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2016年5月17日

新たな水環境基準(透明度、底層DO等)の導入に向けた動きとそれに対応したモニタリング・研究のあり方
~企画シンポジウム(2015年7月24日開催)の報告~

1. はじめに 企画シンポジウムの経緯

近々湖沼の水質基準の改定が予定されており、底泥直上の酸素環境や湖水の透明度といった新たな指標の導入が検討されています。しかしながら、底泥直上の定義、透明度の持つ意味など、実際に測定する場合に必要な情報が研究者や調査担当者間で共有さているとは言いがたいのが現状です。

国立環境研究所(国環研)では摩周湖等の湖沼において、透明度に関する長期モニタリングを実施すると共に、透明度と水質との関係に関する理論研究を行ってきました。また、底泥表層の底質の酸素消費量(SOD)や底泥間隙水の水質およびガス組成に関わる知見も近年集積されつつあり、多角的に底泥表層環境を解析することが可能になってきました。

そうした状況を踏まえて、湖沼、河川の水質関係にたずさわる研究者・担当者の皆様にご参集いただき、新たな水質基準の検討状況の報告、湖沼における透明度や底泥直上の溶存酸素のモニタリング実施例の紹介、透明度の決定機構や底泥での酸素消費に関わる研究成果の発表を行い、情報交換を行うことで、こうした水質環境に関する理解を深める場としてのシンポジウムを国立環境研究所で開催することとなりました。本シンポジウムの開催にあたって、滋賀県琵琶湖環境科学研究センターと茨城県霞ヶ浦環境科学センターの2機関が協賛くださいました。

各講演者の講演内容の詳細は講演要旨集(下記PDF参照)をご覧いただくとして、今回のシンポジウムを通して、国環研としても環境省と地方環境研究機関(地環研)および各種関連機関との情報共有の場を設定することができました。この貴重な経験を所として将来に生かすために、本シンポジウムの参加者構成の概要にはじまり、各講演に対してどういった質疑応答がなされたか、総合討論では何が重要と認識されたか、アンケート調査の結果からこうしたシンポジウム開催への評価と改善の可能性、といった内容を中心にご報告させて頂きます。

2. 企画シンポジウムの概要

今回のシンポジウムには総勢106名の参加が内外からあり、その内訳は地環研から34名(32.1%)、大学および大学院から9名(8.5%)、民間、財団・公益法人等から36名(34.0%)、国環研以外の研究機関から4名(3.8%)、国環研から23名(21.7%)となっていました。環境モニタリング等で現場に携わる方々にとって関心の高い水環境基準が主たる議題であっただけに、多方面の関係者からご参加いただけたかと思います。まず初めに国環研住理事長より、本シンポジウムには研究サイドの方のみならず環境コンサルタントをはじめとする民間関係者の参加が多かったことを評価したい旨のお話があり、国環研今井地域環境研究センター長より先述したような本シンポジウムの開催趣旨に関する説明がありました。その後、8講演が9名の演者により行われました。各講演の概要とそれに対する会場からの質疑およびそれに対する返答を講演順に追っていきます。

「新たな水質指標導入に向けた動き」 柳田 貴広(環境省 水・大気環境局水環境課)

○ 生活環境項目環境基準専門委員会において生活環境項目環境基準の追加等についての審議が行われてきた。本講演は平成27年7月7日に開催された第6回専門委員会資料に基づくものであり、現時点での案である。

○ 底層に生息する魚介類等の水生生物の個体群が維持できる場を保全・再生することを目的として、底層DOの設定が検討されている。また赤潮・青潮の発生リスク低減にも効果が期待される。底層DOは、貧酸素耐性の強弱及び生息/再生産段階に応じて類型化された基準を設定する。

○ 水生植物の生育が維持できる場を保全・再生することを目的として、透明度の設定が検討されている。また親水利用の観点からの保全に役立つことも期待される。透明度は環境基準として位置づけるよりも、むしろ、地域にとって望ましい目標値として設定する

