カタログ燃費と実用燃費−運転の仕方によって燃費はどれくらい変わるのだろうか?
研究ノート
近藤 美則
1. 研究の背景と目的
自動車は,人の移動可能距離を大きく伸ばし生活を便利にしてくれる一方で,騒音,振動,排出ガスによる大気汚染など局所的地域的なものから,大気中にCO2(二酸化炭素)等の温室効果ガスがたまって地球の平均気温が上昇する温暖化など幅広い環境問題にかかわっています。温暖化の主因といわれるCO2は世界的には約1/4,日本においてはその約20%は自動車が原因と言われており,その排出量は増加傾向にあります。
温暖化問題を解決するためにCO2排出量の少ない燃費の良い車両を開発・市販するのは自動車メーカの役割としても,実際に車両を使ったときに排出されるCO2を減らすのは,ドライバー自身が燃費の良い運転をするかどうかにかかっています。その前に車を使わないと言う選択肢もありますが。
国土交通省が定めた新型自動車の試験方法(TRIAS)による燃費値(10.15モード走行,カタログ燃費と呼ぶ)に比べて,実際に車両を走らせてみると燃費が良くない,走る場所などによってずいぶん違うことはよく感じられるでしょう。カタログ燃費を車両購入時の車種選択における大きな基準にして車両を選んだが,実際に使ってみたらそんなに燃費が良くなかったということも,ガソリン直噴車や量産型ハイブリッド車が発売された当初には,よく言われました。これはどうしてでしょうか?
この測定値は,ある特定の温度や湿度等の条件の下で,日本の都市における平均の走行パターンとして選ばれている10.15モード走行で測定されたものであり,実際に市街地を走行したときの温度・湿度や道路勾配等の条件を十分反映できていないためです。実際の走行状況で,車両単体への排出ガス低減技術や燃費向上技術によって,その排出量(燃費)がどれだけ下げ(上げ)られるか,大気が実際にどれだけきれいになるか等を明らかにする必要があります。
これまで国や自治体等で走行モードが作成されましたが,車両改造を伴う大型の計測器を積み込んだ車両を,プロドライバーが交通の流れにのる形で運転することによりデータ収集を行ってきました。その主な目的はモード(交通の流れ)の計測であり,車両単体の走行実態をとらえるものではありませんでした。また,このときドライバーは,計測器の存在を意識しつつ運転をしているので,普段の走行状態を正しく再現していないという問題があります。
そこで私たちは,一般ドライバーが日常どのような運転をしているかを車両の改造を伴わない簡便な方法で明らかにすることを目的としてデータの収集と解析を行っています。データ収集には,最近は多くの車に取り付けられるようになったカーナビゲーションと同様の方法で車両の位置情報が収集できる簡易の車両動態計測器を使用しています。ここでは,最近,データ解析を行って明らかになったカタログ燃費と実際の燃費が大きく異なっている理由の一つについて報告します。
2. データの収集と解析結果
車両動態計測器は,GPS(全球測位システム)情報と車の加減速状況を知るためのセンサ,記録部から構成されています。それを,GPSアンテナ部は試験車両のボンネット上に,記録部やセンサは運転席の下や助手席の下や前等に固定し,日常運転に支障のないように取り付けます。そして,研究所に勤務する5人のドライバーに約1~3週間,計測器を取り付けさせてもらい,車両の走行実態データを集めました。ドライバーごとの車両の違いを取り除くために,計算機上に仮想的に車両を設定し,その仮想車両にドライバーの走行パターンを与えることで,トルクや燃費を解析しました。他にも通勤経路の違いがありますが,ここでは考慮しませんでした。
