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2018年3月30日

私たちをとりまく大気汚染問題をスモッグチャンバーで探る

Summary

 わが国の大気汚染問題は、国内の問題から越境汚染を含む複合的な問題に変化してきました。さらに、単純な問題解決から大気質の維持管理や影響評価へと研究目的が移行しています。ここでは、最近の研究例として、まだ測定で捕らえきれていないオキシダントの原因物質(以下、「未把握な物質」)を探る研究、二次有機エアロゾルの揮発性の研究、およびアミンの大気化学に関する研究を紹介します。

まだ知られていないオキシダントの原因物質はあるか

 光化学オキシダントの全国年平均濃度は、1970年の大気汚染防止法改正によって減少したのち、1990年ころから増加に転じたことが問題となっています(『環境儀』33号参照)。他方、オキシダントの原因物質であるVOCおよび窒素酸化物の大気中の濃度は1970年から現在まで年々減少しています。原因物質が減少しているのにオキシダントが増加している理由として、(1)オキシダントの越境輸送の影響や(2)窒素酸化物の規制による反応スキームの変化のほか、私たちと京都大学のグループは、(3)原因物質として未把握のVOCの大気中濃度が増加しているという仮説を立てています。

 京都大学のグループは、大気の反応性を評価する装置を開発しました。この反応性測定装置では、人工的に発生したOHラジカルに実大気のサンプルを加え、OHラジカル濃度の減少速度を評価します(図4a)。この反応性測定装置を使って実際の大気の反応性を評価したところ、同時に測定した既知反応性物質の濃度から予想される反応性よりも大きく、大気中に把握できていない反応性物質があることが分かりました。さらに、季節ごとの観測から、未把握な物質は夏に増加することが明らかになりました。この未把握な物質は、生物由来の有機物か夏場の光化学反応による二次生成物だと予想されます。

 そこで、光化学反応による二次生成物の反応性を、スモッグチャンバーと反応性測定装置を組み合わせて評価しました。二次生成物の前駆物質として、プロペン、イソプレン、芳香族炭化水素類、およびテルペン類を用いました。実験の結果、芳香族炭化水素の二次生成物が重要な未把握物質であることを明らかにしました(図4b)。また、実験結果は、環境省の光化学オキシダント調査検討会での検討資料を提供している日本環境衛生センター アジア大気汚染研究センターの領域モデルに反映され、モデルで行われたオキシダント生成への影響評価を通して、行政の施策に役立てられています。

評価結果の図(クリックすると拡大表示されます)
図4 レーザー装置による未把握な反応性の評価結果
(a)スモッグチャンバー内の空気をOHラジカルの反応性測定装置(写真手前のレーザー装置)に試料採取し、二次生成物の反応性を評価しました。(b)二次生成物の反応性のうち未把握なものの割合を表しています。芳香族炭化水素類の二次生成物の反応性のうち未把握な割合は、プロペンやイソプレンよりも高いことを明らかにしました。(c)芳香族炭化水素類は、二次生成物として、グリオキサール、メチルグリオキサール、および不飽和酸化物などを生成します。本研究により、主に不飽和酸化物が未把握な反応性物質であることを明らかにしました。

PM2.5モデルで使われている二次有機エアロゾルの揮発性は正しいか

 2013年1~2月に在中国アメリカ大使館が中国国内のPM2.5濃度が極めて高濃度にあることを公表しました。これを契機に、日本国内でもPM2.5への危機意識が高まり、各都道府県がPM2.5の注意喚起を行うことが決まりました。現在はPM2.5モデルの予測精度が低いため経験則に基づいて注意喚起を行っていますが、将来的には、モデル予測に基づいて注意喚起を行うことが望まれています。現時点で用いられているPM2.5予測のための数値モデルでは、PM2.5の主要成分のうち二次有機エアロゾルの予測精度が特に低いため、国立環境研究所では有機エアロゾルモデルの改良を行っています(『環境儀』64号参照)。

