ユーザー別ナビ |
  • 一般の方
  • 研究関係者の方
  • 環境問題に関心のある方

アジア自然共生研究プログラム −健全な生態系とそれを可能にするきれいな水と空気をめざして−

【重点研究プログラムの紹介】

中根 英昭

持続可能な社会の実現に向けたアジア自然共生研究

 中央環境審議会答申「環境研究・環境技術開発の推進戦略について」(平成18年3月)では,20~30年将来を見据えた我が国の目指すべき将来像を,「持続可能な社会の実現」に置き,その実現に当たっての当面の目標として,
i. 脱温暖化社会の実現
ii. 循環型社会の実現
iii. 自然共生型社会の実現
iv. 安全・安心で質の高い社会の実現
をあげています。つまり,上の4つの社会は,持続可能な社会の4つの側面ということができます。そして,自然共生型社会については,「健全な生態系とそれを可能とする健全な水環境及び大気環境の実現により,人間と自然の共生する社会を実現することが必要である。」としています。人間が生きていく中で,水や大気を通して排出される物質(温室効果ガスや微量有害物質を除く)や人間活動そのものが自然の健全性を損なうことのないように管理し,自然と人間が共生できるようにすることは,持続可能な社会の実現への努力の中でも,「最も目に見える」努力と言えるでしょう。アジア地域では,急速な経済発展に伴って,自然共生型社会の危機が急速に進んでいます。上記の答申でも,i~ivの4つの課題に「横断的かつ重点的に取り組むべき方策」の第一に,「国際的取り組みの戦略的展開」をあげ,具体的には,「我が国と密接な関係にあるアジア地域を中心とした国際的取組の展開」,「多国間の環境問題に対する積極的関与」等を示しています。後者の内容として,「国際河川の流域管理,黄砂・酸性雨等アジア地域の越境大気環境問題,日本海の海洋環境問題,生物多様性の保全等国際的な環境問題に関する共同研究を我が国が中心となって進めるなど,国際的な取組・枠組みへ積極的に関与することが必要である。その研究成果を踏まえ,関係国と連携して地域の環境問題解決に積極的に貢献することが重要である。」と述べています。

 アジア自然共生研究プログラムでは,「環境研究・環境技術開発の推進戦略」に応え,(1)アジアの大気環境管理評価手法の開発(2)東アジアの水・物質循環評価システムの開発(3)流域生態系における環境影響評価手法の開発の3つの「中核プロジェクト(PJ)」と2つの関連プロジェクトによる研究を通して,アジアにおける自然共生型社会の実現に向けた研究を実施します(図)。その目標は,科学的知見の集積,環境管理のツールの開発を通じて政策提言のための科学的基盤を創ることであり,そのために必要な研究協力ネットワークを強化することです。アジア自然共生研究プログラムは,アジア自然共生研究グループに属する5研究室の研究者を中心に,研究領域,センター,基盤ラボラトリーの研究者の協力によって行います。

研究プログラムの全体フレーム図(クリックで拡大表示)
図 アジア自然共生研究プログラムの全体フレーム

中核PJ1「アジアの大気環境管理評価手法の開発」

 本中核PJは,第1期中期計画で実施された,広域越境大気汚染研究,黄砂プロジェクト等の研究を基礎に,a.広域越境大気汚染に関する地上連続観測や集中観測,対流圏衛星観測データの解析,b.大気汚染や対流圏大気質についてのマルチスケールモデル(地球規模,領域規模,都市スケール)やアジア化学気候モデルの開発,大気汚染物質の排出インベントリの改良と将来予測,c.ライダーと地上サンプリングによる黄砂観測ネットワークの展開,黄砂予報モデルの開発,を中心とした研究を行い,広域大気汚染,越境大気汚染対策に必要な,科学的知見の集積やモデル・予報システムなどの大気環境評価ツールの開発を目標として研究を進めます。

中核PJ2「東アジアの水・物質循環評価システムの開発」

 本中核PJは,第1期中期計画で実施された重点特別研究プロジェクト「東アジアの流域圏における生態系機能のモデル化と持続可能な環境管理」を基礎に,中国の研究機関等との共同研究により,a.リモセンや地上観測による中国長江を中心とする水・物質循環についての観測システムとデータベース構築,評価モデルの開発,b.長江等の陸域由来の環境負荷が東シナ海の生態機能に及ぼす影響の評価,c.自然共生型社会形成のための代替シナリオの構築や政策プログラムの提案に向けた自然共生型技術・政策システムの開発,を中心とした研究を進め,アジアの持続的発展に資する水環境管理のための科学的知見の集積,ツールの整備,アジアにおける研究能力と研究基盤の強化を目指します。

中核PJ3「流域生態系における環境影響評価手法の開発」

 本中核PJでは,2003年度より実施している,メコン川長期生態系モニタリング(Mekong River Ecosystem Monitoring; MeREM)によって始まったメコン川流域生態系についての研究を本格的に開始するもので,近年急速に日本とのかかわりが大きくなってきているメコン川流域について,ダム建設や流域開発による生態系への影響を把握し,流域の持続可能な発展に必要な科学的知見を提供することを目指します。すなわち,a.リモセン等を用いて作成する高解像度土地被覆分類図・湿地機能評価図による流域生態系の自然劣化実態の把握,b.淡水魚類を中心とする代表的生物の多様性・生態情報等の取得,流域生態系環境データベースの構築,c.河川の環境の変化がマングローブ等の河口域生態系に及ぼす影響評価手法の開発,流域生態系管理手法の検討,を中心として研究を進めます。

プロジェクト間の連携およびプログラム間の協力を初めとするプログラムの活動

 中核PJでは絞り込んだ研究を行うため,これらの研究を結びつけアジアの環境の全体像を把握すること,国内的・国際的な分担や共同研究,情報交換を行うことが重要になってきます。また,大気,水,生物の研究プロジェクトが一つのプログラムの中で研究を行うことを活かし,大気汚染や黄砂の生態系影響,大気圏から水・土壌圏への汚染物質の流入等の研究についてのプログラム内(プロジェクト間)の連携を行うことが重要です。また,将来予測に関連した研究については,技術シナリオ,排出インベントリのシナリオと温暖化対策のシナリオについての協力を行うことや,気候モデル研究との協力など,他のプログラムや基盤領域との協力が双方に大きな成果をもたらすでしょう。このような,中核PJの研究活動を超えた活動にプログラムとして取り組み,研究に厚みを持たせたいと思います。

(なかね ひであき,アジア自然共生研究グループ長)

執筆者プロフィール:

環境省の環境研究評価調整官(競争的研究資金プログラムディレクター)としての9ヵ月の霞ヶ関勤務を終えてつくばに戻り約1ヵ月,遠い昔のことのように感じられますが,霞ヶ関での経験,その前の温室効果ガスインベントリオフィスマネジャーとしての経験,オゾン層研究者としての経験など,これまでの全ての経験をアジア自然共生プログラムに活かして行きたいと考えています。