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2014年9月30日

PM2.5等による大気汚染の健康影響を調べる
~国民の健康を守るために環境疫学が活躍する~

Summary

 環境疫学が活躍してきた分野のひとつに、大気汚染の健康影響に関する研究があります。近年、PM2.5の健康影響に関する関心が高まっていますが、PM2.5だけではなく、光化学オキシダントや窒素酸化物などさまざまな大気汚染物質があり、それらの健康影響については、人間集団における大気汚染物質への曝露量と疾患の発症や健康状態の変化などとの関係を疫学研究によって調べることで明らかにされてきました。

健康影響を調べる二つの研究方法

 大気汚染物質の健康影響を調べるためには、疫学研究と実験研究という二つの研究方法があります。国立環境研究所ではディーゼル排ガスの吸入曝露実験など、大気汚染物質の健康影響に関する実験研究を行って大きな成果を挙げてきました。疫学研究についても、環境省などが計画した疫学研究の調査デザインの設計・実施・解析を担当するとともに、主体的な疫学研究も実施してきました。

PM2.5 環境基準設定の経緯

 環境省は米国におけるPM2.5環境基準設定などの状況を見て、日本での調査研究の必要性を判断して、1999年度から8年間にわたる微小粒子状物質曝露影響調査を実施しました。この調査は曝露評価、毒性学、疫学の三分野からなっており、国立環境研究所のメンバーは各分野で活躍しました。その中の疫学では、調査立案やデータ解析にあたって、大学などの研究者とともに重要な役割を担いました。この調査は全国20地域で日死亡、特定地域での毎日の急病患者数、ぜん息児や小学生における呼吸機能とPM2.5の日平均濃度の関連性解析などの短期的な大気汚染物質への曝露による影響に関する検討、全国7地域における小児とその保護者の呼吸器症状とPM2.5への長期的な曝露との関連性に関する検討など、多岐にわたるものです。

 PM2.5の環境基準の設定にあたっては、まず世界中の疫学知見を収集してそれらを評価するとともに、環境省が実施した日本における疫学研究の結果をはじめとする国内の知見に関する評価を行いました。その結果、さまざまな不確実性はあるものの、総合的に評価すると、PM2.5が人々の健康に一定の影響を与えていると判断して、環境基準設定が必要であるということになりました。そこで、まず具体的にどのような手順で環境基準値を決めるかという考え方を整理して、信頼できる疫学知見の選び方や環境基準値の目安を疫学的知見からどのようにして導くべきかなどが検討されました。この検討の中で、環境疫学に基づく判断が重要な役割を果たしたと考えています。

PM2.5 に関する疫学知見のとりまとめ

 PM2.5の環境基準設定のさまざまな準備を経て、2008年に中央環境審議会大気環境部会微小粒子状物質環境基準専門委員会が設置され、具体的な検討がすすめられました。

 大気汚染物質の健康影響には、曝露と健康影響が現れるまでの時間経過の長さから、短期曝露影響と長期曝露影響の二つがあります。前者は大気汚染物質に曝露されてから、数時間から数日の間に健康影響が現れるものを示します。後者は1年から数年にわたる曝露の後に健康影響が現れるものを示します。

 PM2.5の短期曝露影響として取り上げられている指標には、死亡(全死亡、死因別死亡)、医療機関への入院・受診、循環器系機能・症状(不整脈、心拍変動など)、呼吸器系機能・症状などがあります。これらの指標とPM2.5の短期的な濃度変動との関連性を解析したたくさんの疫学研究が世界中で実施されて、その成果が蓄積されてきました。最も多くの疫学知見があるのは、地域の日平均 PM2.5濃度とその地域の日死亡数との関連性を統計的に解析したものです。日死亡に関連する気温など、他の短期変動要因も解析の際に考慮されます。また、PM2.5に曝露された数日後に影響が現れる可能性もあるので、時間的な遅れについても検討されます。世界中の知見を整理したものの例が図4です。相対リスクが1を超えていることは、PM2.5濃度上昇と死亡増加との間に正の関連性の傾向があることになります。

図4
図4 短期曝露影響(死亡)に関する疫学知見の取りまとめイメージ
 これまでの疫学研究から得られた PM2.5 濃度上昇と日死亡数との関連性に関する知見を整理した図です。
 上の図は、北米地域を対象とした研究を、下の図は、中南米・ アジア・オセアニア地域を対象とした疫学研究を整理したものです。
 ○は PM2.5(もしくは SPM)濃度の日平均値の 10μg/m3上昇に対する相対リスクを示し、バーはその95%信頼区間を示します。横軸は各研究の番号を示します。
 相対リスクが1を超えているということは、PM2.5(もしくはSPM)濃度の日平均値の上昇と日死亡数の増加の間に正の関連性の傾向があることを示します。
(中央環境審議会大気環境部会微小粒子状物質環境基準専門委員会報告(H21)引用)

 疫学は基本的に観察研究であり、PM2.5濃度上昇と死亡増加とに関連する多くの要因を統計解析によって制御して、PM2.5に起因する変化をみているものです。そのため、個々の研究の不確実性は実験研究に比べて大きいといえます。そのため、いろいろな集団における疫学研究の結果が一貫性を持っているかということを重視します。このように、たくさんの疫学研究の結果を並べて、総合的な評価を行います。

 PM2.5の長期曝露影響を検討したコホート研究は実施上多くの困難があるために、短期曝露影響に関する疫学研究に比べて、その数は非常に少なくなっています。図5はそのとりまとめの例です。大気汚染物質の健康影響に関する疫学研究では、大気汚染の程度の異なる複数の地域において、調査を長期間実施して、死亡や疾患の発症などを調べます。このような疫学知見の評価では、曝露評価の精度や対象者の偏りなど、結論をゆがめる可能性のある注意点について、環境疫学の視点から詳しく検討し、環境基準の目標値として妥当なものを見いだす作業を行います。

図5
図5 長期曝露影響(死亡)に関する疫学知見の取りまとめイメージ
 長期間にわたる疫学研究から得られたPM2.5濃度上昇と死亡増加との関連性に対する知見を整理した図です。
 上の図は、研究対象地域の PM2.5濃度範囲の中央値(もしくは平均値 )に対する相対リスク(PM2.5 濃度 10μg/m3当たり)を示した図です。横軸は、各研究の対象地域のPM2.5濃度(μg/m3)範囲の中央値(もしくは平均値)、縦軸は相対リスクを示しています。中央のシンボルは中央値(もしくは平均値)を、バーはその95%信頼区間を示しています。
 下の図は、各研究の対象地域のPM2.5濃度範囲とその中央値(もしくは平均値)を示しています。シンボルは中央値(もしくは平均値)を、バーはその95%信頼区間を示しています。
(中央環境審議会大気環境部会微小粒子状物質環境基準専門委員会報告(H21)引用)

今後の課題

 PM2.5健康影響の中では、循環器疾患への影響が国際的に注目されてきました。しかし日本国内の知見では、PM2.5との関連が必ずしも明確ではありません。そのため、循環器疾患患者や循環器疾患に対するリスクの高い者も対象とした疫学研究や、微小粒子状物質の成分濃度の異なるさまざまな地域を対象とした成分組成の相違に着目した疫学研究を推進することが、環境基準を定めた中央環境審議会で今後の課題として示されました。

 日本ではPM2.5の長期曝露影響に関する疫学研究は少なく、結果は必ずしも一貫していません。一方で、このような疫学研究を実施することは容易ではありません。コホート調査は10年以上の期間が必要であることは珍しくなく、結果を得るまでには多大な労力と参加者の協力が必要となります。

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