Q1. 例えばDOの測定法などは決まっているのか?
A1. DOならJIS規格など、表層で適用されている手法を見本とする事を考えている。

Q2. 汽水湖など、永年無酸素な状況などの例も検討しているのか?
A2. 深い地点など水生生物の生息に適さないところは必ずしも類型指定を考える必要がないが、どうしても必要であると判断される場合には設定することになる。

Q3. 類型の当てはめはどのようにするのか?
A3. 国や県の告示で決定されるが、その検討に当たっては地元の関係者と議論することが重要。

「策定方針と課題」運用上の問題などの解説 福島 武彦(筑波大学)

○ 新規基準を実際に運用する段階で、どのような課題が生じるのか?について議論された。

○ 底層DOについては、特に適用除外についての議論があった。例えば、ダム湖など生物の生息を目指していないところはどうするのか?など。透明度については、特に親水利用の観点で基準を決めるのが難しく議論に時間がかかった。結果的には地域での合意に基づいて設定する事になった。

○ 底層DOの濃度予測については、SODなど新しい項目のデータ収集が重要。特に下層水温との関係性に留意しなくてはならない。透明度については、これまで濁度の上昇にChl.a濃度が影響していると考えられてきた。しかし、DOCやトリプトンなどその他にも影響を及ぼす因子がある事が分かってきた。

○ 従来の環境基準は排水基準との連動があった。つまり対策と繋がりを持たせやすかった。しかし今回はそうした連動を持たせることが難しい。今後は、ノンポイント汚染源対策等、様々な対策を組み合わせていかなくてはならない。環境省も法律を作るだけでなく、そうした対策での取り組みに努力する事が求められている。

Q1. DOは絶対値での設定か?飽和度での設定か?
A1. 絶対値での設定。なお設定する際に行われた魚類試験では、飽和DOが最も低い夏場の条件に合わせて実験が行われている。

Q2. 窒素やリンの基準を設定した際には、富栄養化問題への対策という意識があった。底層DOや透明度を設定するにあたり、どのようにそれを「管理」するのか?議論はされているのか?
A2. 窒素やリンは排水基準と連動している事もあり、管理もしやすい項目であるのは確かである。そのため排水基準の設定と言う形で環境省も対策をたてやすい。今回の基準を決めるにあたり、現在、何が一番問題かを考えて議論した。対策として直接浄化と言うものも考えられる。そうしたものも導入した上で達成できる理想的な水環境とは何なのか。湖の生き物にとって、窒素やリンが大事なのか、或いは溶存酸素の様な直接的な項目を維持できる環境が望ましいのか、そうした事を議論しているのが現状である。

Q3. 透明度については合意形成で設定するということになったようだが、それはなぜか?
A3. 私の理解として回答する。従来の類型では、ある基準を満足したらその水は飲用など各用途に利用できるものとして、決められていた。しかし、透明度はそうした設定が特に親水性では難しい。極端な話、透明度ゼロでも構わない地点があるかもしれない。だから、合意形成で設定すると言うことになった。

「琵琶湖における水質の課題と新たな水質指標について」 早川 和秀(滋賀県琵琶湖環境科学研究センター)

○ 今回のシンポジウムの主題は透明度と底層DOであるが、主催者側の了解も得て、琵琶湖で現在取り組んでいる、CODとTOCの話題についても紹介する。

○ 琵琶湖において透明度は北湖、南湖ともに近年上昇傾向にある。特に南湖では、水草の分布面積の増加と透明度の上昇が連動している。透明度が健全な水草環境の指標との考え方があるが、琵琶湖では水草の繁茂が問題になっており、必ずしもそうとはいえない。

○ 琵琶湖においては過去からの底層DOのデータの蓄積がある。しかし、ほとんどのデータが湖心であり、魚介類の生息域である沿岸帯でのデータの取得はこれから一から始めなければならない。

