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海域の油汚染に対する環境修復のためのバイオレメディエーション技術と生態系影響評価手法の開発

研究プロジェクトの紹介(平成10年度開始環境修復技術開発研究)

内山 裕夫

1.背景

 1997年1月に起きたロシア船籍タンカーのナホトカ号による油流出事故はまだ記憶に新しく,我が国周辺海域における石油流出事故としてきわめて大規模であった。流出した大量のC重油が,山形県から島根県に至る海岸に漂着し,水産資源への被害のみならず,海鳥や,国立・国定公園等での海岸部の貴重な生態系,および景観にも重大な影響をもたらした。その他に,これまで我が国周辺海域で発生した大規模な石油流出事故として,1974年の倉敷市での重油流出(水島コンビナート石油事故)による瀬戸内海沿岸部の汚染,1997年の韓国籍タンカーオーソン3号の沈没によるC重油の長崎県対馬への漂着,その他小規模の重油汚染事故が多数発生している。海外においても,1989年のアラスカにおけるエクソン・バルディーズ号タンカーによる大規模な原油流出事故に代表される多数の石油流出事故があり,小規模な事故は世界で年平均2回の頻度で報告されている。世界の海が恒常的に石油で汚染されていると言っても過言ではない。

 このような状況を受けて,「油流出事故への対応における協力」が1997年に開かれた日米コモン・アジェンダの下に位置づけられ両国共同で推進されることとなった。環境庁および国立環境研究所では,ナホトカ号重油流出事故に際して関係省庁と連携をとり,油を分解する微生物を用いた生物的環境修復(バイオレメディエーション)による油浄化に関する調査を開始した。

 本プロジェクトは,以上のような国際・国内情勢を背景に,石油汚染により損傷をうけた海域の環境修復を図るため,有効なバイオレメディエーション技術の開発ならびに生態系影響評価手法の開発を目的として平成10年度にスタートした。

2.目的

 海外では既に,石油流出事故対策としてバイオレメディエーション技術を実施しており,例えばエクソン・バルディーズ号事故に対してエクソンと米国環境保護庁(USEPA)等が現場試験を行った。本技術適用後の微生物による油分解など浄化効果および環境への影響については様々な報告がある。しかし,現場試験における結果のほとんどは,地理学的,気象学的,生態学的諸条件に依存する上に,いまだ科学的評価が十分だと言えない。また,本技術の適用に際しては,現場の状況により浄化効果が左右される。さらに,生態系に対する悪影響の恐れが払拭されていない等の有効性・安全性の問題が解決されていない。従って,生態系への影響評価についてマイクロコズム,メソコズム等の隔離された実験生態系による評価解析を行うとともに,現場における実際の生態系におよぼす影響評価解析も行うことが重要である。これらの生態系影響について検討を加え,かつ有効性,安全性についての問題を解決することが,適正なバイオレメディエーション技術の確立のために必要不可欠であるため,本プロジェクトでは以下のような内容で研究を進めている。

3 .内容

(1)バイオレメディエーションを活用した油分解の高度化技術の開発

 油汚染現場等より油分解活性の高い海洋性分解微生物を検索・単離し,使用に際しての安全性を確保するために,単離した微生物の分類学上の位置を明らかにする。また,分解速度・分解生成物等の基本的特性を解明するとともに,微生物を大量に培養する条件を検討する。さらに,油を分解する微生物を用いた製剤等の分解特性の比較を行い,分解能評価手法の開発を行うと同時に分解効果を解析し,適正な使用方法を明らかにする。

 一方,効率的な油分解には海水と油との混和を良くするため,分散剤の併用が期待される。既存および新たに開発する生物由来分散剤の成分を明らかにするとともに,海洋生物に対する安全性の評価を行う。次いで,油分解微生物の増殖に必要な窒素,リン,微量物質および油分散剤等に関し,沿岸海域を富栄養化させない適正添加条件の解明を行う。

(2)底質を含む簡易モデル生態系(マイクロコズム)による油分解と生態系影響評価手法の開発

 重油汚染およびその分解過程が生態系におよぼす影響を解析するため,干潟,浅海域から分離した細菌,藻類,動物からなるマイクロコズムを作成し評価実験を行う。また,重油の生態系におけるエネルギーフロー,物質循環におよぼす影響について評価するための手法の確立を図る。さらに,油分解微生物,分散剤,栄養塩等の添加が,ろ過摂食者である貝類,底泥食者である多毛類あるいは付着生物,海草等の健全な沿岸域生態系の構築と物質循環に関与する生物におよぼす影響を,水温,溶存酸素濃度等の環境要因に着目して評価解析する。

(3)汚染現場生態系(メソコズム)における油の自然分解とバイオレメディエーションによる効果の総合評価

 油汚染沿岸域の自然回復過程を見るために,国内外の油汚染現場より底泥等のサンプルを採取し,回復状況の調査を行う。また,生物種の同定とバイオマス量変遷を解析するとともに,年単位での自然修復力の解明に資する調査を行う。一方,汚染現場において,バイオレメディエーション技術の導入による油除去の効果,油分解微生物製剤等の添加効果を評価するため,岩礁,砂礫等海岸構造の違いを考慮した実験区を設定し,油の分解過程,油分解微生物の増殖過程等を明らかにする。また,油除去作業に用いられる油分解微生物,分散剤等の生態系におよぼす影響を評価するため,処理前後の付着藻類,底生生物,細菌等の遷移を調査する。さらに,上記で得られた成果を基に,バイオレメディエーション技術の有効性および環境に対する安全性について総合的に評価し,他の修復技術との比較を行う。

海辺の写真
写真1 実証試験現場
ナホトカ号由来の漂着重油に汚染された小石の配置と,散布された栄養剤の拡散具合を観測するための間隙水採取用パイプ
写真2
写真2 兵庫県城崎郡香住町佐古谷海岸における,重油バイオレメディエーション実証試験現場全景

(うちやま ひろお,水土壌圏環境部水環境質研究室長)