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・国立環境研究所は,今も未来も人びとが健やかに暮らせる環境をまもりはぐくむための研究
 によって,広く社会に貢献します。
・私たちは,この研究所に働くことを誇りとしその責任を自覚して,自然と社会と生命のかかわ
 りの理解に基づいた高い水準の研究を進めます。

 この4月に国立環境研究所「憲章」が決まりました。そこで,憲章が策定されるまでの経緯や苦労話などを大塚柳太郎理事長と憲章草案作成ワーキンググループ(記事の末尾参照)の世話役の今村隆史氏(大気圏環境研究領域長),同グループの野原恵子氏(環境健康研究領域室長)にうかがいました。司会は,ニュース編集小委員会の竹中明夫委員(生物圏環境研究領域長)です。

そもそもの始まり

竹中:この4月,国立環境研究所の憲章が発表されました(上記参照)。きょうは,憲章草案作成ワーキンググループから3人のメンバーに集まっていただいて,憲章作りのプロセスや,込められた思いなどを語っていただきます。まず,ワーキンググループの世話役の今村さん,憲章作りはそもそもどのように始まったのでしょう?

今村:たしか,去年の7月の終わりぐらいだったと思いますが,大塚理事長から憲章を作りましょうという話があって,その作成のワーキンググループの世話人をやってくださいというお電話がありました。それから,所内のいろいろな方々にご相談しながらも一本釣り的にお願いしてグループに入ってもらって,8月の後半から作業がスタートしました。

竹中:最初は理事長からの提案があったわけですね?

大塚:はい,私は去年の4月に着任したのですが,やはり研究所にはなにか全体をまとめるものがあったほうがいいのじゃないかなと思っていました。たまたま,所員の方からもそういう提案をもらいまして,しばらく考えたのですけども,去年の夏,今村さんに世話役をお願いしてスタートしていただいたわけです。

竹中:グループの人集めは一本釣りでということでしたが,釣られてしまった野原さん,依頼を受けて,どう思われましたか?

野原:まず,憲章というものは,研究所がある限りは研究所の理念とかを代表する大切なものだと思うので,これはすごく大変なことだろうなと思いました。

大塚:私は,憲章の意義は二つあると思っていました。ひとつは,研究所として外の方々に対して,私たちの気持ちを表したいということ,もうひとつは,研究所の中で,非常に皆さんが忙しくなって,研究の内容も多様化しているなかで,共通の理念を持つということ,この大きな二つの視点は必要なんじゃないかということを申しました。

竹中:憲章作りの作業をすることになって,野原さんはなにか思うところがありましたか?

野原:今村さんから頼まれたから断れないということもあってお引き受けしましたが,集まってみたら若い人が多くって私が一番古株だったので,私は長く研究所のことを考えてきたジェネレーションの意見を代表して意見を言わなくてはいけないなと思いました。

竹中:ワーキンググループでは,若い人の比率が高かったのですか?

今村:若い人も年齢がいった方も中堅も,男性,女性,それから研究職だけでなく総務や企画の方々も含めて,バランスを考えながら選びました。

活発な議論-ときには袋だたき

竹中:多様なメンバーが集まったわけですが,作業はどのように始められたのですか?

今村:全部で15回ぐらいミーティングを持ちましたが,最初はとくにどうという方針はなくて,まず憲章の中に盛り込みたい理念であるとか項目であるとかを,あまりこだわらずに議論してもらいました。その中にはいろいろなおもしろい意見があって,例えば我々は誰をクライアントと見るのかという話ですとか,あるいはアカデミックフリーダムみたいな話,あるいは真の社会ニーズみたいな言葉ですね。そこで,今まで我々は何をやってきたのか,過去のことも振り返って勉強してみようということになりました。

野原:そうですね.過去の資料を見たら,10年史にすごくいいことが書いてあったんです。

竹中:10年史が作られたのは,ちょうど野原さんが研究所に入ったころですね。

野原:そうです。だいたいそのころです。その10年史には「研究所は何をするべきか」というようなことが書いてありました。例えば,「研究に対する社会的要請は,すべて現時点の環境行政からくるものでもなく,時々の制度そのものでもない。広く世界的視野で人類の将来を見通し,鋭い洞察の中に初めて見えてくるものと言わざるを得ない」というような,研究所の使命がそもそもどこからくるかということを深く考えてあって,この辺がすばらしいなと思いました。私たちはこういう理念に影響されながら,そういうことを信じてやってきたように思います。

竹中:今回の憲章作りの作業のなかで,そうした理念もあらためて掘り起こされたということもあるのでしょうね.議論のようすをもう少し聞かせてください。

野原:私は,ずっとここで働いてきた人たちの意見を代表しようという意識もあって,かなり率直にわがままも言わせていただいたんですが,それに対しての反対意見もどんどん言ってくれて,すごく率直な意見交換ができたと思います。それを世話役の今村さんが非常に辛抱強く包容力をもってまとめてくれたと思います。また,オブザーバーの大塚理事長や西岡理事,飯島理事も同じレベルで議論に参加してくださって,とてもよい環境でやらせていただけたと思います。

大塚:今村さんから「次回までにこれを考えてきてください」と言うような宿題が出て,次に集まるまではだいたい1週間くらいあったんですが,みなさん毎回慌てて宿題に取り組むというドタバタの繰り返しだったように思います。

竹中:どのような宿題を出されたのですか?

