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三次元励起蛍光スペクトル法を用いた霞ヶ浦湖水の解析

【研究ノート】

小松 一弘

1. 霞ヶ浦における新しいタイプの水質問題

 「霞ヶ浦」と言えば皆様は何を想像されますか?多くの方々は「日本第二の湖」「帆引き船」「蓮根」「アサザ」などをイメージすると思います。しかし少し前の霞ヶ浦を御存知の方の中には,「アオコ」を連想してしまう人もおられるのではないでしょうか?1970年代,霞ヶ浦ではアオコが大発生し,水面は緑色のマットで覆われていました。アオコマットはその上で水鳥が休んだりできるほど分厚く,その臭気は土浦駅のホームまで漂っていたそうです。アオコは,養殖鯉の大量死や景観の悪化,悪臭など社会問題を引き起こしました。

 1980年後半,霞ヶ浦におけるアオコ大発生は突然見られなくなり,代わりに新しいタイプの水質問題が取り上げられるようになりました。湖内において溶けている有機物(以下DOM)濃度が徐々に増加するという不思議な現象が確認されるようになってきたのです。さらに詳しく調べると,これは生物により分解されにくい有機物(生物難分解性DOM)が何らかの形で蓄積しているためであることが分かりました。DOM漸増現象はアオコの様に臭気を放ったり,景観の著しい悪化を招いたりすることはありませんが,このまま放置すると湖における有機物の水質基準を達成することはできません。また湖周辺の生態系に影響を及ぼす可能性も考えられますし,こうした湖水を飲料として使用すると,その処理過程でトリハロメタンと呼ばれる発がん性物質が生成されやすくなります。以上の現象は,霞ヶ浦だけでなく琵琶湖や十和田湖など日本各地の湖,さらには世界各地の湖でも報告されていますが原因はまだ分かっていません。

 現在,流域発生源対策を始めとして様々な水質保全対策が実施されていますが,いまだDOM削減のための効果的な対策方法は確立されていません。DOMは様々な種類の有機物の集合体であり,性質や起源についてまだ十分に理解されておらず,DOM削減案を打ち出すことが難しいためです。私の研究室では謎の多いこのDOMについて,その正体を探るべく,親水性/疎水性の割合,生分解性,分子量分布,糖組成,D,L-アミノ酸組成,安定同位体比などを通じてDOMをとらえ,性質や起源について調べています。そうした様々な手法の一つとして三次元励起蛍光スペクトル(以下EEMs)法が挙げられます。

2. EEMs法とは?

 分子にある波長の光(励起光)を当てると,物質はエネルギーを持ち基底状態から励起状態へ遷移します。その直後,物質が元の基底状態へ戻る際,様々な波長を有する光(蛍光)を放出します。どういった波長の蛍光を発するかは物質によって異なっており,蛍光強度は物質量に比例するため,蛍光分析は物質量の定量において広く用いられています。例えば藻類量の目安であるクロロフィルaは,波長が430nm付近の励起光を照射すると660nm付近の蛍光を発する性質を持っているため,その蛍光を測定し,クロロフィルa量の測定を行うのが一般的です。EEMs法はそうした蛍光分析の手法を応用した測定方法です。試料に様々な波長の励起光を照射し,発せられる蛍光の強度を波長ごとに測定します。例えば私の研究室では,200~600nmの励起光を5nm刻み(200nm,205nm,210nm…600nm)で照射し,発せられる蛍光のうち,200~600nmの蛍光強度を5nm刻みで測定しています。その後,縦軸に励起波長,横軸に蛍光波長,高さ方向の軸に蛍光強度のデータをプロットすることで図1の様な3次元の等高線図を描くことができます。図1(a)は1998年7月の霞ヶ浦湖水データ,(b)は河川を介して霞ヶ浦に流れ込む下水処理水のデータです。あちらこちらに山(ピーク)を確認することができます。このピークの位置から,どのような物質が含まれているか?をおおまかに推定することができますし,ピークの高さから,どれくらい含まれているか?を理解することができます。例えば,図1のピーク3はタンパク質様物質に由来するものであり,ピーク4はフミン様物質に由来するものであると言われています。

