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「サマーサイエンスキャンプ」 開催報告

【研究所行事紹介】

 国立環境研究所では、7月28日(水)~30日(金)、8月17日(火)~19日(木)の各3日間、高校生を対象とした科学技術体験合宿プログラム「サマー・サイエンスキャンプ2010」が開催されました。このキャンプは、文部科学省の後援のもと、(独)科学技術振興機構が実施しているもので、当研究所では1999年から毎年参画してきました。今年は4つのコースを開催し、多数の応募者の中から選ばれた32名が参加しました。

 『私たちの生活が湖に与える影響とは』コースでは、霞ヶ浦で調査用の船に乗り、水、プランクトンおよび湖底泥の採集や各種の計測に関する見学を行い、実際に起こりつつある湖の環境変化を科学的な側面から捉えて解析する方法を学びました。

 『生物と環境:植物コース(大気汚染の影響を観察しよう)』は、実験用植物に光化学オキシダントの原因物質であるオゾンを暴露したときの様子を観察し、可視障害が品種によって大きく異なることを観察しました。

 『生物と環境:微生物コース(微生物の多様性を覗いてみよう)』は、様々な環境から採取した土壌にどのような微生物がいるのかを調べ、環境の違いによる生物相の違いを比較しました。

 『東京湾の魚介類と環境を調べてみよう~東京湾の本当の姿を実体験!~』コースでは、調査用漁船に同乗し、水質観測や底曳き網による魚介類採集を行い、採集された魚介類の種類や量(個体数と重量)を調べることで、現在東京湾で進行中の“生態系の変化”を体感しました。(詳しくは次の記事を参照)

 参加した高校生たちは、打ち解けるのが早く、熱心で目的意識を持っており何事にも積極的でした。研究者から直接指導を受け、学校の実験室にはない最先端の装置を使った実験を行うなど、貴重な体験となったようです。高校生はもとより、講師、スタッフにとっても短い期間でしたが、実り多き3日間となりました。今後とも、本プログラムへの参画を通して、より多くの高校生に科学や環境問題について興味をもってもらう機会を提供していきたいと思います。

 『東京湾の魚介類と環境を調べてみよう ~東京湾の本当の姿を実体験!~』

 今年も「サマーサイエンスキャンプ」が開催されました。このうち、『東京湾の魚介類と環境を調べてみよう~東京湾の本当の姿を実体験!~』は、8月17日(火)~19日(木)の2泊3日の日程で全国からの応募で選ばれた8名の高校生(男女各4名)が参加して実施されました。この東京湾プログラムは、参加者が漁船で東京湾に出かけて実際に調査を行い、自分の眼で東京湾の“本当の姿”を確かめ、事実を基にその背後にある問題を自分の頭で考えて探り出すことを目標に、実施されました。

 初日、午前10時に横浜・柴漁港に現地集合し、開講式の後、早速、5トンの小型底曳網漁船2隻に4名ずつが分乗して出港しました。東京湾の北部と南部の2地点で、それぞれ、水質観測と30分間の底曳き調査を行いました(写真1)。溶存酸素濃度(DO)が高くいろいろな種類の魚介類が獲れた南部と違って、北部の観測地点では海底付近を貧酸素水塊(魚介類が生きていけないほどDOが低くなった海水の塊)が覆い、1隻では底曳きを行っても“生きたまま”獲れた魚介類は3尾のみでした。もう1隻では、貧酸素水塊が覆う場所とともにほんの少し酸素がある水域も底曳きしたので、“生きたまま”の魚介類が、一見、随分獲れましたが、死んだカニなども多数、獲れました。これが、現在の東京湾を象徴する姿です。それが何を意味するのか?(答えは後述。)彼らの眼には驚きや戸惑い、真剣さが浮かんでいました。当日は、気温35℃を超える猛暑日で、漁船を操る漁業者も「こんなに暑いことは今まで無かった」と言い、調査慣れしているはずの環境研スタッフにとっても苛酷でした。底曳網で獲れた魚介類を選別する際、揺れる船上で下を向いて作業したために船酔いで気分が悪くなる子もおり、とにかく暑い日でしたので皆グロッキー気味でしたが、操舵室や船上の日陰で水分補給を行いながら休息し、お互いを気遣う優しさも見せてくれました。幸い、熱中症で倒れる子もおらず、午後2時40分頃、全員が無事に帰港しました。

