草食動物が植生に及ぼす影響
研究ノート
奥田 敏統
草食動物の生態系への影響として我々がまず思い浮かべるのは植物を“食べる”という行為である。そうして、この行為自体からは生態系の破壊者としてのネガティブなイメージしかわいてこない。確かに個々の植物にとってみれば採食されることは光合成器官である葉やそれを支える枝などを失うことであり、決して得になることではない。
ところで、草食動物も人間と同様、食べ物に対する好き嫌いがある。この植物に対するより好み(嗜好性)が実は生態系の動態を決める重要な要素となるのである。食べられにくい植物や食べられない植物は動物のおかげで、食べられる植物の勢力範囲を、たなぼた式に与えられる。その結果、動物に嫌われる植物の個体数が増加する。植物群落内には動物のこうした採食活動による恩恵を受けている植物が随分といる。シカがたくさん住んでいる奈良公園、宮島等で彼らが食べないアセビ、シキミ、シロダモなどが繁茂しているのはその一例である。
それでは、草食動物はどんなものを、どのくらい食べているのだろうか? 草食動物の嗜好性を一般化することは、はなはだ困難であるが、概してシカ、ヒツジなどの大型ほ乳類は繊維質に富むものよりも、より柔らかな栄養価の高い草木を好むといわれる。また、毒のあるものはなぜか良く知っていて食さない。少しくらいのとげやにおいなら味さえ良ければ平気である(この点は実際に動物に聞いてみないと分からない)。どの程度の被食量が自然生態系の中で見込まれるのかという点に関して、我々が宮島の山火事跡地の初期回復過程でシカの採食量を推定したところ、全地上部現存量のうち約20〜30%に達することが分かった。嗜好性の高い植物は被食というこれだけのハンディを負わされているわけである。このように自然生態系における植生変化を論ずる場合は野生草食動物の影響を考慮に入れておく必要がある。
今年度より環境庁の地球環境研究総合推進費による熱帯林生態系における野生生物種の種多様性に関する研究がスタートした。地球上の約半分の生物種が生息するといわれ、複雑に生物種間の関係が入り組んだ生態系の中で、そこに生息する野生動物達はどんな暮らし方をし、植生にどのような影響を与えてきたのであろうか? 研究テーマに対する嗜好性を高めるべく密林の世界に心をはせる今日このごろである。