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人間の立場に立つ環境研究

理事長 合志 陽一

 本研究所が独立行政法人として新たな歩みを始めてから一年が過ぎ,新しい年度を迎えることとなった。助走を終えて飛躍すべき時期である。次の中期目標・中期計画およびその先を十分に視野に入れ,環境問題の推移・予測,環境研究の将来分野と方向,そして国立環境研究所における研究のあり方をローリングプランとして作成する必要がある。その際,念頭におくべき点について述べたい。

 我々が環境問題を扱うとき,主として自然科学の立場に立つ。科学のあり方,技術のあり方に関して数多くの見解があるが,自然科学的アプローチの客観性・説得性は他のアプローチに比較し,はるかに優れている。したがってあらゆる環境問題を自然科学的方法で取り扱うべく努力するのは当然のことである。とりわけ環境問題では孤立・独立した問題は少なく,多数の人間が関与する問題が大部分である。客観性・説得性が最優先される。人間的要素を除いた,あるいは避けたアプローチが好まれる由縁である。

 しかし,ここに大きな問題がある。我々が扱う環境問題は,究極的には人間にとっての問題である。現在の研究では,人間の存在を考慮しない取り扱いが多い。場合によっては大部分といってもよい。しかし,最終的には人間にとっての環境問題である。人間への環境影響について人間の側から見た問題提起をもっと考慮すべきではないか。これは決して個人差や主観の要素が結果を左右していることを軽視した研究を奨励するものではない。自然科学的厳密さ,言い換えれば客観性・説得性を保ちつつ人間の側から問題を見るべきではないかということである。具体的な例をあげる。

 環境研究者は「好ましい環境」の実現・保全のために研究をしている。この「好ましい環境」とはどのようなものであるか。分かりきったことと思われるが,単純ではない。有害な物質による汚染が好ましくないことは多分見解が一致するであろうが,景観となると百人百様であるかも知れない。それにもかかわらず良い景観は存在する。このような「環境観」がどのようにして形成されるかは重要な研究課題と思われる。味覚などでは脳の神経活動の基本は幼少期に決定されるという。環境観のような高次の神経(精神)活動へも同様の影響があるか否かは不明である。しかし,環境観がどのようにして形成されるかは,人間の側から見た環境科学の一分野として不可欠と思われる。

 地球温暖化に関連して省エネルギーは重要な目標である。様々の努力の一つに照明用新光源の開発がある。現在汎用の蛍光灯から発光ダイオード,半導体レーザーなどが未来の光源として現実化しつつある。温暖化防止の立場からその発達を大いに支持したいところである。しかし,一方,そのような光にさらされる人間の立場として,どのような光が好ましいかは検討の余地のあるところであろう。生物への光の影響は大きい。人間でどうであるかは重要な研究課題であろう。

 共生においても人間から見た問題は多い。除菌剤,殺菌剤,抗生物質の不注意な多用が環境汚染を起こしているとの指摘は多い。しかしそれにとどまらず人間にとっての共生を破壊しているとの指摘もある。過度の清潔が何をもたらすか,さらにそれを超えて人間にとって何が好ましいあるいは賢い共生かは,大いに研究されるべき課題であろう。

 人間の立場に立った環境研究を視野に入れることを強調したい。

(ごうし よういち)

執筆者プロフィール

東京大学工学部名誉教授,元東芝総合研究所主任研究員。専門は分析化学。若い頃はサイクリング,トレッキングを若干やったが今は趣味はなく家内より定年後は困るだろうと言われている。その時は家事手伝いなどするつもり。つくばでの自炊できたえておりますので。