○ 南湖での水深別のDOのデータは1カ所のみであるが、水草の繁茂は湖底直上のDOを低下させる傾向にある。今後モニタリング、データの蓄積が必要。

○ 琵琶湖における問題として、陸域でのCOD負荷削減が進んでいるにもかかわらず、環境基準項目のCODが上昇し、改善しないことがある。流入負荷の易分解有機物の削減は進んでおり、難分解有機物も緩やかに削減されている現状で、通常の対策をしてもCODが減少しない見通しであり、水質の総合指標であるCOD 1 ppmを目指す先に、理想とする湖沼の姿は見えない。

○ 今後の環境行政は、生態系や水環境の利用も含めて考える必要がある。琵琶湖においてもマザーレイク21計画の第2期計画では、これまでの水質保全の考え方から、良好な水質を保ちつつ、多様で豊かな在来生物群集の維持へ変わってきており、生物の賑わいも求められる。

○ 生態系を把握するためには湖内の炭素循環を明らかにする必要があり、琵琶湖研究センターでは、湖内の生物生産量を見える化する方向で、TOC管理を提案している。

Q1. TOCの6割が他の生物に利用できないのは、自然の物質循環から考えて効率が悪く、違和感を感じるが。
A1. 湖内の有機物の中には粒子態が存在し良く循環していると考えられる、溶存態の炭素の循環はバクテリアにより代謝されているが、そもそもそんなに良く循環している系ではないと考えている。バクテリアの代謝が何らかの要因で悪くなっている可能性もある。

「霞ヶ浦における透明度及び底層DO濃度のモニタリングについて」 神谷 航一(茨城県霞ケ浦環境科学センター)

○ 霞ヶ浦において毎月1回、16地点で、モニタリング調査を実施している。底層の水質は、一辺25cmの枠型の2kgの重りを使用して、底層から50cmの深さの湖水をポンプで汲み上げて測定している。底層DOの測定はウインクラー法で実施している。

○ 霞ヶ浦では通常SSの6割がPOMであり、藻類が濁質の主体と考えられる。しかし、西浦に於ける白濁期にはPOMの比率は3割まで減少し、白濁時には透明度にTriptonが大きな影響を与えたと考えられ、霞ヶ浦の様な浅い湖ではTriptonについても注意を払う必要がある。

○ H22年以降は透明度の季節変動が大きくなり、透明度が3m近くなることもあった。その場合は、植物プランクトンが減少していた。
○ 霞ヶ浦では,水深が5mより深い地点で底層DOが減少しやすく,北浦釜谷沖の底層DOは西浦湖心に比べて低下しやすい。北浦釜谷沖の底層DO濃度が低下しやすい要因の一つは,水深が西浦湖心より1mほど深いためと考えられる。

○ H25年度の北浦釜谷沖において、月1回のモニタリングデータと同じ時期の(独)水資源機構の1時間毎のデータを比較すると,モニタリングデータでは底層DOの低下が確認されないが,1時間データではDOゼロになっていることが確認される。また,モニタリングデータでは,底層DOが低下しない時期でもリン濃度が上昇していることがあり,月1回の調査では,底層DOを正確に観測できていないことが考えられる。

Q1.底泥直上50cmでの観測とのことですが、霞ヶ浦の底質のような軟泥の場合2kgの重りは潜り込んでいる可能性があるのでは?採水位置について検討はされたか?
A1. 確認はとれていない。ただ,ポンプの先端に付けた重りが着底した後,採水ホースを少し引っ張ってから採取しているので、おおむね50cmと推測している。

Q2.底泥中の酸化還元電位は観測しているか?
A2. 今年度から実施予定で、残念ながらまだデータはない。

「宍道湖における透明度・底層DOの実態」 神谷 宏(島根県保健環境科学研究所)