ドライバーが自宅より職場に出勤する際の走行実態を解析して,エンジン回転数とトルクを求めた結果を10.15モード走行のものと並べて図1に示します。実際の走行パターンでは,高いエンジン回転域(2000rpm以上)と大きなトルク(12kg・m以上)を使って走行していることがわかります(図1で○で囲った部分)。一方,ある速度での加減速度を求めてみると,10.15モード走行ではドライバーの実走行時の加減速度の半分より小さな加減速度を使う,緩やかな走行パターンということがわかりました。大きなトルクや加速度を使わないので,カタログ燃費が良いのは当然と言えるかもしれません。
次に,今回の5人の走行パターンを速度変化で見てみると,ア)エンジン回転数が低くトルクも小さな10.15モード走行に近い運転をするもの,イ)頻繁にアクセルやブレーキを操作してエンジン回転数や速度の変化の大きいもの,ウ)走り出しでは一瞬大きな加速度を使うが巡航速度付近ではアクセルやブレーキの操作が少ないもの,等の運転者毎の特性がみえてきました。大きな加速度やトルクを必要とするような運転は燃費の悪化要因となりそうですが,エンジンの効率の良い領域を使って大きなトルクを生み出すような運転をすれば,実燃費を向上することができます。これは,ウ)に相当しますが,ドライバーはこれを実践しているようでした。もっとも交通の混雑状況や信号パターンにより,ア)が良い場合もありますが,イ)が良くなることはまずありません。
得られた車両の速度データから燃費を計算したものを図2に示します。個人ごとに○で囲っていますが,それを見ると,同じ平均速度でありながら,個人差によって3割程度,一人のドライバーでも道路状況等によって2割程度の差が発生する可能性があることが明らかとなりました。
1997年12月の温暖化防止枠組み条約京都会議で定められた温室効果ガス排出削減義務を果たすためには,日本全体で現在のCO2排出量の2割以上を削減する必要があります。燃費の良い自動車を開発することはもちろん,自動車の運転の仕方を変えるだけでもかなりの効果があると推測されます。ただし,自動車メーカの開発すべき燃費の良い自動車とはどんな自動車かを改めて考える必要があるとは思います。というのも,先に示したように,現実の社会の中で使われる状態において本当に燃費のよい自動車を開発すべきで,試験や規制で使われているある特定の条件においてのみ燃費の良い自動車を燃費の良い自動車とは本来言うべきではないと考えるからです。
3.まとめ
実際に社会の中で使われている車両の加減速度は,カタログに記載される燃費を計測するTRIASでの10.15モード走行より2倍以上大きく,エンジン回転数も高い領域を使っていることが燃費の差の一因として考えられること,同じ平均速度で見たときに個人差で3割,同一人物でも道路状況等により2割程度の燃費の変動があること,等が明らかになりました。
今後は,より多くのデータ収集を進め,車両がどれくらいの頻度で使われ,どれくらいの時間・距離を走っているか等の走行利用実態の把握につとめたいと思っています。
執筆者プロフィール
運動不足のためおじさん体型に変身中。ダメだと思いつつも就寝前の350ccが止められない。やっぱりこれでは早死にすると思って昔やっていた野球を最近始めた。年をとると若いときに無理だったことが意外と簡単にできたりする。これも年の功か。
目次
- 研究の効率性
- 人工衛星からの成層圏オゾン層変動モニタリングとその機構解明シリーズ重点特別研究プロジェクト:「成層圏オゾン層変動のモニタリングと機構解明プロジェクト」から
- 内分泌かく乱化学物質等のリスク評価と管理のための環境モデルとシステム開発に関する研究シリーズ重点特別研究プロジェクト:「内分泌かく乱化学物質及びダイオキシン類のリスク評価と管理プロジェクト」から
- オゾンとオゾン層についての基礎知識環境問題基礎知識
- 環境研究のフロントとしての国立環境研究所論評
- 独立行政法人国立環境研究所設立記念式典等の開催について
- 「国立環境研究所友の会」への入会御案内〜ちょっと気になる環境問題がもっと身近に〜
- 新刊紹介
- 表彰・人事異動
- 編集後記