ごみ管理で浸水被害を食い止める
Interview研究者に聞く
東南アジアの都市では、気候変動の影響による大雨や台風の増加で洪水が発生し、浸水が頻繁に起こっています。浸水被害拡大の要因には、排水路に流れ込むごみがあげられており、ごみを適切に管理すれば、都市の排水や治水の機能を最大限に活用できます。そうすれば、被害の拡大は抑えられるのです。この考えをもとに資源循環・廃棄物研究センターの石垣智基さん、多島良さん、久保田利恵子さんはタイやベトナムの人々と調査や啓発活動を行っています。
資源循環・廃棄物研究センター(国際廃棄物管理技術研究室)
主任研究員
資源循環・廃棄物研究センター(循環型社会システム研究室)
主任研究員
資源循環・廃棄物研究センター(循環型社会システム研究室)
研究員
甚大化する浸水被害
Q:ご専門は何ですか。
石垣:環境工学です。ごみの処理・処分、廃水の浄化などの技術を開発し、都市のシステムに組み込むことを研究しています。
多島:公共政策学が専門で、環境をよりよくするためにはどんな制度を導入したらいいか、また導入したときにどんな効果があるかを研究しています。
久保田:経済学が専門です。どんな制度があれば人々が協力できるかを研究しています。
石垣:私たち3人は同じユニットに所属しており、それぞれの専門分野で調査や研究を分担しています。
Q:研究を始めたきっかけは何ですか。
石垣:2011年に東南アジアで大型の台風による大規模な洪水が起こったことです。タイの中央部を流れるチャオプラヤ川でも大洪水が起こり、流域にあるバンコクは大規模な浸水被害にあいました。そのとき、大量の水害ごみが発生し、街や排水路にあふれたことが問題になり、その処理について助言を求められたのです。これまでもたびたび洪水はありましたが、近年は都市化が進んで被害が甚大化しています。日系企業の工場が浸水するなど日本でもニュースになり、長期間の操業停止など産業にも影響しました。
Q:そんなにごみが多かったのですか。
石垣:ええ、どこかに集めて埋め立てればいい、ではすませられないほど、ごみの量は多かったですね。ごみを運ぶ道路も冠水し、処理施設も被害を受けたため、普段通りの処理ができませんでした。それで、東日本大震災での災害ごみの処理の経験を踏まえながら、できるだけ速やかに処理する方法や、リサイクルする方法などを現地の研究協力者や行政と考えました。
Q:それで研究プロジェクトが始まったのですね。
石垣:タイではスコールが降るだけで、道路の冠水や建物の浸水がおこります。バンコクのような大きな街で頻繁に都市型水害が起こる原因のひとつとして、ごみが排水路をふさいでいることが問題だ、と当時から言われていました。水害を防ぐために堤防や大きな放水路などのインフラをいくら増やしても、その施設をきちんと管理できなければ本来の能力が発揮できません。そこで、実際に水路に詰まっているのはどんなごみなのか、ごみによってどんな被害が出ているのかを、まず明らかにしようとタイのバンコクとベトナムのフエ、規模の違う2つの都市で調査することにしました。
Q:ごみ処理のシステムは整っていますか。
石垣:日本と同じようなごみを統合的に管理するシステムはまだありません。国によって程度が違いますが、ごみを集めて決められたところに運ぶというシステムはかなり普及しています。ごみを運んだ先でいろいろな問題が起こります。たとえば、フィリピンでは、運ばれたごみが積み上げられて、その山が崩れて人が亡くなる事故がありました。ごみの山の内部が発酵して高熱になり、発火して火災になることもあります。すすを大量に含む黒煙や悪臭、時には有害ガスが発生して広範囲の人々の健康に影響を及ぼします。直接の健康被害がなくても、集めたごみが、管理されずに環境中に飛散・流出すると、景観も悪くなり、野生動物への影響も懸念されます。水路への悪影響も考えられるようになりました。
ごみの実態を探る
Q:どのようにして水路のごみを調べたのですか。
石垣:排水路など数カ所で、時期を変えてごみの組成を何回か調べました。バンコクでは、ごみの量がかなり多かったので、まず重機ですくい上げ、ごみを均質化した上で種類ごとに分類して、その重さや体積を量りました。フエではごみの量自体は多くなかったのですが、調査地点によりごみの種類などに違いがあったので、精度を高めるために現地の人々といろいろな地点を回って作業しました。
Q:どんなごみが多かったのですか。