○ 宍道湖は,連結汽水湖としては日本最大の湖であり,大橋川によって,中海と連結しており,潮汐によって中海から宍道湖への海水流入が変動する湖である。

○ 宍道湖では,アオコの発生が観測され、一ヶ月前の水温と塩分,二ヶ月前の塩分で予測できるようになった。底泥から1m位までのところまで,塩水が流入し,そこで溶存酸素濃度が1 mg L-1以下になる。塩水の流入によって,十分に成層強度がある場合は,底層は無酸素になる。

○ 特に塩分成層が底層溶存酸素に密接に関係しており,成層が形成され,堆積物による酸素消費量が多いときに底層DOが低下する。その際発生する青潮や,硫化水素によりシジミをはじめとする底生生物への問題が深刻である。

Q1. 塩水楔が流入したときに,どの程度の水深で底層DOを計測するのがよいか。
A1. 宍道湖では,現在環境省によって設定されている測定水深である,底泥から約1m程度のところでも,酸素が無くなる可能性がある.そのため,汽水湖における底層DOの測定水深や測定地点の設定を考える必要がある。

「諏訪湖における透明度と底層溶存酸素の変遷」 宮原 裕一(信州大学)

○ 諏訪湖では,100年ほど前に観測を行った事例もあり,長年の観測の蓄積がある。かつては夏に透明度が減少し,50cmにも満たなくなっており,アオコがその要因であった。
○ 最近では夏に透明度の上昇が見られ、70年ほど前の観測結果とほぼ同じ傾向を示している。終末処理場由来の窒素・リンをバイパスし,下流の水門直上から諏訪湖に入れることなく排出することが,栄養塩減少・アオコ発生に寄与している。
○ 水温成層の要因として,低水温の河川水による潜り込みが重要であり、実際,低水温の河川水の流入量が多量だった場合,強い水温成層が形成された。成層時には貧酸素(< 3 mg L-1)の厚みが厚くなった。また、ヒシが繁茂することにより,葉の下の溶存酸素がなくなる事案が報告された。
○ 諏訪湖では、夏に水温成層が形成されることで、表層付近の透明度は上昇するが、底層に貧酸素・高栄養塩層が形成される。

Q1. 諏訪湖では底層DOと透明度のどちらも良くなる季節があるわけではなく、どちらか一方が良くなれば他方が悪くなる関係がある。そうした点について,どのように対策をしたらよいのか?
A1. 今後現場の管理者が,水域によって異なる,どの課題・問題点についてターゲットを絞るかを,考える必要がある。

「高い透明度の形成機構 —摩周湖を例として—」 田中 敦(国立環境研究所)

○ 富栄養化が進んだ透明度の低い湖とクロロフィル量(生産量)やSSとの関連は既に指摘されているが, 15m以上の高い透明度の維持機構について摩周湖での研究事例を取り上げる。

○ そうした高い透明度の湖沼では、魚類生産を維持するための窒素やリンの投入や火山灰の降灰や酸性水の流入といったはっきりした原因により透明度が低下もしくは上昇することがある。

○ 日本一の透明度を誇る摩周湖では上記のような原因によるわけではなく、外来魚の導入によるプランクトン相の変化(小型化)によるものと推定された。プランクトンの小型化は,水中光の吸収及び散乱に効果的に寄与し,同じバイオマスでも透明度の低下につながやすい。

Q1. 透明度のチャンピオンデータは摩周湖やクレーターレイクの40m越えのものとなっているが、純水の反射率の測定から求めたa, b, 消散係数c, 減衰係数Kdといった吸収や散乱の係数を元に透明度の最大値は35mぐらいと考えられたが、その差は何を意味しているのか?透明度板の大きさや観測者の認識力の違いなどもあるのだろうか。摩周湖の散乱係数は純水のものとどれほど違っていたのか。
A1. バックグランドの反射によるものとの輝度の差(+10 or 20%)で透明度板が見えるとすれば、純水の場合だと70m越えの透明度になる。輝度の差を何%で認識とするかでもこの数値は違ってくる。摩周湖のCDOM(有色DOM)の吸収係数に関しても検討はしているが、その結果から摩周湖の透明度を算出し、実測値との違いを議論できるまでには至っていない。

