。昆虫類は小さくて種類も多いので、まだまだデジタル技術を活かした調査は難しいのが現状です。

観測装置の写真
図3 マレーズトラップと呼ばれるテント型の昆虫用の罠  
飛んできた昆虫がテントの壁面沿いに上端部のボトルに集まり、洗剤液の中に落ちる仕組みになっている。
観測装置の写真
図4 衝突板トラップと呼ばれる訪花性昆虫用の罠
誘引剤に引き寄せられて飛んできた昆虫がパネルにぶつかり、下のバケツに落ちる仕組みになっている。

 それでも、一部の昆虫類には上手くデジタル技術を応用できるかもしれません。筆者は現在、赤トンボ類を哺乳類のように自動撮影できないか挑戦しているところです。福島の避難指示区では水田稲作が広域に渡って長期に停止しているため、水田を生息場所とする赤トンボ類のヤゴが減っているのではないか、産卵に来る親のトンボも減っているのではないか、といったことが気になるからです。マレーズトラップや衝突板トラップ等の、既存の「人手のかからない」方法では赤トンボ類は調査することができません。また、体温が哺乳類ほど高くなく、かつ太陽光が強い時間に活動するので赤外線センサーによる自動撮影もあまり有効ではなさそうです。そこで、筆者らは赤トンボ類が棒にとまりやすいという性質を利用し、棒に止まった時の影を感知して自動撮影する装置を考案しました。環境計測研究センターの研究者や電気系統に詳しいシニアスタッフの協力もあり、この装置に関する特許を出願するとともに、野外にしばらく放置してもトンボを自動撮影してくれる装置を試作、試験しているところです(図5)。この自動撮影装置を上手く活用して、福島の避難指示区の自然環境をより適切に把握できるようになれば、というのが筆者の強い希望です。

装置の写真
図5 (a)野外で稼動試験をしているトンボの自動撮影装置。
先端にトンボが止まった場合、(b)のような形で撮影される

 さて、このように福島の生態系モニタリングはいろいろ制約がある事情を踏まえて行っているわけですが、その分、それをクリアするための創意工夫の芽が出る環境でもあります。柔軟な発想で、福島のみならず国内外の生物モニタリングに役立つ知見を発信していきたいと考えています。

(よしおか あきら、福島支部 環境影響評価研究室 研究員)

執筆者プロフィール:

執筆者写真 吉岡 明良

外来植物や農業景観と昆虫の関係等を研究してきました。2016年度より福島支部に赴任しましたが、三春町は絵に描いたような里地里山の景観が見られるので心が安らぎます。避難指示区内も震災前はそのような景観が広がっていたはずなので、よりよい方向に復興していくよう尽力させて頂きたいと思います。

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