 二次有機エアロゾルの生成では、気液平衡を決定する二次生成物の揮発性が重要な変数となります(コラム4)。実際には様々な二次生成物が混在するので、生成物の揮発性も分布を持って存在します。現在、モデルに使われている揮発性分布は、スモッグチャンバーを用いて測定した二次有機エアロゾルの生成収率を解析することにより間接的に推定しています。解析に用いるモデル関数では、粒子表面や粒子内で起こる不均一反応は無視できるものと仮定しています。

 そこで、より直接的な粒子揮発性の測定として、加熱法、希釈法、および化学分析法による測定を行い、結果を相互に比較しました(図5)。モデルに採用されている分布では、10-1μg/m3以下の低揮発性物質の存在比は全てゼロとなっています。本研究の直接測定の結果にはそれぞれ固有の誤差があるものの、いずれの測定結果にも飽和濃度が10-1μg/m3以下であるような低揮揮発性の生成物が存在すると分かりました。化学分析の結果から、本研究で見つかった低揮発性の物質は酸化有機物の重合体と同定されました。重合体生成の反応を組み込んだ大気化学輸送モデルで計算した有機エアロゾル濃度と、国内各地における有機エアロゾルの観測結果を比較したところ、重合体生成の反応を組み込むことで予測の精度の改善が見られました。

アミン類の大気中での化学変化を評価する

 化学吸収法を用いた二酸化炭素(CO2)の分離・回収と貯蔵(CCS)技術で利用される化学吸収液の候補物質の一つとして、有機アミンがあります。今後、火力発電所から放出される排気ガス中のCO2回収のように、開放系でのCCS技術の利用が進む場合、化学吸収液として使用する有機アミンやその劣化生成物の大気への放散による環境負荷・環境影響を評価する必要があります。そのためには有機アミン類は大気中にどの程度の時間滞留し、またどんな化学反応によってどんな物質に変換されるかについての基礎データの取得が不可欠です。

 私たちは、基本的な有機アミンであるアルキルアミンを対象に、消失反応速度を測定しました。通常の炭化水素類と同じように、大気の掃除屋であるOHラジカルとの反応が有機アミンの主要な消失反応であることを示しました。OHラジカル反応を調べる中で、アルキルアミンは亜硝酸(HONO)とはあまり反応しませんが、一方で硝酸(HNO3)とは反応が進行することを見いだしました。酸塩基反応としてエアロゾルの生成への寄与も今後検討する必要があります。また、OHラジカルと並んで大気中で重要な酸化開始剤の一つであるオゾンとの反応についても調べ、アルキルアミンは分子内にC=Cの二重結合が存在していないにもかかわらず、オゾンと適度に反応することを見いだしました。特に、3級アミン類についてはオゾンとの反応はOHラジカル反応などと競合し得る反応速度係数を有することを見出し、環境リスク・健康研究センターとの共同研究によって、量子化学計算を活用して3級アミンがオゾンと比較的効率よく反応する理由も明らかにしました。

 2級のアルキルアミンの場合、OHラジカルとの反応から生成する活性種(アミノラジカル)は大気の主成分の一つである酸素分子との反応が遅いため、大気中に存在する微量の窒素酸化物(NOx:NO、NO2)との反応によって、ニトロソアミンやニトロアミンに変換されることを見いだしました。ニトロソアミンは発がん性の疑いのある物質で、アミノラジカルとNOxの反応データは、ニトロソアミンなどの存在量推定の際の基礎データとして利用されます。

データの比較の図(クリックすると拡大表示されます)
図5 3種類の手法で評価した二次有機エアロゾルの揮発性分布と既存モデルで使用されているデータの比較
(a)α-ピネンおよび(b)1,3,5-トリメチルベンゼンを前駆物質として生成した二次有機エアロゾルの揮発性分布を、加熱法、化学分析法、および希釈法で測定し、既存モデルで採用している揮発性分布と比較しました。本研究の結果から、モデルの分布にはない低揮発性成分が存在することが明らかになりました。(c)α-ピネン(森林由来のVOC)を例とした二次有機エアロゾルの生成機構を示しています。既存のモデルでは、VOCの酸化で生成する酸化物が凝縮して粒子を生成すると仮定しています。本研究の結果から、粒子内で酸化物同士が重合し低揮発性の重合体が生成すると考えられます。

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