Q2. 同じ量だと小さい粒子の方が水中光の吸収及び散乱に効果的に寄与するのはなぜか?一般的には透明度が高い湖沼の方が小さいプランクトンが多いので、むしろ逆のような印象をもっていたがどうなのか。
A2. プランクトン量もしくはクロロフィル量の全量が同じであれば、小さいプランクトンがたくさんいる方が水中光の吸収及び散乱に効果的に寄与することは理論上まちがいない。

「底泥表層の酸素消費速度と物理構造の解析」 霜鳥 孝一・高津 文人(国立環境研究所)

○ 新たな環境基準である底層DOに大きな影響を与えるSOD(sediment oxygen demand)の測定技術とその変動要因である底泥内部構造の解析法を紹介。

○ 既存のSODの測定法は容易なものが少なく、データ蓄積の妨げとなっている。そのため、SOD簡易手法を開発しデータ採取を試みた。結果、既存手法のスケールダウンに成功しSODの現場測定の可能性も示された。また、SODには、底生生物による底泥内部構造の変化が寄与している可能性が示唆された。

○ 底泥コアをMRIによって観察し、ユスリカのような大型底生生物の巣穴の3次元構造を非破壊で観察することに世界で初めて成功した。巣穴に底泥直上水が取り込まれることで、底泥間隙水との交換が促進されていることが強く示唆された。

○ SODの新規簡易測定法と底泥コア内部構造のMRI測定の組み合わせによって、底層DOの支配要因の一つであるSODの予測に大きな進展が見込まれる。

Q1. 底生動物 特にユスリカなどの巣穴構造や巣穴構造に影響を与える環境因子について過去に研究例があるのでレビューされてはどうか。底生動物の有無による影響というよりも、底生動物が巣穴を作ることで付随して増加するバクテリアの影響評価を検討されたらどうか?
A1. ご意見は参考にさせて頂きます。

Q2. SODの測定時、DOが二次関数的に減少した例があったが、貧酸素の場合はどの様なDOの減少が生じるのか?
A2. SODによるDOの減少には複数の要因が関与している。状況に応じて変化すると考えられるが、現時点では明確には答えられない。

Q3. 新規手法では他の手法(従来法)に比べDOの減少が初期に速い場合があったが、実際の湖の値として参照する場合、新規手法と従来法どちら選ぶのか?
A3. 新規手法は、湖のSODのベースの値が得られていると考えている。今後、様々な湖の測定例を得ることで新規手法の妥当性を検証したい。

総合討論  司会進行 今井 章雄(国立環境研究所)

○ 本シンポジウムでは、1)新たに導入される可能性のある水質指標について、2)それに関する研究の知見は充分なのか、3)それに関する情報及び人的ネットワークは今後どうするか、4)それに関する情報共有の方法、の議論を喚起したいと考えている。

