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2016年2月29日

続・森林から窒素が流れ出す
-間伐が窒素飽和を緩和する可能性-

特集 森林の水質保全機能の可能性 -森林管理による窒素飽和の緩和に向けて-
【研究ノート】

渡邊 未来

はじめに

 森林は、水を浄化して蓄える、土を保持して災害を防ぐといった働きで、昔も今も人々の生活を支えています。しかし私達は、森林があることが当たり前で、その大切さを忘れがちだと思います。それは私達が、国土の3分の2が森林に覆われた森林大国で暮らし、その恩恵を常に受けているからかも知れません。一方で日本の森林は、いくつかの問題も抱えています。ひとつは林業の低迷によって、管理すべき森林が十分に管理されていない場合があることです。もうひとつは、産業活動で発生した大気汚染物質が、長期間に渡り森林に降り注いだ結果、窒素飽和のような森林汚染が顕在化してきているということです。この研究ノートでは、これらの問題に対し、森林を上手に管理することで窒素飽和を緩和できないか、という可能性について紹介します。

人工林の間伐とは?

 日本の森林は、約4割が人工林で、その多くが戦後に植えられたスギやヒノキの針葉樹林です。人工林とは、人が育てる森林であり、“樹木の畑”と喩えることもできます。普通の畑で作物を育てるのと同じように、人工林でも樹木を健全に栽培するためには、人の手による管理が必要です。ただし人工林の場合、肥料や水分の管理ではなく、樹木の生長を促すための様々な施業を、植栽前から伐採後まで何十年もかけて行います。その施業のひとつに“間伐”といって、樹木を大きく真っ直ぐに育てるために、繰り返し行われる間引きの伐採があります。現在、日本の人工林の半分程度は、間伐が必要な育成段階にあります。しかし、林業の低迷などが原因で、間伐が遅れている場合が数多くあります。間伐が行われない人工林では、混み合った木々は細くて弱々しく、風水害に弱くなります。また、森のなかは日中も薄暗く、他の草木が茂りにくいため、時に地面が剥き出しとなっています。このような人工林では、洪水や山崩れを防いだり、水を浄化して蓄えるといった、森林の持つ多面的機能が損なわれる恐れがあります。しかし近年、主に地球温暖化対策として「森林の間伐等の実施の促進に関する特別措置法」が施行され、二酸化炭素の吸収源である森林を健全に管理するため、積極的な間伐が全国規模で開始されました。また全国35県では、森林環境税や水源税といった独自の地方税が導入され、森林の荒廃とそれに伴う機能劣化を防ぐため、間伐等の森林整備が進められています。さらに現在は、森林整備を行うための国税の新設も検討されています。

 このような間伐推進の状況のなか、私達の研究チームでは、森林の窒素飽和と林内環境の関係で紹介した通り、人工林を上手に間伐することで窒素飽和を緩和できないか、という課題に取り組んでいます。窒素飽和とは、水源となる森林が窒素過剰状態に陥り、土壌中の硝酸性窒素が渓流水に流れ出す量(溶脱量)が増大する問題です。筑波山をはじめとする関東地域の森林では、既に渓流水中の硝酸性窒素濃度が高いことから、窒素飽和が顕在化していると言えます。この問題に対し国内外の研究者からは、適切な森林管理が窒素飽和を緩和するのではないか、という可能性が指摘されています。しかし、間伐の具体的な効果については十分に検証されていません。そこで私達の研究チームは、窒素飽和対策の第一歩として、間伐には土壌からの硝酸性窒素の溶脱を抑制する効果があるか、を調べることにしました。

人工林を間伐すると、硝酸性窒素の溶脱量は減るか?

 今回の調査は、東北大学川渡フィールドセンターと共同して、センター内にあるスギ人工林で行いました。この試験林は、間伐と硝酸性窒素の溶脱量の関係を調べるのに非常に適しており、間伐をしていない林(無間伐区)、弱く間伐した林(弱間伐区)、強く間伐した林(強間伐区)が約0.5ヘクタール(1 ha=10,000 m2)ずつ3回繰り返しで並んでいます(写真1)。私達は、間伐の効果として主に、土壌からの硝酸性窒素の溶脱量は減るか、林床の下草による窒素吸収量は増えるかを明らかにしたいと考えました。そのため、2010年と2011年に土壌水や林床植生を採取して分析し、その結果を無間伐区、弱間伐区、強間伐区で比較しました。実際の調査は、積雪で現場入りできない時期を避けるとともに、土壌微生物による硝酸性窒素の生成が活発で、多雨により硝酸性窒素が溶脱しやすい6月から11月に行いました。

