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2003年9月30日

環境ホルモンの分解処理要素技術に関する研究(内分泌攪乱化学物質総合対策研究)
平成11〜14年度

国立環境研究所特別研究報告 SR-48-2002

1.はじめに

表紙
SR-48-2003 [10.6MB]

 環境中の内分泌かく乱物質(環境ホルモン)によって、ヒト及び野生生物の生殖系における異常の発生が危惧されている。環境ホルモンの一種であり、環境行政の最重要課題の1つであるダイオキシン類の発生抑制対策は、焼却炉の改良等により効果をあげつつあるが、ダイオキシン類含有農薬やダイオキシン類を含む焼却排ガスの長期間にわたる環境排出の結果起こったダイオキシン類による土壌汚染に関して、有効な無害化対策の開発は極めて重要かつ緊急の課題である。また、PCB含有製品に由来するPCBの広域汚染やプラスチック製品に由来するビスフェノールAの汚染に関しても、土壌汚染修復技術の開発が求められている。本研究では、物理的手法、化学的手法、生物的手法の観点から選び出した個別の対策技術に関して基礎的検討を行い、環境ホルモンの分解処理技術としての新技術開発の萌芽を生み出すことを目的とした。

2.研究の概要

1)活性炭吸着法による水中ダイオキシン類の処理技術に関する研究

 ダイオキシン類で高濃度汚染した水についての応急対策技術の手法を開発し、評価・実用化するために、実験室内で異なる濃度のダイオキシン類汚染水(4種類の濃度、水溶液および洗剤含有水溶液)を調製後、活性炭混和凝集剤を添加してダイオキシン類の除去を行い、活性炭の粒径や量などの処理条件とダイオキシン類の除去効率の関係を調べた。凝集剤のみでは、ダイオキシン類・PCBはまったく除去されないが、汚染水1リットル当たり0.2mgの活性炭添加で大部分のダイオキシン類・PCBは除去され、活性炭の添加量を1mg以上にすれば、痕跡量を残して吸着されることが明らかとなった。また、洗剤の有無による吸着率の差は観察されなかった。ダイオキシン類の異性体別吸着率では、高塩素化ダイオキシン類が相対的に水中に多く残留する傾向が観察された。活性炭添加量とダイオキシン類の水中濃度の間には対数グラフ上で直線関係が得られた(図1、2参照)。この関係式を使うことにより、一定の処理水濃度を達成するために必要な活性炭添加量を計算で求めることが可能となった。

図1 PCDD/Fsの除去特性(純水)
図2 PCDD/Fsの除去特性(洗剤添加)

2)超音波照射による水中ダイオキシン類の分解

 周波数の高い超音波は水中の溶存有機物を分解することが知られており、200kHzの超音波(出力 200w)を2,3,7,8-四塩化ジベンゾ-p-ジオキシン(2,3,7,8-TeCDD)の水溶液(900ng/L)に一定時間照射した。照射時間と水中の2,3,7,8-TeCDD濃度との間には、相関係数0.969の直線関係(図3参照)が認められた。この式に従えば、900ng/L水溶液中の2,3,7,8-TeCDDを分解するのに、約133時間かかることが分かった。超音波照射による脱塩素化で生成する可能性のある低塩素化ダイオキシン類を測定したが、検出されなかった。

濃度のグラフ
図3 超音波照射時間と水中の2,3,7,8-TeCDD濃度の関係

3)熱水抽出による土壌中ダイオキシン類等の処理技術開発に関する研究

 水蒸気態から亜臨界状態の熱水をダイオキシン類で汚染された土壌に通じて、ダイオキシン類を抽出する手法の基礎的開発を行った。この方法は、超臨界水酸化法で使用する高温高圧条件を必要とせず、消費エネルギーやコスト面で有利である。

