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人工衛星から大気中の温室効果ガスの量を測るには?

【環境問題基礎知識】

松永 恒雄

 2008年に打上予定の地球観測衛星GOSAT(温室効果ガス観測技術衛星)では,地球全体にわたって大気中の温室効果ガス(二酸化炭素及びメタン)量の測定を5年間行う予定です。ここでは,「人工衛星からどのようにして大気中の温室効果ガスの量を測るか」について説明します。

 大気を構成する気体分子は,それぞれに固有の周波数(波長)の光を吸収します。またその吸収の程度は,一般にその気体分子の大気中の量に対応します。このため,大気を透過した光の波長毎の吸収の様子を観測することにより,光が通過した大気中の各気体分子の量を推定することが可能になります。

 GOSATの短波長赤外の波長帯では,太陽からの光が地球大気を通り,地表面で反射され,もう一度地球大気を通って衛星まで到達した際の強度を波長毎に測定し,その吸収の強さから太陽からの光が通過した大気中の温室効果ガスの量を推定します。それでは,以下にその測定機器(センサ)と温室効果ガス量の推定方法について簡単に説明します。

 GOSATに搭載される大気中の温室効果ガス量を測定する機器一式はTANSO(Thermal And Near infrared Sensor for carbon Observation)と呼ばれ,FTS(Fourier Transform Spectrometer)とCAI(Cloud and Aerosol Imager)という2つのセンサから構成されています。温室効果ガスのカラム量推定の中心となるセンサはFTSで,二酸化炭素やメタンによる光の吸収が含まれる波長域等において高い波長分解能で光の強度測定を行います。なお,FTSは可視域から短波長赤外域を観測するSWIR(Short Wavelength InfraRed)と熱赤外域を観測するTIR(Thermal InfraRed)の2種類の分光計から構成されます。一方,CAIは補助的なセンサで,FTSの視野内の雲の有無等を判別するために必要な画像(空間分解能=500m~1.5km,紫外~短波長赤外域にかけての4バンド)を取得します。

 以下,TANSOのデータ処理の概略を順に説明します。またこれらは現在想定されている処理であり,今後,精度及び処理速度向上のため随時改訂する予定です。

1)FTSによって観測された信号(インターフェログラム,FTS L1Aデータと呼ばれます。)を,フーリエ変換を用いて放射輝度スペクトル(FTS L1Bデータ)に変換します。

2)CAIデータ及びFTS TIRデータを用いて,FTSの視野内の雲の有無を調べます。

3)視野内に雲がないと判定されたFTS L1Bデータに対して,その観測場所・時刻の気象データや地表面反射率データ,温室効果ガスの初期値等の補助データを揃えます。

4)雲のないFTS L1Bデータ及び対応する補助データに対し,「リトリーバル」と呼ばれる数値計算処理を適用し,温室効果ガスの量やその他の関連パラメータを求めます。

なお,1)は宇宙航空研究開発機構が担当する処理であり,国立環境研究所(以下「国環研」)では2)以降を所内に設置される専用計算機システムで実施します。

 この一連の処理の中には,以下に述べるような技術的に難しい問題もあり,現在国環研GOSATプロジェクト及びGOSATサイエンスチームにおいて精力的に研究が進められています。
 1)雲に関する問題
 FTSの視野が雲で全て覆われている場合には,リトリーバル処理で得られる温室効果ガスのカラム量は雲頂高度から衛星高度までの間の量に相当しますが,GOSATで特に観測したい対流圏下部の情報は含まれないので,あまり有用ではありません。また,FTSの視野の一部が雲に覆われている場合には,地表面~衛星高度と雲頂~衛星高度の複数のカラム量の平均になり,その後の処理が非常に困難になります。このためGOSATでは視野内に雲がある場合にはリトリーバル処理をしない方針とし,そのために必要なFTSの視野内の雲を検出する方法の研究を進めています。ただし絹雲については補正処理を組み合わせたリトリーバル処理の可能性も並行して検討しています。
 2)エアロゾルに関する問題
 大気中にはエアロゾルと呼ばれる微小粒子が浮遊しています。これらの粒子によって反射された太陽光もTANSOによって観測されますが,地表面や海面で反射された光と合わさってしまうため,大きな誤差要因になる可能性があります。このため,CAIやその他の補助データによるエアロゾルの種類や量に関する事前情報に基づくリトリーバル手法の研究を進めています。
 3)海面に関する問題
 GOSATでは地球表面で反射された太陽光を観測しますが,地球表面の7割を占める海面では一般に反射率が低いため,TANSOまで届く太陽光も非常に弱く,計測上大きな問題となっています。このため,GOSATではTANSOの観測方向を変更する機能を用意し,GOSATが海面上空を通過する際には,サングリント領域注1と呼ばれる反射率が高い海面を(斜め)観測をすることになっています。
 4)膨大な計算量に関する問題
 GOSATでは1日数万点の観測を行います。実際には,そのうち9割程度が雲等の影響を受けるため,リトリーバル処理が適用される観測点は全観測の1割程度になる見込みです。しかしそれでも1日に数千点の処理を行う必要があるため,地上システムには非常に膨大な計算能力( 現在の見積では数TFLOPS注2程度)が求められます。このため,国環研に設置されるGOSATデータ処理システムと所内外のスーパーコンピュータを連携させる方式の検討を,リトリーバル処理の高速化の検討と並行して進めています。

(用語)
・注1サングリント:太陽光が観測方向にほぼ鏡面反射されることにより,水面が非常に明るく見える現象を指します。実際には水面上の微小な波のため,サングリント領域は幾何的に鏡面反射となる領域よりも広くなりますが,その大きさは太陽とセンサの位置関係や海上の風速等に左右されます。
・注2TFLOPS:コンピュータの処理速度をあらわす指標の一つで,1秒間に1兆回の浮動小数点演算を実行できることを意味します。なお,2007年3月に新型機となった国環研のスーパーコンピュータは最大4TFOPSの,有名な「地球シミュレータ」は36TFLOPSの演算性能を持ちます

(まつなが つねお,
地球環境研究センター
地球環境データベース研究室長)

執筆者プロフィール:

今までは陸域を観測する衛星センサ(現在運用中)や月探査機用の分光計(今夏打ち上げ予定)の開発等に携わって来ましたが,平成18年度からは本格的にGOSATプロジェクトに参加することになりました。観測対象は違えど打上に向けた緊張と興奮をまた味わえるのは楽しみでもあり,恐ろしくもあり。