○ アンケートの結果も踏まえ、今後国立環境研究所がこうした議論の場を提供し、情報共有の促進に貢献していきたいと思う。

Q1. 新たに導入される水質指標の決定に向けて整備すべきこととは何か
A1. 底層DOの水質基準策定に関しては底生生物の特性を考慮していく。透明度に関してはそこに暮らす人々の水の使い方に水辺環境とのかかわり方を元に決める。こうした決定プロセスは「地域のことは地域が決める」が根底にあり、大切なことであるが、課題も多い。ある魚種にとって好適な底層DOを知りたいとしても、それに関する知見が少なすぎる問題がある。地域ごと保全すべき魚種が変わるのであれば、多様な魚種の好適な底層DO等に関する知見の集積が必要であるが、それは充分ではない。法整備の前にもっと研究者がこうした知見集積を行っていかなければならない。同様に透明度についても地域の方々が最適な透明度をきめるにはまだまだ充分な環境情報が集積されたとは言い難い。地域の住民の皆さんにもそうした情報の扱いや知見に慣れてもらうことも必要。また、底層DOひとつとっても、底泥環境を正確に把握するためには、高度な測定・撮影機器が必要になったりもするが、そうした機器が地環研等に行きわたっている訳ではない。地環研の中でも自治体の人的・資金的援助を充分に受けてきた機関とそうでない機関があることも事実だし、すぐ整備できるものでもない。国環研の霜鳥や高津がおこなってきた底泥環境に関する研究はこうした地環研でも適用可能な新しい簡便な手法開発と位置付けることもでき、こうした努力が今後も必要。産・学・官の連携をスムーズに行うには今後、1)「学」による技術開発、2)その情報の公開、3)新たな水質基準策定に向けた議論の場の創出、が重要になってくる。

Q2. 透明度と同時に透視度という良く似た指標もあるが、これらを併用することで、より身近な指標となるのではないか。こうした良く似た指標群を取り込んだ水質基準のありかたを議論できないか。
A2. 透視度については、地域の状況に応じて、透明度と合わせて使用していくこともあり得る。ただ、透視度は測定手法の特性から言って、1mまでの値しか出ず、それ以上に澄んだ湖沼では扱いにくい。

Q3. 水質指標として透明度が重要視されているが、濁度ではダメなのでしょうか。民間の分析会社としては、船上からしか測定できない透明度の測定はできれば避けてもらえるとありがたいのだが。ポータブル濁度計の精度も高いので、濁度も透明度の代替指標のような形で入れられないか。
A3. 濁度が高ければ透明度が悪くなるということであるが、濁度についてはすでに似たような指標のSSが水質基準に入れられている。ただ、今回それに加えて透明度を検討している背景としては、透明度の方が直観的に分かりやすい指標であることが大きい。一般の方々が「水がきれい」という時には、濁度ではなくて透明度の方が相性の良い水質指標と考えられる。

Q4. 底層DOに関しては、施行されて実際にある地点で測定する段階はまだまだ先と考えるが、今回の話からも、測定の仕方によって大きく変動しやすい指標になるのではないかと思う。ですので、汽水湖や深い湖等、サンプリング湖沼に則した標準測定手法の整備を環境省にお願いしたい。
A4. 測定手法の整備については混乱を引き起こすことのないように、ご指摘を踏まえて湖沼の類型指定の方法と合わせて今後検討していきたい。

Q5. 底層DOの測定頻度に関して。時間分解能を上げれば、貧酸素水塊の動きも含め底層DOが複雑な複数のプロセスにより支配されていることが分かる。たとえば月一回の底層DOのデータで充分モニタリングできていると言えるのか。
A5. 海洋環境では24時間の平均DOを一年間で比較し、一番低い一日のDOの値を使ってその水域評価を行っている。ただし、底層DOの基準をとれだけ満たしているかの評価については、一日だけ特にDOの低い日があった場合、どうするかなど実際の運営に関しては、今後検討していく。底層DOの連続自動モニタリングが今後一般的に普及した際には、そうしたデータを活用することで、より実際の湖沼の状況に則した底層DO基準の策定が可能となることは間違いない。

Q6. 情報共有のためのデータ公開の仕組みについて何か良いアイデアはないか。
A6. 全球地球観測システム(GEOSS-ジオス)のように、すべての観測データをインタネット上に公開して、興味あるだれでもがそのデータを使って解析できる仕組みが地球環境の研究を進める上で重要。水環境の研究を進める上でもこうした考え方は大いに参考になる。陸水学会や水環境学会といった関連学会はその結成経緯も違い、お互い密に情報交換できている訳ではないことから、ジオスのような全く新しい情報交換の場をネット上に構築することも必要ではないか。ただ、国際的に開かれたサイトにすべきで、すでにある国際的な仕組みに入り、連携していくのが良いのではないかと考えている。