石垣:バンコクでは、生活ごみ由来のプラスチック、それに、大型の木材も多かったです。木材が多いのは、建設・解体工事で出た廃材を捨ててしまうためのようでした。水路沿いに住んでいる不法占拠者の古い家も壊れて流れてきます。水路の中のプラスチックはやがて海に流れていき、世界中で問題になっている海洋プラスチックごみになってしまいます。そこで、水路内のプラスチックごみから派生した研究も始まっています。一方、フエでは、植物の葉や枝のごみが多くありました。タイとは気候帯が違うので庭や街路の落葉樹から枯れ葉や枝が落ち、それが水路に入りこむためと考えられます。ベトナム人はきれい好きで、家のまわりを頻繁に掃除しますが、ごみは側溝に捨ててしまいます。側溝のごみが水路を詰まらせる原因になることを知らないため、無意識に捨てているのです。
Q:ごみの組成から浸水被害を調べたのですか。
石垣:水路でのごみの挙動をシミュレーションしました。水路で浮いているか、沈んでいるかでごみの挙動が異なるためです。それを数理モデルで示そうと比重などのごみの物性を踏まえて計算し、ごみが流れたときの詰まり方や、ごみが詰まったときの水の流れなどを予測できるようにしました。その結果、比重の軽いごみは柵で止まってもあまり水の流れには影響せず、ボトルのような形状のものは柵のところで回転し、水の流れを止めたり、柵の間をすり抜けたりすることや、木材くらいの比重になると水面より下で柵をふさいで流れを止めることなどがわかってきました。雨の量、水路の流れの速さ、ごみの種類によって、排水路の水位がどれくらい上がり、浸水リスクが高まるのかも予測できるようになりました。バンコクでは、水草が大量に増えて困ると言われましたが、水草は水の流れに影響しないことがわかったので、ごみの対策のみを考えることにしました。
水路のごみはどうして発生するのか
多島:水路のごみのことがわかってきたので、次は住民のどんな行為でごみが発生するのかを調査しました。
Q:どのように調査したのですか。
多島:まずはアンケート調査を行い、加えて、川の近くのコミュニティや川沿いに住んでいる人などを対象に、ごみがどうやって集められているのか、また住民がごみ集積所などの管理にどうやって関わるのかなど聞き取り調査をしました。
久保田:実際に調査してみると、コミュニティの構造はタイとベトナムでだいぶ違っていました。
多島:聞き取り調査では、同じことを聞いても人によって回答が違うこともあります。だから、一人の回答だけで分かったつもりにならないよう気を付けました。
久保田:自治体は毎日ごみを収集していると認識していても、住民からは週2日程度という答えがきます。立場によって、見ている現実が違うので住民と自治体両方から調べないといけなかったのです。
Q:どうしてそんなことが起こるんでしょうか。
久保田:ごみの収集頻度など収集サービスに関する情報やルールが自治体、収集員、住民の間で共有されていないことが考えられる原因の一つです。収集の状況やルールは場所やコミュニティによって違うので、いろんな回答が出てくるようです。
多島:それぞれの話は理解できても、全体ではつじつまが合わずおかしい。日本人の私たちにとって、行政サービスは公平に提供されている、という思い込みがありました。国や地域によって異なる水路沿いのごみ収集のしくみと実態について、全体像を理解するためには2年近く粘り強く調査することが必要でした。
Q:どんな実態がわかりましたか?
多島:自治体は、収集ボックスを道路わきなどのスペースに置きます。間口が40cm四方、高さが1mくらいの、少し大きめの容器です。住民は決められた日にそこに生活ごみを入れ、収集員が収集するのが基本の仕組みです。ところが、水路沿いの地域では少し違っています。大きな道路が整備されておらず、ごみ収集車が入れないので、収集ボックスは水路にせり出すように作られた集積所に置かれます。収集員は水路からボートで近づき、収集ボックスからごみを収集します。
石垣:ごみ収集用のボートがいっぱいになると、水路沿いのごみが回収されないこともあります。で、いっぱいの集積所からごみが水路に落ちてしまうのです。
Q:ごみは分別されているんですか。
久保田:公式にはされていません。ただ、ペットボトルなどは民間の古物業者が買い取るので、お金になるごみは分けていますね。
多島:収集のキャパシティは足りず、集積所の管理も行き届いていません。アンケート調査だけだとこのような実態はわからず、住民に聞いてわかったことです。
Q:調査は現地の人に手伝ってもらったのですか。
多島:現地の社会調査専門のコンサルタントに手伝ってもらいました。何回も通って、地元の信頼を得ないとなかなか実態はつかめませんでした。
久保田:タマサート大学の先生と学生にも手伝ってもらいました。先生と一緒に調査の具体的な方法を考え、学生にはコミュニティに通って、インタビューやごみ集積所の地図の作成をしてもらいました。
多島:タイの大学はコミュニティサービスや社会貢献が評価の対象になっています。この調査を通じて大学のコミュニティサービスの賞を受賞したそうです。
