海域保全のための浅海域における物質循環と水質浄化に関する研究
研究プロジェクトの紹介(平成10年度終了特別研究)
木幡 邦男
干潟・藻場などを含む浅海域は,水産資源にとって重要なばかりでなく,自然環境保全上その役割の重要性が認識されつつある。さらに,浅海域では,有機物分解速度などが高く,水質浄化能力が高いと言われている。一方,現在まで,浅海域の機能評価が十分にできなかったこと,開発による環境影響を評価するのにも定まった手法がなかったことなどから,過去に行われた開発は,環境への配慮が必ずしも十分ではなかった。これらのことから,環境基本計画でも,自然海岸・干潟・藻場・浅海域の適正な保全,人工干潟・海浜などの適切な整備を推進するよう定められており,浅海域環境の保全を図るためには,科学的な調査法・評価法がさらに進歩する必要があった。
このような背景から,平成8~10年度に標題の国立環境研究所特別研究が実施された。本研究では,まず,浅海域として東京湾奧部にある三番瀬をとりあげ,そこでの水質や生物相にみられる特徴を示し,三番瀬における底生生物による水質浄化量を求めた。瀬戸内海における調査では,プランクトン生態系を通じての物質循環の実証的研究を行った。また,海域での大規模開発に対する住民の関心事を調べるために,瀬戸大橋に関する住民意識調査を行った。ここでは,その成果の一部を紹介する。
本研究の主要な部分では,浅海域の一つの例として,東京湾奥部の市川・船橋地先にある三番瀬を調査対象とした。三番瀬は,2m以浅が14.5km2 程の面積であるが,水産的に重要な浅海域であり,冬にはノリの,通年アサリやバカガイの漁獲がある。また,多くの水鳥が飛来し,環境保全上も重要視される。近年,埋立てを伴う開発計画があり,開発と環境保全とをめぐって議論され,社会的関心の高い場所でもある。
三番瀬と,その沖合の東京湾央部における水質・底質・生物量などを調査し,比較した結果,浅海域環境の特徴として次の点が示された。
湾央部では,夏季に底層が貧酸素状態になり,生物量は極めて少なかった。しかし,三番瀬における溶存酸素は,通年,生物の生息に十分であった。このことから,三番瀬内では,湾央部に比べ底生生物種数・生物量とも多く,湿重量では,二枚貝などの軟体動物,ゴカイなどの多毛類,エビ・カニなどの甲殻類の割合が98%以上を占めた(図)。中でも,二枚貝の生物量が多く,アサリ,バカガイ,シオフキガイの二枚貝が,3種で全体の約83%を占め,浅海域での二枚貝の重要性が示された。
ヨシ原の植栽手法は(1)茎植え,(2)地下茎植え,(3)ブロック植え(株植え),(4)播種,(5)種子苗植えの5つが考えられる。(1)~(3)のようににヨシの根茎を利用した工法は数多く研究されているが,植え付け用のヨシを得るために現存ヨシ原を破壊しなければならないこと,切り口の処理および運搬が困難であること,植栽作業が大変であること等の欠点がある。
二枚貝は海水をろ過して摂食することから,海水中の植物プランクトンなどの懸濁有機物を除去する。ここでは,この除去を浄化の一つと考える。そこで,二枚貝に着目し,三番瀬におけるその水平分布を調査するとともに,室内実験により酸素消費速度やろ過速度を測定して三番瀬における水質浄化能を推定した。ここで得たデータは,浅海域生態系や,内湾生態系をモデル化し,環境要因の変動に対する反応を解析するためにも利用される。二枚貝のうち,ここでは現在水産的価値が低いために研究の遅れているシオフキガイを中心に研究し,その浄化能に関して以下の結果を得た。
実験室で7~25℃の範囲で測定されたシオフキガイのろ過速度と呼吸速度は,ともに水温の高いときに高かった。また,貝の殻を取り除いた軟体部の乾燥重量あたりのろ過速度と呼吸速度は,重量の小さな個体ほど大きく,ろ過速度は,平均値で3.0l/g/時であった。軟体部乾重で表したシオフキガイの生物量は,三番瀬全体の平均値で,2.35g/m2 であった。これらの値から,三番瀬における二枚貝のろ過速度は,シオフキガイにより169l/m2 /日,上記3種の二枚貝で442l/m2 /日と計算された。これは,二枚貝が一日当たり0.44mの高さの水塊をろ過することに相当し,水深が2m程度の三番瀬では,二枚貝により数日の内に海水がすべてろ過される計算となる。海域における二枚貝のろ過水量の推算値は,生物量の多寡にそのまま依存する。ここで示した生物量は特に大きい値ではなく,例えば1996年9月に三番瀬内にて3.4kg湿重/m2 という値が観測されており,この場合に同様に計算すると,二枚貝がろ過する水塊の高さとして,6.6m/日という値が得られた。
浅海域では,浅いゆえに水質に対する海底の影響が大きい。底には多くの底生生物が生息し,水質浄化に寄与している。浅海域の生態系を評価するためには,従来の環境影響評価で行われたような生物の現存量の調査だけでなく,将来は,本研究で行われたように,水質浄化能や物質循環と言った浅海域の機能について評価されることが,ますます重要となるであろう。今後,新規に行われる開発に対する環境影響評価では,こうした浅海域の機能に関する評価が含まれるべきと思う。
執筆者プロフィール:
昭和54年に海洋環境研究室,平成2年に海域保全研究チームに配属され,海域環境問題を扱っています。最近,目にすることができた海域は,東京湾・大阪湾・播磨灘・富山湾・松川浦・大船渡湾・兵庫県日本海沿岸・浜名湖・地中海などですが,同じ海であってもそれぞれに特徴があり,海域環境問題も様々であって,研究も一筋縄ではいかないなと感じています。
目次
- 新たな環境産業に期待する巻頭言
- 「エラい」研究所
- ダイオキシンは「特殊化学物質」か?—有害な化学物質の包括的な管理のために—
- 輸送・循環システムに係る環境負荷の定量化と環境影響の総合評価手法に関する研究研究プロジェクトの紹介(平成10年度終了特別研究)
- 平成12年度地方公共団体公害研究機関と国立環境研究所との共同研究課題について
- シベリア上空における温室効果気体の観測研究ノート
- 葉の形が変化した植物を使って遺伝子組換え体の安全性評価法を開発する研究ノート
- 平成12年度国立環境研究所関係予算案の概要について
- 現実とバーチャルの共存?米国での研究生活海外からのたより
- 新刊紹介
- 表彰・人事異動
- 編集後記