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2012年10月31日

生態系保全をいかに進めるか

堀口 敏宏

 生態系の保全を有効に進めるためには、a.その理念を具体的な視点や考え方、目標として示し、b.その実現に向けた法律などを整備し、c.確実に運用して、定期的にその効果を確かめつつ、適宜修正を加えながら進めていく必要があると思います。本号の2篇「環境汚染の生態リスクを定量的に評価する」と「生態影響評価におけるWET」は、a.に沿ったものです。「環境汚染の生態リスクを定量的に評価する」では、生態リスクを生態学的視点(個体群と群集・生態系レベル)で捉え、数理モデルの連動による生態リスク評価モデルの作成と評価を通じて、生態系保全の価値基準からリスクを定量化し、化学物質管理手法の一層の合理化を目指すというものです。一方の「生態影響評価におけるWET」では、WETが生物応答を利用した排水管理手法であるとの説明に続いて、WETが排水の毒性影響を総体として評価するものであり、“物質規制”とは異なる“影響規制”であると、その特徴を述べます。また、米国で既に行われているWETを日本に導入する場合に必要な法的措置と運用上の問題を解説するとともに、WETを通じた、バイオアッセイと機器分析との併用による一層の水環境保全の推進の必要性が述べられています。

 環境と生態系の保全を考えるとき、レイチェル=カーソン女史による「Silent Spring(邦訳 沈黙の春)」が有名ですが、すでに言い古されてきたことながら、一般に、西洋の考え方では自然を征服し管理しようとするのに対して、東洋では自然の中に自ら(人間)を置いて考えてきました。日本では、古来、八百万の神のように自然万物に神が宿ると考えられていました。生態系の保全という理念に肉付けする場合、日本の古くからの考え方の方が適しているように思えます。しかし、最近は、例えば、“Environmental Management”やその邦訳である「環境管理」という表現・言葉をあちこちで眼にするように、西洋の考え方が取り入れられているように見えます。筆者はこれに違和感を覚えます。“管理”すべきは、“環境”ではなくて、“人間(とその行動)”ではないか、と思うためです。

 法律の整備など規制や保全の枠組み作りの点では、どうでしょうか。例えば、化学物質審査規制法に生態系の保全が法律の目的として明記されたのは2003年の法改正のときでした。チッソ水俣工場の排水に含まれていたメチル水銀による中毒事件である水俣病の歴史をたどると、人間への影響が顕在化する前に猫が狂奔するなどの前兆現象が起きていたと言われています。そこから得られた教訓は、環境中の生き物に現れた異変は人間に対する警鐘である、というものでした。すなわち、小さな生き物にある種の異変が生じた際には、可及的速やかにその原因を明らかにして取り除くべきで、それが遅れると人間にも同様の異変や悪影響が及ぶ恐れがある、ということでした。にもかかわらず、生態系の保全が法体系に明示されるまでに、長い年月を要しました。卑近な例ですが、1997~1998年頃、環境ホルモン問題に社会の関心が集まっていたとき、筆者は時々「インポセックス(有機スズ化合物によって生じる、雌の巻貝への雄性生殖器の形成を主な症状とする一種の奇形)となった貝を食べても人間は大丈夫ですか?」と尋ねられました。この質問の真意は、わが身(人間自身)への影響を危惧するものでしたが、翻って、今この時点で原因物質(この場合は有機スズ化合物)の製造も使用も完全になくして、巻貝がインポセックスになることを防ごう(それによって、人間への潜在的な危険性も軽減できる)という大きな社会的主張には至らなかったことを残念に思いました。人間の生命や健康とともに生態系の保全を進めるためには、私たちの意識の変化も必要で、今後の課題の一つです。

 もっとも、法律を整えて規制や保全の枠組みさえ作れば、生態系の保全が図れる、というほど、単純ではないとも思います。ニホンカワウソの絶滅が、その一例であると考えるためです。ニホンカワウソは、2012年8月28日、環境省により絶滅種に指定されました。ニホンカワウソは日本全国に広く生息していましたが、生息する河川の環境の悪化や害獣としての駆除などのため、その生息数が激減し、1965年に特別天然記念物として指定された後も有効な保護ができないまま、生息数の減少に歯止めがかかりませんでした。ニホンカワウソは1979年まで辛うじて高知県で生息が確認されていましたが、ついに絶滅しました。特別天然記念物に指定されても、あるいは強力な法規制ができたとしても、それが有効に運用されなければ、実質的な意味はありません。それにしても、一つの生物種を絶滅に追いやることは、本当に罪深いことだと思えてなりません。

 生態系の保全を実質的に有効に進めるには、いくつもの課題が残されたままです。

(ほりぐち としひろ、環境リスク研究センター
生態系影響評価研究室長)

執筆者プロフィール:

筆者の堀口敏宏の写真

昨年から、福島県の調査にも出かけています。先日、警戒区域内で調査をしていたら、子連れのイノシシに出会いました。子どもの方に「おいで」と呼びかけたら、トコトコと近寄ってきました。学生時代のあだ名は「くま」でしたので、仲間と思われたのかもしれません。場所によっては空間線量率が非常に高いこの地域で暮らしている野生生物のことが気になります。避難せざるを得なくなった方々の心中いかばかりか、とも思います。腹の底でふつふつとたぎるような想いが、調査研究の原動力となっています。臥薪嘗胆と念じる日々です。