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2016年10月31日

廃棄物処理における化学物質のフローと環境排出量推計に関する研究

特集 新たな段階の循環型社会づくり
【研究ノート】

小口 正弘

 第3次循環型社会形成推進基本計画において、有害物質を含む廃棄物等の適正処理システムの構築に向けた化学物質を含有する廃棄物等の評価が、第4次環境基本計画においては、化学物質のライフサイクルにわたるリスク低減の実現が、それぞれ取組事項の1つに掲げられており、それらに向けた基礎情報として化学物質のフローや環境排出量の把握が重要です。化学物質のうち、工業的使用や家庭での使用段階において消費・排出されないものについては、生産プロセス等から生じる廃棄物や使用済みの最終製品に含まれて廃棄物の中間処理や最終処分へ移動するはずです。また、焼却処理等の廃棄物中間処理では化学物質が非意図的に生成、排出される可能性もあります。これらのことをふまえると、廃棄物処理処分における化学物質のフローや環境排出量の管理は、化学物質の製造、使用から廃棄までのライフサイクルにわたる管理に向けて極めて重要な課題と考えられます。しかしながら、現状では廃棄物処理における化学物質のフローや環境排出量は水銀等の一部の物質を除けば実態が明らかになっていません。

 日本には、化学物質の移動や環境排出量を把握するための仕組みとして、化学物質排出移動量届出制度(PRTR制度)があります。PRTR制度は「特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律」(化管法)に基づくもので、化学物質の排出・移動量を国が1年毎に集計、公表する制度です。PRTR制度では、排出量として大気・公共用水域・事業所内の土壌への排出および事業所内での埋立処分、移動量として下水道および廃棄物処理のための事業所外への移動が対象となっています。業種、従業員数、化学物質の取扱量等の届出要件に該当する事業者は、取り扱っている化学物質それぞれについて、これらの媒体別の排出・移動量を毎年算出し、届け出る必要があります。これを「届出排出量・移動量」と呼びます。また、排出量については、届出対象事業者以外の想定される主要な排出源については、国が信頼できる情報を用いて可能な限り排出量を推計、公表することになっており、こちらは届出外排出量と呼ばれます(図1)。平成26年度データの公表時点では21の排出源について推計、公表が行なわれています。なお、移動量については届出外の推計は行われません。

対象業種・非対称業種・家庭別の届出排出量・移動量
図1 PRTRデータの構成
出典:「PRTRデータを読み解くための市民ガイドブック」(環境省)
(http://www.env.go.jp/chemi/prtr/archive/guidebook.html)を加工して作成

 廃棄物処理施設については、一般廃棄物処理業、産業廃棄物処分業として対象業種に含まれていますが、水質汚濁防止法で水質検査の対象となっている30物質の公共用水域への排出量、ダイオキシン類の各媒体への排出・移動量が届出対象となっているのみです。したがって、大部分の化学物質について、廃棄物処理施設からの排出量は、国が行う届出外排出量推計の対象範囲に含まれていると言えますが、平成26年度データ公表時点ではその推計は未だ行われていません。ただし、平成19年度中央環境審議会・産業構造審議会化管法見直し合同会合においてその推計の必要性が指摘されており、環境省ではこれをふまえて作業部会(平成19~24年度)を設置し、廃棄物処理からの排出量推計を検討してきました。一般廃棄物の焼却施設については主に金属類の大気排出について排ガス実測データに基づく排出係数(廃棄物処理量あたりの化学物質排出量)の作成と排出量推計が検討され、その報告書によれば推計排出量は届出排出量と比較して無視できない大きさと試算されています。同作業部会では、産業廃棄物焼却施設についても同様の検討が行われましたが、産業廃棄物はその性状や物質含有状況、処理フロー、焼却施設の形式や処理廃棄物等が多様、複雑であるために、限られた施設の実測データのみに基づいて平均的な排出係数を作成しても、信頼できる推計結果を得ることは難しいとされ、今後の課題として残されました。しかし、一般廃棄物焼却施設の試算結果をふまえると、産業廃棄物焼却施設の寄与も物質によっては無視できないと予想され、排出量推計はその手法の検討も含めて重要な課題であると考えられます。