写真1
写真1 左から無間伐区、弱間伐区、強間伐区の風景
弱間伐区と強間伐区では、2003年に約1100本/haであった20年生の林分を、それぞれ本数間伐率で33%と67%で間伐し、さらに2008年にも同じ間伐率で再度間伐してある。間伐強度が増すほど、下草が繁茂している様子が分かる(2011年5月撮影)。
図1
図1 土壌水中の硝酸性窒素濃度の鉛直分布
2010年と2011年の6月~11月に毎月1回調査した結果の平均値。強間伐区や弱間伐区は、無間伐区より硝酸性窒素濃度が低くなっていることが分かる。

 図1は、土壌水に含まれる硝酸性窒素の濃度を深さ毎に示しています。まず、無間伐区における土壌水中の硝酸性窒素濃度は、土壌の浅い層で高く、深くなるにつれて低くなっていました。これは、土壌表層に硝酸性窒素が蓄積しており、それが下層に溶脱する過程でスギに吸収されていると推察されます。一方、強間伐区の硝酸性窒素濃度は、全ての深さで常に低く維持されていました。写真1からも分かるように、強間伐区では林床植生が発達していたことから、これは林床植生が土壌表層の無機態窒素(硝酸性窒素とアンモニア性窒素として存在する窒素)を吸収した結果と考えられます。また、大気から土壌への無機態窒素の流入量が、どの試験区でも6.5ヶ月間で1ヘクタールあたり5~7 kgと大きく変わらなかったという観測結果も、この考えを支持するものと言えます。

 図2は、土壌からの硝酸性窒素の溶脱量を試算した結果です。無間伐区では、硝酸性窒素の溶脱量が非常に多く、同じ期間に大気から流入した無機態窒素量をも超える値でした。この結果から、無間伐区では土壌中に蓄積していた窒素化合物までもが硝酸性窒素として溶脱していることが示唆されます。これに対し弱間伐区の硝酸性窒素の溶脱量は、大気からの無機態窒素の流入量と同程度にまで低下し、強間伐区に至っては土壌からの硝酸性窒素の溶脱がほとんど起きていませんでした。それでは、弱間伐区や強間伐区の林床植生は、どの程度の窒素を吸収しているのでしょうか。図3を見ると、夏季の林床植生による窒素吸収量は、土壌からの硝酸性窒素の溶脱量と同程度の量ですが、全く逆の結果となっており、強間伐区や弱間伐区が無間伐区より多くなっていました。これらの結果から私達は、この試験林における間伐は、林床植生を豊富にすることで、無機態窒素の吸収量や窒素動態を変化させ、特に多雨で硝酸性窒素が溶脱しやすい夏季に、土壌からの硝酸性窒素の溶脱を抑制していると考えています。

図2
図2 土壌からの硝酸性窒素の溶脱量
各試験区の代表的な1地点で、2011年6月~11月に毎月1回調査した深さ80 cmの硝酸性窒素濃度に、土壌水の浸透量を乗じて算出した概算値。強間伐区や弱間伐区は、無間伐区より硝酸性窒素の溶脱量が少なくなっていることが分かる。
図3
図3 林床植生による窒素吸収量
2010年8月に各試験区で刈り取った林床植生の量に、それぞれの窒素含有量を乗じて算出した値の平均値。強間伐区や弱間伐区は、無間伐区より窒素吸収量が多くなっていることが分かる。

まとめと今後の展望

 私達は今回の調査から、スギ人工林の間伐には、窒素飽和を緩和する可能性があることが示されたと考えています。ただしこの結果は、窒素飽和が進んでいるとは言えない人工林で、間伐から数年経ったある時期を切り取って見ているに過ぎません。実際に窒素飽和した森林では、間伐により森林全体での窒素吸収量が減少すると、過剰にある硝酸性窒素が容易に溶脱すると考えられます。そのため、林床植生が速やかに発達できるような間伐の方法、場所、時期といった条件を考慮することが必要でしょう。さらに、間伐による窒素飽和の緩和効果の検証には、間伐直後から将来に渡って硝酸性窒素の溶脱を抑制するか、といった長期的な視点が必要になります。そこで今後、本研究を人工林の適切な管理方法の提案に繋げていくためには、森林管理を取り入れた窒素循環モデルを開発し、間伐の強度や時期といった森林管理の違いが、窒素動態や硝酸性窒素の溶脱に及ぼす影響を定量的に評価することが必要と考えています。

(わたなべ みらい、地域環境研究センター 土壌環境研究室 主任研究員)

執筆者プロフィール

著者写真:渡邊 未来

今回の記事とは違い、いつもは筑波山で調査をしています。筑波山には10年以上通っていますが、最近初めて山頂まで歩いて登りました。調査で歩く道なき道や獣道とは違い、娘との登山は楽しかったです。右の写真は、趣味のバドミントンでの1コマです。

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