(1) 抽出率を左右する実験パラメータ
 実験パラメータとして温度(25~350℃)、圧力(0~25MPa)、時間(30~240分)を変え、土壌からのダイオキシン類の抽出率を測定し、実験パラメータとの関係について調べた。最も重要なパラメータは温度で、温度を高くすると、土壌中のダイオキシン類の残存率は減っていき、特にポリ塩化ジベンゾ-p-ジオキシン(PCDD)で顕著であった(表1参照)。また、ダイオキシン類は抽出過程で一部分解することも確認された。高圧は土壌からのダイオキシン抽出のための必須条件でないが、圧力が高いほど、土壌中ダイオキシン類の残存率は低下する傾向が観察された(表2参照)。次に、抽出時間と抽出率の関係を調べた結果、最初の30分間で土壌中のダイオキシン類の大半が抽出され、30分以降は抽出速度が遅くなることが分かった。

(2) 分解経路
 八塩化ジベンゾ-p-ジオキシン(OCDD)を添加した土壌を熱水で処理し、OCDDが分解していく経路を調べた結果、逐次的脱塩素化で順次、低塩素化のPCDDに変化していくことが分かった。高塩素化のダイオキシン類が低塩素化のダイオキシン類に変化することから、場合によっては熱水抽出の途中で、毒性等量がより高くなることも考えられるので、注意が必要である。


表1 温度とダイオキシン類の土壌残存率

  抽出前 25℃ 150℃ 300℃ 350℃
PCDDs 100% 88% 39% 5.5% 0.61%
  0.028% 0.0068% 19% 6.6%
PCDFs 100% 145% 105% 5.4% 1.8%
  0.050% 0.021% 31% 17%
Co-PCBs 100% 134% 70% 7.7% 11%
  22% 6.1% 74% 106%
全体 100% 92% 45% 5.5% 0.7%
  0.16% 0.068% 20% 7.7%

表2 圧力とダイオキシン類の土壌残存率

  抽出前 <0.2 MPa 5 MPa 25 MPa
PCDDs 100% 24% 36% 1.2%
  13% 18% 5.9%
PCDFs 100% 23% 39% 6.4%
  25% 43% 13%
Co-PCBs 100% 19% 78% 22%
  63% 95% 43%
全体 100% 24% 36% 1.7%
  14% 20% 6.6%

4)底質中PCBの回収技術とカリウムナトリウム合金による脱塩素化技術開発に関する研究

(1) PCBの回収技術
 PCBで高濃度汚染された河川底質をイソプロパノールでソックスレー抽出して、PCBを回収した。抽出時間を6時間、24時間、48時間とした時の底質中PCB濃度を表3に示した。6時間抽出でPCBの大半が抽出される(抽出率99%以上)とともに、抽出操作の間に部分的な脱塩素化(塩素量換算で約18%)が起こっていることが判明した。


(2) カリウムナトリウム合金による脱塩素化技術
 室温で液体であるカリウムナトリウム合金は室温で迅速にPCBと反応することが確かめられた。反応は逐次的脱塩素化反応で、ビフェニルやジシクロヘキシルなどの還元体あるいはこれらの重合物が生成した。脱塩素化率は、2,2',4,4',5,5'-ヘキサクロロビフェニルで99.9998%、カネクロール600で99.99996%であり、脱離した塩素原子は無機態の塩化物イオンになっていた。

表3 抽出前と抽出後の底質中PCB同族体別濃度

  底質中PCB濃度(µg/g-dry)
抽出前 6時間抽出後 24時間抽出後 48時間抽出後
一塩化ビフェニル 0.49 0.03 0.02 0.02
二塩化ビフェニル 81.0 1.20 1.10 0.94
三塩化ビフェニル 260 1.60 1.30 1.60
四塩化ビフェニル 180 1.00 0.68 0.76
五塩化ビフェニル 31.0 0.13 0.11 0.11
六塩化ビフェニル 10.0 0.05 0.06 0.05
七塩化ビフェニル 2.70 0.01 0.01 0.0
八塩化ビフェニル 0.54 0.00 0.00 0.00
九塩化ビフェニル 0.06 0.00 0.00 0.00
十塩化ビフェニル 0.00 0.00 0.00 0.00