 このような背景や行政ニーズをふまえ、資源循環・廃棄物研究センターでは、環境省環境研究総合推進費補助金を受けて平成27~29年度の3年計画で「廃棄物の焼却処理に伴う化学物質のフローと環境排出量推計に関する研究」(課題番号3K153003)を実施しています。本研究では、産業廃棄物の焼却処理からの大気排出を対象とし、排出量の推計とその手法・基礎データを提示することを目指しています。図2に研究の構成を示します。先に述べましたように、産業廃棄物はその性状や物質含有状況、処理フロー、焼却施設の形式や処理廃棄物等が多様であることをふまえ、本研究では実施設の排ガス実測データに基づく排出係数作成(テーマ4)だけでなく、産業廃棄物焼却施設の類型化(テーマ1)とその類型に応じた排出係数作成、産業廃棄物および含有化学物質の処理処分フローの推計(テーマ2)、廃棄物焼却における化学物質の挙動および排出基礎特性データの取得(テーマ3)とそれによる排出係数の検証を行う計画です。これらを通じて、産業廃棄物および含有化学物質の焼却投入量の推計と施設の類型に応じた排出係数の作成を行い、産業廃棄物の焼却処理からの化学物質排出量を推計するとともに、推計に用いる手法および基礎データを取りまとめることで、PRTR制度における産業廃棄物焼却からの届出外排出量推計の実現に向けた基礎知見を提供することを目指しています。なお、PRTR制度の対象化学物質(第一種指定化学物質)は現在462物質ありますが、本研究課題ではそれらのうち金属類および廃棄物焼却で排出が見込まれる揮発性有機化合物(VOCs)等の一部の有機化合物を事例として取り組む計画です。また、本研究課題は、公益財団法人日本産業廃棄物処理振興センター、埼玉県環境科学国際センター、静岡県立大学、有限会社環境資源システム総合研究所との共同研究であり、それぞれの機関から産業廃棄物の処理や性状、化学物質の挙動解析、物質フロー分析等に詳しい研究者が参画することで、産業廃棄物処理における化学物質フローや環境排出量推計を多面的に検討しています。

 初年度(平成27年度)は、産業廃棄物焼却施設の基本特性(処理方式、炉形式、排ガス処理方式、処理廃棄物等)の情報収集整理、多量排出事業者から排出される産業廃棄物の排出業種別・廃棄物種別処理フローおよび焼却量の推計、PRTR届出移動量データを用いた廃棄物処理への化学物質種別・排出業種別・廃棄物種類別の化学物質フローデータの作成や焼却残さ試料の含有量分析による焼却投入廃棄物の金属類含有量の推定、熱力学平衡計算を用いた産業廃棄物焼却処理における元素挙動のシミュレーションプログラム作成、廃棄物焼却における化学物質挙動・排出基礎データ取得のための室内燃焼実験方法および条件の確認、数十の産業廃棄物焼却施設における排ガス中金属類濃度の実測調査等を行い、図2に示した各テーマにおける解析等のためのデータ作成や整理を行いました。

研究課題のテーマ構成(クリックすると拡大表示されます)
図2 研究課題のテーマ構成

 初年度の成果から、PRTR届出移動量データを用いた廃棄物処理への化学物質種別・廃棄物種類別の化学物質フローの特徴を整理した例を紹介します。PRTR届出移動量のうち、廃棄物として事業所外へ移動した化学物質の届出移動量には、移動先での処理方法と化学物質が含まれていた廃棄物種の情報が付属しています。このデータを化学物質ごとに届出業種(排出業種)、処理方法、廃棄物種の別に集計加工することで、産業廃棄物処理への化学物質フローの特徴を整理しました。図3は、移動先での処理方法が焼却・溶融として届出されている移動量が上位10位までの無機化合物について、廃棄物種の内訳を示したものです。焼却・溶融へ移動する無機化合物について、水溶性化合物(ふっ化水素、亜鉛)は廃酸、難燃剤用途でも使用されるアンチモンは廃プラスチック、それ以外の物質は汚泥などに主に含まれて焼却・溶融処理へ移動していることがわかりました。一方、図には示していませんが、焼却・溶融への移動量が多い有機化合物については、ほぼ廃油に含まれて移動していることもわかりました。

無機化合物のPRTR届出移動量(クリックすると拡大表示されます)
図3 無機化合物のPRTR届出移動量
(廃棄物としての移動)の廃棄物種類別内訳(焼却・溶融への移動量上位10物質)

 現在、このPRTR届出移動量データに基づく化学物質フローの特徴と焼却残さや排ガス試料の実測データに基づいて、化学物質のフローや排出実態の傾向の違いから着目される施設の特徴や排出業種・廃棄物種類を整理し、異なる排出係数を作成すべき施設類型を作成するための作業に取り組んでいます。これに基づき、施設類型別の排出係数作成を行い、産業廃棄物焼却からの化学物質排出量を推計していく予定です。

 本研究課題は直接的には化管法(PRTR届出外推計)に関する行政ニーズに基づいて開始したものですが、廃棄物処理からの化学物質排出量の推計方法や排出係数の作成は、例えば化学物質審査規制法におけるリスク評価など他の政策分野でも課題となっています。また、これらのニーズ、課題は化学物質政策の分野におけるものですが、廃棄物政策の分野においても廃棄物処理における化学物質管理は今後その重要性を増すものと考えられます。本研究課題の実施をきっかけとして、廃棄物政策と化学物質政策の分野を繋げていきたいと考えています。

(おぐち まさひろ、資源循環・廃棄物研究センター 基盤技術・物質管理研究室 主任研究員)

執筆者プロフィール

筆者の小口正弘の顔写真

記事の原稿は書けたものの、プロフィールについてはパソコンの画面を睨んだまま全く書くことが浮かんできません。プライベートが充実していないことに気づきました。日々の生活に忙しく、自由な時間も少ないですが、楽しみを見つけてリフレッシュしなければと実感しました。

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