写真1 東京湾の北部の観測地点にて、水深別の水温や塩分、溶存酸素濃度(DO)を測定する水質観測機器の説明。「今、この船の真下の海底付近には酸素がほとんどない。これでは、魚介類が生きていけない。」

 2日目は、午前9時から、前日の底曳きで獲れた魚介類の名前(種名)と、種類別の個体数及び重量を調べました(写真2)。検索図鑑により種名を決めるため、皆、一生懸命に魚介類の外部形態(体形や色・模様、棘や鰭条(きじょう:魚類のひれを構成する硬い棘や柔らかい筋(軟条)を指す)の数、吸盤や軟甲など)の特徴を観察し、検索図鑑と照合して種名を決定していきました。一方、前日の東京湾調査で使用した水質観測機器から、内部に記録されていた水深別の水温や塩分、DOのデータをパソコンのソフトウェアで読み取りました。こうして、前日の調査で得られた全てのデータが揃いました。そこから何がわかるか、その晩、彼らは宿舎で午後11時30分過ぎまで皆で意見を述べ合っていたそうです。

写真2 底曳きで獲れた魚介類の名前(種名)を、その体形や色・模様、棘や鰭条(きじょう)の数、吸盤や軟甲などの特徴を観察し、検索図鑑と照合しながら、調べる。

 3日目は、午前9時から、水質・魚介類データを高校生が改めて整理し、両者の間にどのような関係があるのかを皆で考えました。パソコンを使ってデータを図示し、その解釈について感想や意見を述べ、話し合いました。途中、質問タイムを設けて、彼らが自分の頭で考えて結論を導き出すヒントを与えるべく、彼らの質問に環境研スタッフが答えました。この後、高校生が今回の東京湾調査の結果、わかったことを取り纏めて発表しました。皆、よく考えて、自分の言葉で発表してくれました。時間が少なかったため、彼らの発表結果を受けてさらに質疑を行ったり、環境研スタッフが感想を充分に伝え切れなかったことが心残りでした。もう1日、キャンプの開催期間があれば、と感じたものです。

 この後、環境研スタッフがこれまでの東京湾における調査結果(夏期を中心に東京湾の湾奥から中央部にかけて広範囲に貧酸素水塊が発生し、そこで暮らしている魚介類を死に追いやるなどの悪影響を与えてきたこと)を話しました。そして、質・量の両面で魚介類が豊かな東京湾に再生・回復させるためには何が必要か(干潟や藻場の再生を含む浅場造成などの必要性)を述べました。その上で、改めて初日の調査結果を思い起こせば…貧酸素水塊がやってくると魚介類は逃げようとするかもしれないが、逃げ遅れたものは死んでしまう。そこで底曳きするとほとんど何も獲れないか、死んだものが多数揚がってくる。酸素を求めて魚介類は移動するので、貧酸素水塊の縁(境界付近)には魚介類が多数集まっていて、そこで底曳きすれば、たくさん獲れる。魚介類は、現在の東京湾がそのような劣悪な環境であっても、そこで生きていくしかない…。

 最後に、閉講式で大垣理事長から参加者一人一人に修了証が手渡され、全員で記念写真を撮影して、キャンプの全日程が終了しました(写真3)。「もう1週間、1ヵ月でもここ(環境研)で皆と一緒にいたい」と言ってくれる子もいました。彼らの心に何かを残すことができたら、望外の喜びです。彼らは皆、素直で熱心で、互いに仲良く、目をきらきらさせていました。私たち環境研スタッフも、高校生から元気の素をもらった気がしました。事前準備から当日の運営まで、苦労もありましたが、彼らを見ていて、全て吹き飛びました。本当に、充実した3日間でした。

 (環境リスク研究センター 堀口敏宏)

写真3 閉講式を終え、全員で記念撮影。充実した3日間でした。