コメント1. 湖沼ごと残していきたい魚が生息できるように基準となる底層DOを設定していくのであれば、それを守ることで、減っていた魚種が戻ってくるもしくは維持されるという結果を残さなければ説得力がない。その意味でこうしたシンポジウムの開催は必要だろうし、またわれわれ水質に携わる者に課せられた命題の様にも思う。
コメント2. 今回のシンポジウムで議論の種がまかれたとは思うが、それぞれ充分に議論できたとは言い難い。今後定期的にこうしたシンポジウムを開催し、それぞれの話題についての議論を深めていくべき。
コメント3. 観測する人の努力は有限であり、あまりに大変な観測項目はいかに優れていても知見の集積につながらない。自動分析など有効な観測網の構築と自動化の技術開発が伴って初めて、水質モニタリングおよび水環境管理が軌道にのる。

3.アンケート調査の結果概要

アンケートの回収率は60.4%で64名の皆さまからご回答頂きました。その内訳は地環研の15名(23.4%)、大学および大学院から6名(9.4%)、環境コンサルタント・財団・共益法人等から22名(34.4%)、不明・その他合わせて21名(32.8%)となっていました。実際の参加者構成と比較してみると地環研の方々からのアンケート調査結果への反映が若干弱くなってはいますが、今回のシンポジウムの参加者の皆様のお考えを汲みとる貴重な機会と考え、以下にその結果概要を記載させて頂きます。
シンポジウムに参加されての印象ですが、ほぼ3分の2の65.5%の方が「とても良かった」と感じてくださり、残りの34.4%の方が「良かった」との印象を残していただけました。
4項目目の「共同研究等を通して地環研と国環研が今後研究推進や情報共有を実施したい研究テーマや情報」に関しては、以下のような興味深いご意見を頂きました。多岐にわたりましたので、大まかに分類してあります。

【共有する研究テーマや情報を考える際の前提となる状況づくり等について】
•    環境基準が生態系の保全へとシフトしていく時機にきており、そうした流れにそったシンポジウム開催を期待する
•    地環研はその存在自体、法的裏付けがなく今後の存在自体も危惧されるので、具体的に取り組むべきテーマ設定を望む
•    下水道サイドも経費の関係から、環境への配慮を充分に考えることが困難になっている
•    今回のシンポジウムのように人が集まって話しをする機会作りに力をいれてほしい
•    地方によっては研究に対する予算措置が厳しい現実があるので、先進的な研究テーマについて情報発信をして欲しい
•    地方にしかできないテーマについてネットワークを構築する場を設けていただきたい
•    地環研の仕事の幅は広くなっております。その一方で技術を持った職員が減ってきており、技術の低下や人員不足が恒常化している。

【具体的に推進もしくは共有したい研究テーマや情報について】
•    底層DOの変動要因を解析する手法
•    底層DOの改善方法についての研究
•    底層DO濃度および湖水の鉛直循環に関する情報集積
•    停滞性水域を主眼とした貧酸素に係るテーマ
•    地域特有の生物の貧酸素耐性データ作成
•    温暖化による表層水温の変動とその影響

•    N,Pの低減以外の藻類増殖抑制法
•    浄化技術・装置の開発
•    下水処理水の放水と環境と両方がよく成り立つための解決策について
•    生態影響評価による河川や排水管理のあり方
•    生態系保全、生態系サービスの維持に向けた取組
•    外来水生植物の駆除に向けた方策

•    CODの環境基準見直しに向けた取組検討
•    対策方法や発生条件、対策の効果の情報を集めて類型化・タイプ分けして一般の人でも分かりやすいフローチャートを作成してほしい
•    環境基準の新しい測定が増加した場合の「測定技術の向上、確立」の研究およびそのフィードバック方法について
•    より簡易なモニタリング方法の開発
上記の結果から、地環研の置かれた現状は設備・予算・人的資源において十分とは言えない状況も多々あるように推察されるが、環境基準が生態系の保全へとシフトしていく中で、湖沼・河川環境モニタリングの価値ある測定項目・測定方法・解析および考察手法に関する共同研究・情報共有を国環研と望んでいる現状が浮かび上がっているかと思われました。
5項目目の「国立環境研究所に対して期待する研究及び情報発信、学術貢献や政策貢献」につきましても、以下のような興味深いご意見を頂きました。