5)植物の生育による土壌中のPCB・ダイオキシン類およびビスフェノールA(BPA)の浄化技術開発に関する研究

 PCB・ダイオキシン類やビスフェノールAなどの環境ホルモンで低濃度汚染された大量の土壌を浄化するためには、低コストおよび現場で実施可能な方法として、植物を用いた環境浄化が期待されている。

(1) ベラドンナによる土壌中PCB・ダイオキシン類の浄化
ベラドンナから細胞培養により誘導した毛状根によるカネクロール300(100mg/L)の分解を調べた結果、3週間で50%あまりを分解した。次に、実生(種子から育てた植物固体)のベラドンナをPCB及びダイオキシン類を含有する土壌で1年間栽培した結果、土壌中のPCBは26%、ダイオキシン類は17%が除去された。

(2) 植物(タバコ)の細胞(タバコ液体培養細胞BY-2)及び実生による土壌中ビスフェノールAの浄化
 BPAは植物に吸収され、細胞内で少なくとも4つの代謝産物に変化した。代謝産物のひとつはBPAにグルコースが結合したもの(BPAG、図4参照)であることが判明した。もうひとつの代謝産物はBPAに2個のグルコースが結合したものと予想される。BPAGのエストロゲン活性はBPAより著しく低かった。BPAをBPAGに代謝する酵素の存在を確認し、その活性を測定した結果、タバコや他の植物の各組織にこの酵素が存在することを明らかにした。この酵素活性などをスクリーニングすることにより、土壌中のBPAを浄化できる植物を捜すことが可能となった。

構造図
図4 ビスフェノールAの代謝産物(BPAG)の化学構造

3. 今後の検討課題

 本研究は萌芽的研究であり、独立したいくつかの要素を取り上げて、新しい観点からの技術開発の可能性を探った。これらの技術の実行可能性を評価して、可能性の高い技術を選び出して実用化するためには、コストなどの経済性並びに作業者や環境への安全性の観点からの研究も含めて、産業界との連携のもとに研究を深めることが不可欠である。物理的あるいは化学的分解処理技術については、産業界でも多くの技術開発が行われており、本研究で得られた知見がそれらの既存技術と合わさってより大きく展開していくことが期待される。一方、植物による土壌浄化は産業界においても未開発の部分が多く、本研究での成果をもとに、さらに大きく展開していくことが重要である。

〔担当者連絡先〕
独立行政法人国立環境研究所
環境ホルモン・ダイオキシン研究プロジェクト
対策技術チーム 安原昭夫
Tel. 029-850-2544、Fax. 029-850-2269