久保田:調査では、学生の住んでいるエリアではなく、不法居住者のいるコミュニティをあえて選びました。学生は、その状況に驚き、社会に違いがあることを認識する機会になりました。
住民の行動を促す
Q:水路のごみの発生原因がわかってきたのですね。
多島:はい。次の段階では、住民にはたくさんのごみがある理由を知って、対策を考えてもらわないといけません。いくらごみを捨てないようにと啓発したところで、簡単には生活は変わらないでしょう。そこでもう1歩踏み込んで、アクションリサーチを進めることにしました。研究というと、研究者が客観的に証拠を集めて分析し、一般的な理論を作っていくことがイメージされると思います。初めに行ったアンケート調査では、研究者は部外者として、1歩引いた立場から対象地域を眺めます。アクションリサーチは、そんな研究と違い、研究者が地域に関わる一員として科学的な方法・視点を提供して、問題の解決を目指す研究のアプローチです。教育学から出てきた考え方ですが、防災などいろいろな分野で活用されていて、私たちの研究でも参考にしました。
石垣:ごみの実態や住民の状況がわかってきました。解決には住民の協力が必要なのでアクションリサーチの段階にきたのです。ここまで10年位かかりました。
Q:研究の成果や手応えを感じましたか。
石垣:世の中を劇的に変えるのはもちろんそんなに簡単ではないですが。ただ私たちの調査結果を踏まえて、水路の清掃頻度やタイミングが見直されるようになりました。住民とのコミュニケーションにも手応えを感じています。ごみのポイ捨てが水路をつまらせ、水位が上がったときに被害を受けるのが自分たちであることを、水路沿いの住民に理解してもらえれば、暮らしの改善と都市全体の浸水被害リスクの軽減につながると思います。
Q:道半ばといったところでしょうか。
石垣:そうですね。アジアの自治体でも縦割り意識が強くて、異なるセクションでの情報共有が進んでいないですし、それこそ会議室の中の人と現場で汗をかいている人たちの間での問題認識のギャップは大きいものがあります。それに市民と自治体との間にも考え方にギャップがあることがわかりました。しがらみのない外部の私たちが間に入ることで、情報や問題意識を共有する横断的な場や、住民コミュニティと自治体の人たちを交えて会合する機会を設けることができました。
久保田:河川では上流と下流で言い分が異なり、例えば下流の人は上流の人がごみを捨てているというのですが、実際にはみんなが協力しないとごみは減らないのです。コミュニティ全体で啓発しないと効果につなげるのはむずかしいことを実感しました。
Q:ベトナムでの調査はどうでしたか。
久保田:社会主義国のベトナムでは、人民委員会という組織が大きな力を持っています。私たちは、委員会の許可が出る場所しか調査できません。調査の主旨を理解し、協力して頂けるまでの根回しも大変でしたが、結局、調査できた場所は比較的よく管理されているところになってしまうので、調査結果が一般的な状況とまでいえるかどうかはわかりませんね。
石垣:古くから水害を経験していたアジアの都市の中で、大都市のバンコクと、中小都市のフエでは、水害が起こった際の対処法は違います。都市機能の被害が国全体に及ぼす影響や、復旧のために割ける人員や予算も違います。まずは大都市と中小都市というくくりで情報を集めモデルケースを作ろうとしています。
多島:モデルケースができれば、規模に応じてそれを真似したい都市が現れると考えています。
久保田:正しくごみを捨ててもらえるように啓発の動画も作りました。現地の言葉で、わかりやすく説明した15秒くらいの動画です。YouTubeで公開しています。
Q:今後はどのように研究を進めたいですか。
多島:今回はまだ入り口に立っただけであり、引き続きいくつかのコミュニティと協働し、解決策を実施するところまでは到達したいです。また、コミュニティに私たちのような外部の者が入り、引き上げた後にどうなるのかが一番重要です。ですから、当面はバンコクやフエのフォローアップを続け、解決の道筋が描けるよう問題を整理したいです。時間がかかるので、じっくりと腰をすえて、住民の信頼を得ながら進めていこうと思います。
久保田:ミャンマーやカンボジア、ラオスなどタイの隣国でも同様の問題が起こっています。問題の原因は似ていると予測していますが、これらの国々ではデータが不足しているので、今回のタイやベトナムの研究をもとにして調査したいと思っています。
石垣:自分たちの地域のことを、自分たちで考え、行動に移すのが地方自治の究極の形です。またSDGs(持続可能な開発目標)の達成に向けた行動指針においても、将来の社会のあるべき形として示されています。私たちの取り組みを地道に続けていき、ローカルな問題やそこから派生するグローバルな課題の解決に貢献していきたいと考えています。