今村:例えば盛り込みたいキーワードであるとか,実際に憲章の案を作ってきなさいとか,そういったものですね。

野原:理事長の作品もみんなと一緒に並べられて批判を受けてましたね。

今村:皆さん,人の意見をすごく尊重して「素晴らしい,それで決まりだ」と言っておきながら,しばらくすると「何でその文章でなければいけないのか」とか言い出して,だんだんみんな折れなくなって,“この頑固者が!”って感じでしたね。

竹中:なかなか楽しそうですね.議論のなかで出てきたキーワードにはどんなものがありましたか?

大塚:私の記憶の中では,「自然に対する畏敬の念」 という言葉が印象的です。憲章にどういうふうに入るのかむずかしいという感じはしましたけど,そんな,人間の本質に関わるような言葉が出てきたのは非常によかったと思いますね。そういう意味合いのキーワードはいくつもあったような気がします。

今村:「責任」みたいなものもありましたね。例えばデータの提供でいいのか,さらに踏み込んだ提案までが我々の責任なのかとかですね。あとは,「開かれた研究所」という考え方であるとか,「環境教育」とか「人材育成」みたいな言葉も出てきましたし,合志前理事長が言っておられた「慌てない,放置しない,見逃さない」という精神を盛り込めないかとか,いろいろ出てきましたね。

野原:「個性あふれる珍プレーとチャレンジ精神」とか。これは大塚理事長からです。

今村:「愛」という言葉を入れたいという意見もありましたね。

大塚:みんなで辞典を持ち出して,この漢字はどういう意味を持っているのかとか,けっこう真剣に悩んだり,おもしろかったですね。あと,最終的には「未来」という言葉に置き変わったのですけど,できるだけ分かりやすく「100年先」という数字を出したら非常に評判悪かったですね。

今村:100年って言い出したのは私ではなかったのですけども,だんだん話しているうちに100年に一番思いを込めていったのが私なのです。1,000年だとなんだかよく分からない。我々がある程度責任を負って提言できるのは100年くらいだろうと。自分たちや,子供の世代でもなくて,3世代くらい先の世代ですね。私は非常に気に入って,これぞと思ったのですけれども。

野原:ホームページで意見を求めたら,反対意見ばっかりでしたね。

今村:ほとんど袋だたきのようなものでしたよ。

大塚:ワーキンググループの方々は,それぞれの個性を大事にしながら,どういうふうにまとめていこうかということについてもまた個性的に議論してもらいました。私も議論に参加させてもらいましたが,個性の豊かさのいっぽうで,最終的にはひとつの形を作ろうという気概を感じました。

所内でのひろがり

竹中:いまも話が出ましたが,所内向けのホームページでひろく意見を募るということもされていましたね。手応えはいかがでしたか?

今村:最初は惨澹たるものでしたよね。ほとんど何の意見も来なかった。途中から,案を作ったものを片っ端から並べてみて投票しようって話になりまして,そのころからわりと意見が出てくるようになりました。投票数はそれほどではなかったのですけれども,食堂などで人と会うと憲章の話が出てきたりとか,そのあたりから手応えを感じるようになりましたね。

野原:ホームページを見ていると,壮大な詩を作ってくれた人とか,いろいろ投稿してくれた人もいて,それに対して意見を書いてくれた人の意見は非常にもっともだなと思ったり。あと,「環境研の中でそれぞれみんな思いを持ってやっているのだから,憲章を作るのだったらほんとによいもの作ってください」との意見も聞きました。わりと関心を持っている人たちもいるのだなということも感じました。

今村:私なんかワーキンググループの中で何をやったかって言うと,日程調整と場所確保ぐらいな感じで,最初に私が出した案のなかの言葉は,ひとつも残ってないですしね。ひとつひとつの言葉には,グループのメンバーだけではなくて,所員の多くの方々の意見も入っています。常勤職員ばかりでなく,アルバイトの方やポストドクの方たちの意見も入って,いろんな意味がひとつの単語のなかに込められてもいます。憲章の文章が,一人が書いたものではなくて,ボトムアップの形でできたっていうのは,とてもよかったと思います。もう本当にいろんなところで力をお借りしました。所内全体に呼びかけての意見交換会でも,感心させられる意見や思いもいただきましたし。