3. 最適な測定と解析を目指して

 EEMs法の最大の利点は,測定自体が簡便でありながら,多くの情報を得られ感度も高いことです。DOMの性質を調べる他の手法は,たいていの場合,多くの労力と時間を費やします。この「簡便さ」という観点から,EEMs法はDOM特性を定期的にモニタリングし,膨大な数の試料を測定するためのツールとして,多くの研究者に期待されています。

図1
図1 EEMs 法によって描かれる等高線図
(a)霞ヶ浦湖水,(b)下水処理水

 EEMs法には解決しなくてはならない問題点もあります。それは「解析が大変」ということです。私の研究室の実験条件では1つの試料あたり6400個の数値がマトリックス状に得られます。これらの数値を用いて標準化を行った後,図1の様な等高線図を作成します。きちんとした解析を行うためには,その等高線図を一つ一つ見て,ピークの位置を割り出し,ピークの高さを記録する"Peak picking"と呼ばれる作業を行わなくてはなりません。これを「自らの目と手」で行うのは大変です。EEMs法を用いてDOM解析を行う研究例は多いですが,一度に多くの試料を測定,解析した例が皆無であるのはそのためであると考えられます。しかしそれだと「簡便さ」という利点を有効に活用しているとは言えません。そこでまず,従来「目と手」で行っていた作業を自動で行うための解析プログラムを作成しました。このプログラムを様々なタイプの試料に適用したところ,再現性の高いピーク位置検出が可能であることが分かりました。さらにこれまで1試料あたり30分くらいかかっていた作業が,1試料あたり数秒で完了させられるようになりました。

4. EEMs法による霞ヶ浦湖水の測定

 1998年霞ヶ浦湖心におけるピーク4の蛍光強度とDOC濃度の季節変動を図2に示しました。ピーク4は,フミン様物質というDOM中の代表的な生物難分解性物質に由来すると言われています。DOCとはDOM中の有機炭素量であり,DOM全体量を表す指標として広く用いられています。

 まずピーク4強度は春季(3~4月)に低く,秋季(9~10月)に高いことが分かります。一方,DOC濃度は春季に高いという傾向が見られました。つまり,DOM中のフミン様物質の割合は春季において低いと考えられます。

 ピーク4/DOC比を計算することにより,DOM中に含まれるフミン様物質の割合を比較することができます(図3)。春季において地点ごとの比較を行うと,ピーク4/DOC比は,湖心の様に河川から遠い地点だけでなく,高浜入りや土浦入りなど河川の流出口に近い地点でも0.2(RU・L/mgC)前後の値を示し,地点ごとの差異は見られませんでした。つまり,春季にDOM中のフミン様物質の割合が低いのは流入河川水の影響ではなく,湖の内部で起きている現象に起因すると考えられます(例えば底泥溶出など)。

図2
図2 霞ヶ浦湖心におけるピーク4の強度,DOC(1998年)
図3
図3 霞ヶ浦の各地点におけるピーク4/DOC比(1998年)
単位はRU・L/mgC
湖内を赤,流入河川を青で表現しました。

 秋季においてピーク4/DOC比を比較すると湖心<土浦入り及び高浜入り<河川水であることが分かります。つまり,秋季における湖の水質は河川水の影響を大きく受けていると考えられます。

5. 今後の展開

 図1の右上方にピーク5が見られますがこれは由来物質が不明です。しかもこのピークは下水でしか見られない非常に不思議で興味深いピークです。今後,このピークの謎を解き明かしていきたいと思います。またその他のピークについてもその由来物質について検証が必要であると考えています。

 (こまつ かずひろ,水土壌圏環境研究領域)

執筆者プロフィール:

趣味は登山,最近はあんまり登っていません。EEMsの山と睨めっこする毎日です。しかし実験室である霞ヶ浦湖畔の臨湖実験施設からは筑波山が綺麗に見え,たまにハッとするような景色に出会います。その度に「本当の山に行きたいな~」と感じております。

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