用語解説

  • ダイオキシン類
     2つのポリ塩化ベンゼン核が2個の酸素原子を介して結合したポリ塩化ジベンゾ-p-ジオキシン類(PCDDs)、1個の酸素原子を介して結合したポリ塩化ジベンゾフラン類(PCDFs)、酸素原子を介しないで結合したポリ塩化ビフェニルの一部(オルト位に塩素原子がないものあるいはオルト位に1個の塩 素原子があるものでコプラナーPCB(Co-PCBs)と呼ばれる)を総称してダイオキシン類と呼ぶ。強い急性毒性とともに、強い慢性毒性(発ガン性、催 奇形性)を持つ物質で、農薬製造の際の微量不純物として、あるいは廃棄物などを不適切な方法で焼却する際の微量副成物として、生成する。また、これらの物 質は自然界では安定で、微生物や生物体内では分解されにくく、脂肪組織に蓄積されやすい特徴を持っている。2位、3位、7位、8位の全てに塩素が置換した PCDDsとPCDFsは特に毒性が強い。図1~図3の略号表記は次の意味である:2378-PCDDsは2-,3-,7-,8-位に塩素が置換された PCDDs、2378PCDFsは2-, 3-, 7-, 8-位に塩素が置換されたPCDFs、2378DFsは2378-PCDDsと2378-PCDFsの合計したもの、2,3,7,8-TeCDDは2-, 3-, 7-, 8-位のみに塩素が置換した四塩化ジベンゾ-p-ジオキシンで毒性が最も強い異性体、TEQは全体としての毒性の強さを2,3,7,8-TeCDDの毒性 の強さに換算した値。
  • PCB(ポリ塩化ビフェニル)
     ベンゼン核が2個結合したビフェニルに塩素が置換した物質で、209種類の異性体が存在する。1881年にドイツで始めて合成され、1921年から1970年代初めまで、欧米や日本で工業生産され、電器製品のコンデンサーやトランスに、熱媒体あるいは感圧紙など多方面で大量に使用された。しかし、PCBは急性毒性、慢性毒性とも強く、またダイオキシン類と同様の安定性、難分解性、生物蓄積性をもつことが分かったため、各国で製造・使用などが原則禁止された。
  • 活性炭混和凝集剤
     本実験で使用したものは、粉末活性炭とポリ塩化アルミニウムおよび炭酸ナトリウムからなっている薬剤で、使用時に順番に水試料に加えることにより、活性炭およびアルミニウム炭酸塩への有害物の吸着と凝集を起こさせ、水を浄化させるために使われる。
  • 亜臨界状態
     水は臨界点(温度374℃、圧力22メガパスカル)を超えた状態では、液体と気体の区別がない超臨界状態となることが知られており、その臨界点以下の高温・高圧状態を亜臨界状態と呼ぶ。
  • 超臨界水酸化法
     超臨界状態(温度374℃以上、圧力22メガパスカル以上)での水の特性を利用した、有機物の酸化方法。超臨界状態での水は無極性溶媒となり、有機物と酸素を均一に混合できるために、強力な酸化分解が可能になる。ダイオキシン類やPCBは超臨界水酸化法で完全分解される。
  • ソックスレー抽出
     固体試料に含まれる化学成分を有機溶媒で連続抽出する方法の一つ。フラスコに、試料を入れたソックスレー抽出管を接続し、フラスコ内の溶媒を加熱蒸発させ、溶媒蒸気を試料の上部で冷却させる。液化した溶媒が試料に降り注ぎ、可溶成分を溶かしだして、元のフラスコに戻ると、溶媒だけが再び加熱されて蒸発し、抽出操作を繰り返す。試料を十分に細かく粉砕しておくと、短時間で効率よく可溶成分を抽出できる。
  • 逐次的脱塩素化
     複数個の塩素原子を有する有機化合物から塩素原子を1個ずつ脱離させていく方法。通常、脱離した塩素原子の後には水素原子が入り、塩素原子は塩化物イオンとなる。例えば、八塩化ダイオキシンは逐次的脱塩素化によって、順次、七塩化ダイオキシン、六塩化ダイオキシン、五塩化ダイオキシン、というように変化していく。
  • ベラドンナ毛状根
     赤紫色の花を咲かせるベラドンナはナス科の有毒植物で、含有成分であるアトロピンは重要な医薬品でもある。このベラドンナの葉切片を寒天培地上である種の細菌に感染させると、細菌の遺伝子が植物の遺伝子に組み込まれ、出現するのが毛状根である。この毛状根が生育してできる植物は、ベラドンナとは別の新しい植物体である。
  • タバコ液体培養細胞BY-2
     タバコの一品種であるBlight Yellow 2より誘導して樹立した培養細胞株のことであり、植物の研究で使用される標準的な細胞の代表格である。BY-2細胞は、細胞が分裂する周期を同調させることができるため、細胞の増殖に関わる遺伝子を研究しやすいのが特徴である。このため、BY-2細胞は植物細胞の増殖メカニズムの研究分野においては「植物のHela細胞」とも呼ばれ、多くの研究者に使われている(Hela細胞とは、不死化したヒトの細胞で、動物の細胞が増える仕組みを解明する研究で標準的な細胞として使われている)。

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