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2012年2月29日

持続可能な社会を目指す研究プログラム

【シリーズ先導研究プログラムの紹介 : 「持続可能社会転換方策研究プログラム」 から】

原澤 英夫

 2050年、日本はどんな社会になり、人々はどう暮らしているでしょうか。持続可能な社会になっているでしょうか?そうした問いに答える研究は、シナリオ学と呼ばれています。持続可能な社会のあるべき姿(ビジョン)とそこに至る道筋(シナリオ)を示し、そうした社会への転換を進めるための具体的な政策や対策が求められています。

 一方、現実には様々な問題が解決されずに山積みされています。例えば、日本は、食糧やエネルギーを外国に大きく依存しているので、地球のどこかで起きた問題がすぐに日本に波及して影響を受けます。また、地球温暖化により世界中で豪雨や干ばつの発生頻度や規模が年々増大しており、日本でもこれまで想像できなかったような異常な気象現象が起きています。こうした問題は、持続可能な社会を構築するうえでの障害となります。種々の困難をもたらす社会、経済、環境問題を想定しつつ、如何にこうした問題を解決あるいは回避して、持続可能な社会へ変えていくか、難しい問題ですが、チャレンジすべく企画・提案し、採択された研究が、「持続可能社会転換方策研究プログラム」です。社会環境システム研究センターが他研究センターと協力して研究を進めています。

 未来を洞察、見通しながら、あるべき姿とそこに至るロードマップを描く研究が盛んになっていますが、将来を確実に予測する方法はないので、起こりうる将来の在り様をいろいろと想定します。そうした想定を将来シナリオと呼ぶことにすると、将来シナリオはいろいろ描くことができます。将来シナリオと持続可能な社会の実現という視点から、社会、経済、環境問題の現状分析を踏まえ、問題の引き金となる誘因(ドライビングフォース)に着目します。そして、社会・経済の姿を複数のシナリオを描いて分析するとともに(シナリオアプローチ)、社会・経済を重視したモデル化を行い、持続可能な社会を構築するに当たって必要となる対策や社会・経済のあり方を定量的に検討しようというのが、本研究プログラムの目的です。加えて、持続可能なライフスタイルと消費への転換の視点から、作成した将来シナリオをもとに、個人や世帯が取組むべき対策・活動を消費の面から調査分析し、モデル化を行うことにより、環境に配慮した持続可能な社会やライフスタイルの実現方策について提示することも目指しています。

プロジェクト1 持続可能なシナリオと社会の構築

 本研究プログラムは2つの研究プロジェクトから構成されています(図参照)。プロジェクト1「将来シナリオと持続可能社会」は、将来の目標として、人々が実現してほしいと望む持続可能な社会の姿を明確にし、そこにいたる道筋や課題となる環境問題の特定や解決をストーリーとして示すとともに、社会・経済モデルによる定量化を通じて不確実性や整合性を確認し、漠然とした理想像ではなく、実現可能な具体的な将来像として提示することを目指しています。

図
図 持続可能社会転換方策プログラム

 環境問題の分析においては、D(Driving forces)-P(Pressures)-S(States)-I(Impacts)-R(Responses)と呼ばれる枠組みで分析が行われます。つまり、どのような人間活動(D)が、どのような負荷を与え、環境問題を引き起こしているか(P)、それにより環境の状態がどのように変化し(S)、その結果、人間社会・活動や他の環境問題にどのような影響が生じ(I)、そうした影響を抑えるための対応策は何か(R)を検討するというものです。

 従来の持続可能な社会の分析においては、社会・経済活動(D)を前提に、どのようにすれば環境負荷(PやS)を軽減できるかが検討されてきましたが、本プロジェクトでは、社会・経済活動(D)に焦点を当て、持続可能な社会を実現するためには、生産活動や消費活動(プロジェクト2の成果)をはじめとする社会・経済活動をどのように転換していく必要があるかを明らかにします。本プロジェクトでは、上記の分析を目指して、以下の3つのサブテーマから構成されています。

a.持続可能社会の系譜の整理とビジョン検討 : 持続可能社会の定義、概念、具体的な実践事例の検討により、持続可能な社会のビジョンを検討するとともに、環境、経済、社会の3つの側面の相互関係の変化等を評価することが可能な指標化などを通じて、定量的・定性的ビジョンの活用に向けた知見を得る。

b.社会・経済活動に関するストーリーラインの構築 : システム思考、シナリオプランニングの考え方を基礎として、わが国の中長期的な社会・経済活動に関するストーリーラインを構築する。

c.持続可能社会の評価のためのモデル開発と将来シナリオの定量化 : a.の情報をもとに持続可能社会を構成する社会・経済、気候変動や循環、水資源などの個々の環境問題を対象とした個別のモデル開発を行い、b.の社会・経済を対象とした将来像のストーリーラインに対応する環境の変化を定量的に分析する。統合モデルを用いて、環境、社会、経済を包括的にとらえた持続可能な社会の将来像を定量化するとともに、ロードマップを作成する。

プロジェクト2 持続可能なライフスタイルと消費への転換

 将来実現される持続可能な社会で、人々はどういう生活をしているでしょうか。人々のライフスタイルも気になるところです。例えば、生産が消費を決めるのか、消費が生産を決めるのか、これは長らく経済学やマーケティングの分野で議論されてきたことです。例えば、19世紀にフランスの経済学者セイが主張した「セイの法則」では、「供給はみずからの需要を作り出す」とされています。しかし、その後の研究により、この法則についてはきわめて限定的に成立するものであることが知られています。

 現代社会においては、需要(消費)を見極めて生産計画を立てることはきわめて当然のことであり、多くの企業は自らの消費者(もしくは顧客)の嗜好を反映させた製品・サービスの提供に腐心しています。本プログラムのプロジェクト2においては、上記のような前提のもとに、「持続可能なライフスタイルと消費への転換」として、以下のような内容の研究を相互の関連性を考慮しながら実施することにしました。

a.社会における生活変化要因の抽出・設定 : 現在のライフスタイル・消費がどのような制度・慣習・社会経済条件によって規定されているのか、社会統計等を用いて、現状を把握する。

b.社会の潮流と価値規範を考慮したライフスタイル・シナリオの作成 : 従来作成された長期シナリオを参考に、大きな社会の流れがどの方向に向かうか「社会の潮流」と「価値規範」の2つの面に着目し、ライフスタイルの衣・食・住・働・移動等について各分野の専門家の知見をワークショップ、個別ヒアリング等で集約する。集約された知見をもとに、主要な視点(軸)を抽出し、日本および関連地域(中国等)の全体の方向を描き、社会(機能)集団に応じた将来シナリオの構築を行う。

c.家計生産・ライフスタイルモデルの拡充と推計 : 既に社会環境システム研究センターにおいて開発している家計生産・ライフスタイルモデルを拡充し、シナリオの2020、30 年時点における定量的な推計と提言に向けた検討を行う。

 本研究プロジェクトには、所内の30名弱の研究者が参加しており、所外の研究者とも連携をとりながら進めています。難しい研究課題ですが、将来を見通しながら、社会、経済、環境の行く末の選択肢を提示することが、今後の日本を持続可能な社会へ導く、道標になると考えています。

(はらさわ ひでお、社会環境システム研究センター長)

執筆者プロフィール:

筆者の原澤英夫の写真

これまで温暖化の影響・適応やIPCCを中心に活動してきたが、最近ではIPCCは若手研究者に譲り、シナリオ研究に注力している。本稿作成には、増井利彦、青柳みどり両室長に協力いただいた。

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