絞りに絞って残ったもの

今村:その意見交換会で,理念と行動指針みたいな言い方で憲章の説明をしたのですが,行動指針というのが非常に不評でした。ある意味ではこれで方針が固まった感じですね。行動指針はやめよう,我々の理念というか思いというか志みたいなものだけを含めて,できるだけ口ずさみやすいものにしようという,方向性って言うのができたのですね。

大塚:研究所のだれもがそらで覚えられるくらい,簡潔でわかりやすいのがいいという要望もありました。

野原:途中ではいろんな言葉もたくさん出てきたけれども,絞って絞って短くすると,研究所でやるべき研究は人の暮らしをも守る,環境を守るのがひとつですよね。そして,どんな研究をするかというと「自然と社会と生命のかかわりの理解に基づいた」という,この部分は絶対入れたいと,メンバーも全員一致して,すごく削ぎ落とした中でここだけは残ったのですが,今村さん,いかがですか。

今村:ひとつめの文章で,研究所として何を研究するのかっていうのを強く入れたいというのは,野原さんが訴えたのでしたっけ。こういう形の研究所で広く社会に貢献したいということを言っています。ふたつめの文章には,いろんな意見が出ました。「この研究所に働くことを誇りとしその責任を自覚して」と,そのあとの,こんな研究を進めますというところは,文章のつながりが悪いとか。でも,自覚して何やるのかって言ったら研究を進めるのだから,どうしてもひとつにしておきたいわけです。

竹中:で,どんな研究を進めるかというと,「自然と社会と生命のかかわりの理解に基づいた高い水準の研究」ですね。

今村:ここは,こだわった部分です。この研究所は,1974年に国立公害研究所として発足しましたが,当時は公害をそれぞれの要素に還元して研究して,それを統合して環境を語るのがこの研究所のスタイルだったと思うんです。それが,個別の研究を単に集めるのではなく,それらの関わりを積極的にやらなければならない,それが1990年に国立環境研究所になってからの使命だったと思うのですね。それをより強く推し進めているのが今度の中期計画なんじゃないか。いくつかの研究をトータルして,環境をどう語るのか,そこが研究所全体としての使命なのでは。そういう研究所がステップアップしてきた歴史が書かれていると思っています。

2006年4月17日国立環境研究所理事長室にて
左から竹中,大塚,今村,野原の各氏。

野原:うーん,そういうとらえ方ですね。

今村:それから,「この研究所に働くことを誇りとし」というところについては,おごりみたいなものがあるのじゃないかという意見もあったのですけれども,やはりここで働くことに誇りを感じられるような研究所であり続ける,そういう使命を自覚していたい。ですから,誇りという言葉はやはり入れておきたい,と。

憲章のこれから

竹中:憲章はできた。次はこれをどう活かしていくかですね。

大塚:トップダウンでこうですよ,というのはあんまり憲章に似合うとは思いません。国立環境研究所には研究者以外の方もいるわけですし,それぞれが,いろいろな考え方,行動パターンを持っているのは当然です。所全体で働くものそれぞれが,憲章について自然に話し合い,そしてお互いに接触しあう中で改善すべきことは改善していこうという気持ちを広げていければよい,そのための環境作りでもし何かできることがあれば,やっていきたいと思います。
 今年の4月からの非公務員化ということも関係し ますが,研究所の自律性というか自己責任がこれからますます大きくなっていくと思いますので,やはり研究所で働くみんなが共有できるものが重要だと思っています。憲章は,そのシンボル的な存在であってほしいと願っています。

野原:意見交換会で出てきた意見ですが,研究所の一般公開の時などに,ここはなにをやっている研究所ですかと小学生に聞かれた時に,さらっと一言で表せたらいいなという意見もありました。そんな場面でも憲章は生きてくるんじゃないかなあと思います。そういう意味で,分かりやすい言葉でできたのは,よかったのじゃないかなと思います。

今村:あと,適当な例ではないかも知れませんが,たとえば日本は憲法で戦争はしないと決めているということは世界のなかで認知されている。それと同じように,この研究所はこういう理念で運営しています,という憲章を外にむけて出していくことで,変な形で振り回されない,そういう意義もあるんじゃないかと思います。

竹中:おおぜいの力をあわせて作った憲章は,今後の研究所の活動にかならず活かされていくことと思います。今日はどうもありがとうございました。

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憲章草案作成ワーキンググループ(所属は当時)
青野光子(生物圏環境研究領域)
今村隆史(成層圏オゾン層変動研究プロジェクト)
木野修宏(企画・広報室)
佐藤邦雄(総務課)
中山忠暢(流域圏環境管理研究プロジェクト)
野原恵子(環境健康研究領域)
森口祐一(循環型社会形成推進・廃棄物研究センター)
山田正人(循環型社会形成推進・廃棄物研究センター)

(50音順)

オブザーバー
大塚柳太郎(理事長)
西岡秀三(理事)
飯島孝(理事)