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環境を見る化学の目をみがく

論評

相馬 光之

 子供の頃に目覚める科学的関心は,まず自分の周囲−環境に向けられる。ところが,その後に学ぶことは専門になるほど,科学の分化に従って,多くの場合環境との直接のかかわりを失っていく,というのが最近までの科学者の姿であろう。そうである程,その専門の目を使って,再び環境に目を向けて研究に取り組めるのは,幸いなことであるに違いない。

 各専門分野はそれぞれ独自の環境を見る目を持っている。元素の化学種(おそらく言葉の意味本来の化学物質)を環境の諸過程の中でとらえ,その役割を明らかにするのが,環境を見る化学の目といえようか。その空間的,時間的分解能を向上させることが化学の目をみがくことになろう。微量でも環境にとって重要な物質の分布を,正しく把握することは,従来通り,化学の重要な役割である。それと同時に,環境の中に環境の変動に敏感な部分をとらえ,その中の物質像とその変化を明らかにする役割が,今後ますます重要になってくると思われる。

 化学の目で環境の何が見えてくるのか,以下は最近の経験である。ハロイサイトという,火山灰などの風化によって広く生成、分布する粘土鉱物がある。火山灰土壌の重要な構成物質で,土壌中の化学成分の動態にかかわるとともに,その分布が火山灰地の地滑りに関係しているとされる。よく知られたカオリナイトと同じカオリン粘土鉱物の仲間で,図のようにAl/Si比が1:1の層状構造を持っている。カオリナイトと違い,層間に水分子を保持でき(層間隔がひろがる),管状,球状,板状などいろいろな結晶形態(カオリナイトは常に板状)をとり,比較的高いFe含量を示すことがある。これらの特徴と化学組成の詳細との関連に興味を持ち,起源の異なるいくつかのハロイサイトの結晶を,粒子表面の10nm以下の薄い層の元素組成を分析するX線光電子分光法で調べてみた。表面層ではAl/Si比は平均組成の示す範囲よりも大きく変動し,そのAl濃度とFe濃度には負の直線関係がある。すなわち,八面体位のAl3+イオンはFe3+イオンによって置換されることを直接実証できた。また勾配から,この置換は1:1ではなく,Feが足りないことが分かった。つまり、AlとFeの置換は八面体位に欠陥をつくり,ハロイサイトの層単位に負電荷を与えるため,層間には交換性陽イオンが吸着される。この機構は,ハロイサイトがカオリナイトに比べ,交換によって保持できる金属イオンの容量が一般に高いという環境の観点からも重要な事実に,新しい解釈を与えるとともに、層間陽イオンの静電場によって層間水が保持される機構も可能にする。さらに,表面層と内部層の組成の違いは,結晶成長の場となっている表面では,接触している間隙水の化学組成などの条件によって層の化学組成も変化しうることを示している。組成の変化する層の積み重なり−それは粘土鉱物の層の組成という形での情報記録機能に新たな展望も与えてくれている。

 この研究は,たまたま重点基礎研究で招いたニュージーランドの研究者との論議から生まれたものである。近い者同士の方が、当然,出会いの頻度は高くなる。ただし,化学反応の教えるところによれば,通常,出会う双方がエネルギー的に十分活性化されている場合にのみ,新たな生成物を生み出せる。所内外において“活性化された”出会いが継続することを期待しよう。

(そうま みつゆき,化学環境部上席研究官)

図  カオリン粘土鉱物の層状構造