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葉の形が変化した植物を使って遺伝子組換え体の安全性評価法を開発する

研究ノート

玉置 雅紀

 遺伝子組換え(GM)作物の安全性に関する記事が新聞・雑誌等を賑わせているが,その多くは食品としての安全性についてのものである。これとは別にGM作物の栽培に関する問題として,組換えに用いた遺伝子が環境中に広がることがある。遺伝子組換えでは元の植物よりも有利な形質を付与することが多いため,GM植物は非GM植物との生存競争に有利となる場合も考えられる。その結果,導入した遺伝子の勢力は,GM植物の雑草化あるいは他の植物との交雑などにより拡大すると考えられ,これにより遺伝子レベルでの生態系撹乱が懸念される。ところが,導入した遺伝子の環境中への拡散を調べた研究はほとんどない。その一因として,導入遺伝子が他の植物に移る確率が非常に低いため検出が困難であることが挙げられる。したがって,導入遺伝子が他の植物に移ったことを簡単に知るための指標が必要となる。筆者は,葉の形を変える遺伝子を導入した植物を用いた効率の良い遺伝子拡散の評価法の開発を行っている。

 葉の形を変えるためにホメオボックス遺伝子を導入した。この遺伝子は動物,植物において広く存在が確認されており,生物の形を作るのに重要な役割を持つと考えられている。この遺伝子をタバコより単離したところ6種類得ることができた。これらをNTH(Nicotiana tabacum homeobox)遺伝子と名づけた。このうちNTH15と名づけた遺伝子を,その産物を植物中で多量に作ることができるように人工的に改変し,これをタバコに導入した。その結果,得られた植物に形の異常が現れた。普通のタバコの葉は,中心を貫く主葉脈に対して対称で,先端の鋭い卵形をしている(図A,E左)。ところが遺伝子組換えタバコの葉はこれとは異なる様々な形を示した。それらの形態を以下に示す3つに分類した。(1)軽度の異常:葉に多くのシワが観察され,左右の対称性が崩れる(図B,E中央)。(2)中程度の異常:葉の縦方向の伸長が完全に阻害され,それに伴いさらに多くのシワが生じる。全体的に丸い葉になる(図C,E右)。(3)重度の異常:非常に小さく,葉脈が見られない。葉の表面から新たな葉・茎の形成が観察される(図D,1F)。

葉の写真
図A野生型タバコ 図B 軽度の形態異常タバコ 図C 中程度の形態異常タバコ 図D 重度の形態異常タバコ 図E 左;野生型タバコの葉 中;軽度の形態異常タバコの葉 右;中程度の形態異常タバコの葉 図F 重度の形態異常を示す植物の葉 図G イネのホメオボックス遺伝子のタバコへの導入により現れる葉の形態異常 図H 野生型タバコの花 図I 中程度の形態異常タバコの花 図J イネのホメオボックス遺伝子のタバコへの導入により現れる花の形態異常

 中程度の形態異常タバコでは花の形にも変化が観察された。通常タバコは雄しべが雌しべよりも長く伸長するが(図H),NTH15遺伝子を導入したタバコの花では雄しべの伸長はほとんど見られなかった(図I)。また,この花では葉の形態異常と同様なシワのある花びらが作られた。

 では何故このような形の葉ができたのか?これには植物ホルモンが関与している。植物ホルモンはコケなどの原始的な植物から高等植物まで幅広く存在し,その形作りに重要な働きを持っている。NTH15遺伝子を導入したタバコの葉では植物ホルモンのうち,ジベレリン含量が減少し,サイトカイニン含量が増加していた。葉の形成に対しこれらの植物ホルモンは,ジベレリンは葉の伸長の促進,サイトカイニンは葉の枚数の増加に働く。ホメオボックス遺伝子は他の遺伝子の働きのON/OFFを調節しているため,NTH15をたくさん作るタバコではジベレリンを作る遺伝子がOFFに,サイトカイニンを作る遺伝子がONになっている。それにより植物ホルモンの含量が変化し,葉の形が変化したと考えられる。

 現在までにNTH15以外のNTH遺伝子を導入したGM植物を作成し,これらに様々な葉の形の異常が起こることを確認している。最終的にはこれらを用いて葉の形態変化を指標として導入遺伝子の他の植物への拡散を見ようと考えている。ただし,異なる種類のホメオボックス遺伝子の導入により異なる形態異常を示すため(図G,図J),どのホメオボックス遺伝子を使うかを十分に検討する必要がある。

 最後にこの方法の有効性を検証したい。環境中には多種多様な植物が存在している。これまでにホメオボックス遺伝子はタバコに代表される双子葉植物だけでなくイネやトウモロコシのような単子葉植物にも葉の形態異常を引き起こすことが知られている。また,植物ホルモン量の変化を引き起こすため,コケ等の原始的な植物にも形態異常をもたらすと考えられる。これによりホメオボックス遺伝子の指標としての汎用性は広いと思われる。最終的には葉の形態以外の特徴(発芽率,生育速度,花粉稔性)が野生型植物と同じ(あるいは同程度)GM植物を作り,遺伝子拡散の評価に用いる必要があるだろう。

(たまおき まさのり,地域環境研究グループ新生生物評価研究チーム)

執筆者プロフィール:

名古屋大学大学院農学研究科博士過程修了。生物の形に興味があり,研究と称して葉の形が異常な植物を遺伝子組換えにより作製してきた。現在は環境浄化に役立つ遺伝子組換え植物の開発に取り組んでいる。趣味は海釣りで,海外でも竿とリールは必ず持っていく。つくばは海が遠くて悲しい思いをしている。