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国立環境研究所におけるオゾン層に関する研究

プロジェクト研究の紹介

中根 英昭

 オゾン層破壊の問題は典型的な地球環境問題である。地球規模の空間的広がりを持った問題であり、かつ、問題が顕在化してからでは対策が間に合わないという特徴を持っているからである。

 この問題は、理論的な予測によってはじめて人類の知るところとなった。そして、春になると南極上空のオゾン濃度が急減する「オゾンホール」という形で、再び私達に大きな衝撃を与えた。このオゾンホールという現象は、地上と人工衛星からの分光学的なオゾン観測によって発見されたのである。オゾン層破壊問題の歴史を振り返るとき、地球規模環境問題というものは、科学的な知見を抜きにしてはその存在を知ることすら不可能であり、科学的な手段抜きにはその現状を知ることも不可能であるということを痛切に感ずる。

 1989年には、西暦2000年にフロンを全廃するという国際的な合意ができた(ヘルシンキ宣言)。さて、オゾン層破壊の問題について研究する必要はもうなくなったのであろうか?−否である。

 まず、2000年までに蓄積されたフロンがその後数10年の間にどの程度のオゾン層破壊をもたらすかがよく分かっていない。この原因の一つは、地球規模のオゾン層破壊に対してオゾンホールが大きく寄与すると考えられているにもかかわらず、その消長に関する将来予測が困難だからである。オゾンホール内のオゾン濃度の低い空気は、オゾンホールの崩壊と共に地球全体に広がり、地球規模でオゾン濃度を低くする(希釈効果)。ところが、オゾンホールがどの程度発達するかは、フロン濃度だけではなく、極域の大気の流れに大きく依存している。気候変動が進行する中で、極域の大気の流れがどのように変化してゆくのか、それがどの程度オゾンホールを発達させ、地球規模でのオゾン層破壊をどこまで深刻にするのかという予測はなされていない。オゾン層の将来予測を、もう一段高度化しなければならない。

 オゾン層将来予測の高度化のためには、実態を把握しモデル予測の検証を行うための観測技術の高度化と共に、現実の未解決の問題、例えば、北半球中高緯度におけるオゾンの減少速度がどうしてモデル予測よりも大きいのかという問題等を解明する必要がある。そのためには、オゾン及びオゾン破壊関連物質の観測と、衛星データや全球気象データの解析を組み合わせたオゾン層の動態把握が必要である。

 また、未知のオゾン破壊反応の研究、既存のモデルに組み込まれていないエアロゾル表面反応のモデル化とオゾン層将来予測モデルへの組み込み、オゾンホールに関連した大気の流れのモデル化など、より高度なオゾン層将来予測モデルの確立に向けた個別研究を着実に進めることが重要である。

 オゾン濃度及び地上紫外線量に関する将来予測ができたとしても、人体や生態系、さらには農林水産業等に対する影響の評価を行うことなしには、オゾン層破壊に効果的に対応することは不可能である。オゾン層破壊による紫外線の増加の程度は波長によって大きく異なり、生体組織の紫外線に対する感受性も波長によって大きく異なる。波長ごとの紫外線の影響を評価することや、自然光が共存するような条件において紫外線の影響を評価することが重要である。この点がオゾン層破壊に関連する紫外線影響の研究の特徴であるが、このような研究は始まったばかりである。

 オゾン層保護対策には、ハードな部分とソフトな部分がある。フロン・ハロン等の規制ないしは廃止→代替物質の開発という対応は、オゾン層保護対策の骨格であろう。しかし、骨格に血や肉が伴ってこそ、一人前の働き手となる。「血や肉」の一例は、代替物質やその分解生成物の環境影響に関する研究である。また、フロン回収のための社会システムや回収したフロンを安全に破壊する技術もその一つであるが、このようなシステムが有効に働くならば、フロン全廃の時期を早めたのと同じ効果が得られる。もし万一、既にある程度の紫外線の影響が避けられないのであれば、人体や生態系、農林水産業への影響を最小限にするための方策も必要となる。オゾン層破壊の将来予測の精度の向上のための研究と連携して、適切な対策研究を進めるならば、複雑な地球環境の変化の中で起こっているオゾン層の破壊に対しても、柔軟に対応することが可能になる。

 国立環境研究所では、1988年度から、特別研究「成層圏オゾン層の変動とその環境影響に関する基礎的研究」を行ってきた。この基礎の上に、1990年度からは、新たにスタートした「地球環境研究総合推進費」の中で、他省庁の研究機関や大学等と協力してオゾン層破壊に関する研究を進めることになった。本研究所のオゾン層研究プロジェクトでは、先に述べたオゾン層破壊に関する研究に対する基本的な考え方を踏まえながら、これまでの研究の蓄積を生かして、オゾン層破壊に関連する地球環境研究総合推進費の7研究課題の内、次の6課題を他省庁の研究機関等と分担して研究を進めている。

・オゾン層の時間的・空間的変動の動態解明に関する研究
・新型レーザーレーダー計測技術の開発に関する研究
・成層圏オゾン層の物理的・化学的変動機構の解明とオゾン層変動の予測に関する研究
・紫外線の増加が人の健康に及ぼす影響に関する研究
・紫外線の増加が植物に及ぼす影響に関する研究
・フロン等代替物質の開発と環境影響評価に関する研究

 このプロジェクトの一つの特徴は、本研究所に設置された大型施設の有効利用である。オゾンレーザーレーダーや大型(エアロゾル)レーザーレーダーによる観測、成層圏チャンバーによるオゾン層破壊反応のシミュレーション、大型計算機によるモデル予測、紫外線が発ガンや免疫機構に及ぼす影響の解明、紫外線が植物に及ぼす影響の解明などにおいて大型施設が活用されている。

 地球環境研究総合推進費の発足によって、大学等との共同観測・共同研究など国内の研究協力体制はかなり充実してきた。今後、国際共同研究計画や国際ネットワーク観測計画との連携を強化して行きたい。

(なかね ひであき、地球環境研究グループオゾン層研究チーム)