地理情報システム(GIS)による植生分布の解析−日本植生データベースの開発−
経常研究の紹介
恒川 篤史
地理情報システム(Geographic Information System ; GIS)とは、位置座標を伴う情報(地理情報)をコンピュータを用いて解析するシステムのことである。筆者は、日本の植生分布を解析するために独自の地理データベースの開発に取り組んでおり、これを「日本植生データベース」と呼んでいる。
従来、植生関連のディジタル地理情報としては、環境庁の作成した全国植生データや特定植物群落データがあった。しかし、これらはともに「群落」を単位としているので、たとえばスダジイの分布北限はどこか、あるいは暖かさの指数ではどのような範囲に分布するのか、というような「種」レベルの解析には不十分だった。
日本では標準地域メッシュコード体系に準拠して、国土数値情報やメッシュ気候値が整備されている。これらにより約1×1kmメッシュ単位で、地形、地質、土壌などの土地に関する自然的要因や、月別気温、降水量、積雪深などの気候的要因に関する情報を解析することができる。一方、ディジタル地理情報としては整備されていないが、植生調査資料としては既に膨大なデータが蓄積されており、これを利用すれば種レベルの詳細な解析が可能である。
そこで筆者はこのようなデータを「位置」の情報をもとに相互に連結し、データベース化することを考えた。「日本植生データベース」は以下のようなデータファイルにより構成されている。
(1)植生調査表データファイル
植生調査表の記載事項(調査地の場所、地形、土壌、方位、傾斜、各階層別優占種、出現種、被度・群度など)がすべて含まれている。現在のところ、環境庁の自然環境保全基礎調査の資料をディジタル化しているが、将来的には他の調査資料を含めたいと考えている。
(2)メッシュコードデータファイル
5万分の1の地形図の図幅名、地図中の位置(上下左右)、及び二次メッシュコード。
(3)自然環境データファイル
年平均気温、最寒月平均気温、最暖月平均気温、暖かさの指数、寒さの指数、年降水量、寒候期降水量、暖候期降水量、寒候期最大積雪深、植生分類、地形分類、地質分類、土壌分類、平均標高、最大起伏量などが含まれている。
ハードウェアとしては、現在のところパソコン(NEC PC-9801RA)を用いているが、CRTの解像度やメモリ空間の制約、計算速度などの点から、将来的にはワークステーション(Sun Sparc IPX)に移行したいと考えている。プログラムはC原語(Microsoft C)を用いている。
このシステムにより、以下のような解析が可能である。
(1)関心を持つ植物種の出現する植生調査表のピックアップ。
(2)分布図の作成、分布域の北限・南限の把握、住み分けの分析。
(3)分布を規定する環境要因の解析。
すなわち、その植物の分布が、温度要因によって規定されているのか、積雪深によって規定されているのか、あるいは暖かさの指数ではどのような範囲に分布するのか、といったことが解析できる。
参考までに、本システムを用いて作成したハマナスの分布図を写真に示した。この図からハマナスは北海道及び本州の東北地方、北陸地方及び関東地方南部の沿岸部に分布することが分かる。ただし、山陰地方や宮城県、福島県などでも分布が報告されているので、さらにデータ数を増やし、精度を高めていく必要があるだろう。