【全般に対する、もしくは前提となる考え方について】
•    国環研が中心となり学会の枠組みを超えた「ネットワーク」を何か良いものとして創る
•    今回のような基準や法規制に関わるものや新たな調査手法を見つけたときの情報が知りたい。
•    まだ議論がぶれていると感じました。環境基準の使い方を「分かりやすい」を軸に考え直して、役に立つ基準作りに貢献してほしい
•    何度かシンポジウムを開催し議論を深め具体的な対策手法の提供を行ってほしい
•    今回のシンポジウムのような多岐にわたる最新の動向に関する情報共有
•    行政の考え方と実務を結びつけるような(ギャップを小さくするような)テーマを扱ったシンポジウム等の開催

【今回の議題に関連した内容について】
•    底層DOや透明度に関するメカニズムや測定技術の研究を今後も進めてほしい
•    当社が蓄積した隅田川の濁度、DO、塩分、水温の10分おき2年間の連続測定データとそれをもとにした知見を関係機関と共有したい
•    底部境界域の微小生物を含む物質等の挙動(底部表面からのまい上り(rising)現象を含む)

【今回の議題とは異なる内容に関して】
•    高人口密度域に隣接した沿岸の保全(先進国及び開発国も含む)
•    シミュレーション、解析モデルの精度向上に資する様々なデータや情報のデータベースの構築を希望したい。
•    情報公開と水質浄化等民間企業向けの研修の開催
•    リモートセンシング技術を活用した測定技術の開発
•    環境GISなどを活用し、各湖沼の測定データベースを整備し、オープンにすることで教育現場や民間企業での利用を促進してほしい
•    湖沼では富栄養化しているのに、海(瀬戸内海など)では逆に栄養塩が足りないと聞いています。湖沼→河(川)→海で循環を考えた時、湖沼で栄養塩回収などの対策はせず、流した方がよいなど、流域管理の視点を入れて欲しい。
今回のようなシンポジウム開催を今後も行ってほしいとのご意見を多くの方々から頂くと同時に、多様な期待、1)信頼できる最新のデータベースへアクセスしやすい環境づくり、2)産学官を結び付ける情報ハブとしての役割、3)未解明で重要な環境課題への取り組み、4)新しいモニタリング手法の開発や新しい水質基準の考え方に合った既存のモニタリング手法の適応方法の模索、が国環研に寄せられていると感じました。

4.おわりに

今回のシンポジウムでは新しく導入が予定されている水質基準に関連するものに話題を絞ることで、行政サイドの話に始まり、実際の湖沼での関連水質の挙動に関する話、さらに挙動を支配するプロセスに関する研究紹介へと、つながりよくご紹介できたと考えております。一方で、地域との合意形成が必要となる透明度の基準設定プロセスや挙動が複雑なメカニズムによって支配されている底層DOの評価手法など、今後詳細に詰めていかねばならない課題も残されていることが明らかになってきたと考えています。国環研としましては、今後も地環研・大学・公的研究機関の方々と協力しながら、こうした課題に取り組んでいくとともに、その成果を各種会合やホームページ等を通じて民間や一般社会の方々と広く情報共有できるよう努めてまいりたいと思います。

地域環境研究センター 湖沼・河川環境研究室
主任研究員 高津 文人、冨岡 典子、小松 一弘、篠原 隆一
センター長 今井 章雄

会場の様子
総勢106名の方にご参加いただきました。
コーヒーブレイクの様子
関係者間で有意義な意見交換が行われました。