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ミリ波放射計によるオゾン変動の観測

シリーズ重点特別研究プロジェクト:「成層圏オゾン層変動のモニタリングと機構解明プロジェクト」から

中根 英昭

 モントリオール議定書とその改定などのオゾン層保護対策によって,20世紀後半に一貫して増加し続けてきた成層圏塩素濃度は1997年頃にはピークに達して減少に転じた。今後は徐々に減少に向かうと考えられるが,10年以上にわたって塩素濃度の高い状況が続くと考えられている。同時に,塩素以外のオゾン層破壊要因がクローズアップされてきた。気候変動による極域成層圏の気温の低下,大気の流れの不可逆的な変化,成層圏水蒸気の増加などが成層圏の高い塩素濃度レベルと結びつくときにオゾン層の変動はどのようになるのかという問題が改めて提起されている。このとき,成層圏オゾンとともに,その上にある中間圏のオゾンの変動も注目される。上空ほど大気の密度が小さいため,下部から伝わる大気中の波動が拡大して現れる可能性が大きいからである。ここでは,上部成層圏から更にその上の中間圏(高度50~80kmの領域)のオゾンを昼夜を問わず連続的に観測しているミリ波放射計を紹介する。

 国立環境研究所では,様々な成層圏大気微量成分観測法(図1)の中から,1988年にオゾンレーザーレーダーを導入して20-40kmのオゾン鉛直分布を観測してきた。さらに,高度40km付近の観測頻度の増大と観測高度範囲を上に拡大することを目的として,1995年に高度38-76kmのオゾン鉛直分布を観測するミリ波放射計を導入した。ミリ波放射計とは,大気中の分子が放出する数ミリメートルの波長の電波を受信する装置である。試験観測を経て定常的な観測が開始された1996年10月から得られた約5年間のデータを解析したところ,後に述べるような新しい知見が得られた。現在は,観測高度下限を15kmに拡大して,成層圏・中間圏全域を観測できるようにするために,ミリ波放射計の観測スペクトル範囲を広げる装置改良を行っている。

観測法の図
図1 さまざまな成層圏大気微量成分観測法

 ミリ波放射計の概要とオゾン高度分布の測定原理について少し述べる。成層圏や中間圏のオゾン分子は様々な回転エネルギーを持っている(早く回転したり,ゆっくり回転したりしている)。高い回転エネルギーを持つオゾン分子が電波という形でエネルギーを放出して低い回転エネルギーを持つオゾン分子になることがあり,この電波を地上の望遠鏡(アンテナ)で集めて検出し,そのスペクトルを分光することによってオゾンの高度分布を得る。高度の情報はミリ波を放出しているオゾンが存在する高度の大気圧に比例したスペクトルの広がり(圧力幅)から得る。システムのブロック図や測定原理図については,国立環境研究所地球環境研究センターの成層圏モニタリングのホームページ(http://db.cger.nies.go.jp/gem/)を参照して頂きたい。オゾンの場合,電波の発光スペクトルの波長が3mmまたはそれ以下であるため,測定装置をミリ波放射計と呼ぶ。この装置の心臓部は,ミクサーと呼ばれる検出器で,国立環境研究所の装置では,絶対温度4K(-269℃)に冷却されたSIS(superconductor-insulator-superconductor)ミクサーという超伝導素子を用いている。ミクサーという名は,オゾンからの電波と装置によって作られた電波を混合して電波の干渉を使って検出するからである(ヘテロダイン検出)。ミリ波放射計はナノテクノロジーを含むハイテクの塊である。実は,この装置は星雲中の一酸化炭素分子などの分布を測定する電波望遠鏡の応用であり,名古屋大学,富士通グループとの産官学共同研究の成果によって実現した。チリのラスカンパナス天文台には,名古屋大学の電波望遠鏡「なんてん」の横で,オゾンや一酸化塩素の鉛直分布を測るミリ波放射計が働いている。

 5年間の観測結果を紹介しよう。図2は,高度50km,60km,76kmのオゾン濃度(体積混合比)の時間変化である。図中のオゾン濃度は24時間連続観測しているデータのうち夜の6時間について平均して得た。梅雨時や高温多湿の条件下のデータはノイズが大きいため除いてある。最も顕著な変動は,50kmでは冬にピークを持つ一年周期変動,60kmでは夏と冬にピークを持つ半年周期変動,76kmでは春と秋にピークを持つ半年周期変動である。高度76kmの半年周期の原因は,地上付近または対流圏に起源を持つ小規模の大気波動(重力波)によるオゾン破壊物質(水素酸化物)の輸送が春と秋に盛んになることで一応説明されている。高度60kmの半年周期変動は76kmの半年周期変動とは独立のものと考えられるが,その存在を明確に示したのは本研究が最初である。半年周期の原因は分かっていないが,大気の力学と化学が複合的に働いていることは間違いない。また,50kmでは1998年以降オゾンが増加しているが,これが成層圏塩素の減少の影響か,太陽活動の増大によるものかを判断するためには今後5年程度の観測の継続が必要である。76kmにおいてもオゾンの増加が見られるが,これは太陽活動の影響であろう。中間圏にはフロンの影響は及ばないが,気候変動や対流圏・成層圏に対する人間活動の影響が拡大して見える可能性がある。また,成層圏オゾン層の将来予測を行うための三次元モデルも上限高度を100kmまで伸ばすことが必要とされる時代に入っている。観測データが極めて少ない中間圏におけるミリ波観測は,モデルの検証という観点からも他の手段では得られないデータを蓄積している。

変動のグラフ
図2 国立環境研究所上空の5年間のオゾンの変動(長浜智生NIESポストドクフェロー提供)

(なかね ひであき,大気圏環境研究領域上席研究官)

執筆者プロフィール

1951年生まれ。大阪大学理学部化学科,無機・物理化学専攻,東京大学大学院博士課程,理化学研究所流動研究員を経て,1981年12月より国立公害研究所(現国立環境研究所)。理学博士。不器用な器用貧乏。卓球をする時には少年に戻る。