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2017年9月29日

アジア地域の森林を中心とした土壌呼吸の温暖化応答の把握

Summary

 1997年の京都議定書から2015年のパリ協定にいたる地球温暖化対策では、森林を中心とした陸域生態系における二酸化炭素吸収源の保全と強化の重要性が一貫して強調されています。しかしながら、地球温暖化に伴って、森林生態系が二酸化炭素の吸収源として機能し続けるのか、あるいは放出源に転換するのかについては不明な点が多く、将来予測には大きな不確実性が存在しています。また、モデルの長期予測を検証できる実測データは非常に限られており、特に日本を含むアジア地域における研究例は極めて少ないのが現状です。そこで、私たちは独自の手法を用いて、アジア地域の森林における土壌呼吸を中心に、観測研究を世界規模で展開しています。

温帯林および熱帯雨林における土壌呼吸のコントロール要因

 富士山の北麓には、樹齢70年前後のカラマツの広大な人工林が広がっています。私たちは、このカラマツ林の林床部の炭素収支に注目し、2006年の春に24基のチャンバーを設置し、10年以上にわたって土壌呼吸を観測してきました。その結果、このカラマツ林における年間ヘクタールあたりの土壌呼吸量は平均7.6トン(炭素換算)であり、そのうちの82%は微生物呼吸によるものでした。

 通常の年は、年間降水量が多いため乾燥しにくく、土壌水分(土壌の含水率)の変動が少ないことから、土壌水分は二酸化炭素フラックス(二酸化炭素の移動量。環境儀28号参照)の変動に与える影響が小さいことがわかりました。また、林床部の二酸化炭素収支における各プロセスの季節変動および経年変動に対して、土壌温度の影響が顕著でした。

 2013年から2015年までの観測の結果を図5Aに示します。2013年の夏は降水量が例外的に少なかったため、乾燥により一時的に林床部の呼吸量が減少し、林床部二酸化炭素フラックスに対する土壌水分の影響が大きくなりました。2014年から2015年にかけては、段階的に行われた間伐の影響で、林床部の呼吸と光合成が、それぞれ増加しました。これらの長期観測結果は、今後の気候変動や森林管理によって、森林炭素循環プロセスがどのように変動するのかを予測する上で、重要なデータになると期待されています。

 一方、熱帯林は、陸面積のわずか7%に過ぎませんが、年間約16億トンの炭素を固定する陸域最大の炭素吸収源です。しかし、温帯林や北方林に比べて、熱帯林の炭素循環に関する研究は進んでいません。そこで私たちは、2004年から、マレーシア半島中央部にあるパソ低地熱帯多雨林に16基のチャンバーを設置し、土壌呼吸の長期観測を行ってきました。この熱帯多雨林の年間土壌呼吸量は、ヘクタールあたり約38トン(炭素換算)で、温帯林(6~10トン)や北方林(4~8トン)の観測値に比べて多いことがわかっています。

 この観測地の地温の変動範囲は、年間を通して25±0.2度程度なので、温度は土壌呼吸の大きな変動因子にはなりませんが、乾季と雨季があるため、土壌水分は土壌呼吸に密接に関わっています。雨季には樹木の生長が活発になるため、土壌呼吸に対して根呼吸の影響が大きくなり、一方、乾季には樹木の生長が抑制されるため、微生物呼吸の影響が大きくなることがわかりました(図5B)。

図5A(クリックで拡大画像を表示)
図5A:富士北麓カラマツ林における地温と土壌含水率(上)、林床植生を含めた林床部の二酸化炭素フラックス(中)、土壌からの二酸化炭素排出速度(下)。
図5B(クリックで拡大画像を表示)
図5B:パソ低地熱帯多雨林における地温、土壌含水率および林床二酸化炭素フラックス(土壌呼吸、微生物呼吸、根呼吸)。
富士北麓でのチャンバー説明時の写真
図5C:富士北麓カラマツ林に見学に来た大学生(手前)と、観測研究に関して説明をする寺本宗正研究員(奥)
マレーシアでの現地住民による観測の様子
図5C:原住民たちの協力で行う、定期観測の様子

温暖化環境下で土壌呼吸はどう変化したのか

 環境省と林野庁が行った全国土壌調査によれば、日本の森林土壌における炭素含有率は、世界の森林に比べて約7割多くなっています。そのため、日本の森林における土壌呼吸の温暖化応答に関して、詳細な現状把握をし、将来予測を行う意義は大きいと考えられます。

 私たちは2006年より、日本の6つの代表的な森林生態系において、温暖化操作実験を行ってきました。その一例として、宮崎大学田野フィールドの、約60年生のコジイ林における観測結果を紹介します。このサイトでは2008年12月から15基のチャンバーを設置し、温暖化操作実験を行い、土壌有機物の分解が長期的にどのように変動するのかを検証してきました。その結果、2014年12月までの6年間の観測期間を通じて、温暖化が土壌微生物呼吸を増加させる傾向(温暖化効果)が確認されました。1度当たりの温暖化効果は、年別に見ると+7.1~+17.8 %の間で変動していました(図6)。この年別の温暖化効果と、夏季(7~9月)の降水量の間には正の相関が見られました。これまで私たちが、日本各地の森林で確認した結果と同様に、宮崎のコジイ林で確認された温暖化効果も、従来欧米で報告されてきた数値より大きいものでした。

 この結果から、土壌中に有機物を多く含み、かつ降水量が多く湿潤なアジアモンスーン地域では、温暖化によって従来予測されていたよりも多くの有機物が分解される可能性が示されました。

グラフ
図6 宮崎のコジイ林における微生物呼吸に対する年平均温暖化効果(上)、夏季の降水量と年平均温暖化効果の相関(下)

土壌呼吸の促進はさらなる温暖化を引き起こすか

 私たちが環境省の委託研究として行った、日本列島を網羅する85ヵ所の森林における調査結果によれば、微生物呼吸のQ10値(呼吸速度の温度依存性を表す指数であり、温度が10度上昇したときの呼吸速度の変化率を意味します)は2.5~3.0となりました。

 そしてこの結果に基づき、全球平均気温上昇を2度に安定するシナリオ(RCP2.6)に沿ってシミュレーションを行いました。仮に微生物呼吸のQ10値を世界全体で2.5に設定した場合、2100年の時点で、土壌呼吸によって全球で6,400億トン程度の炭素が大気中に放出されます。この土壌呼吸は、大気中の二酸化炭素濃度を140 ppm程度上昇させることになります。つまり、土壌呼吸によって、地球温暖化が一層促進されることが示唆されました(図7)。

地球規模の微生物呼吸速度と年のグラフ(クリックで拡大画像を表示)
図7 微生物呼吸を表現するQ<sub>10</sub>値を世界全体で2.5とした場合の、2度安定化の長期目標シナリオに沿った微生物呼吸の増加と、それによる大気中二酸化炭素濃度への影響