兜 眞徳さんを悼む
理事長 大塚 柳太郎
環境健康研究領域上級主席研究員・兜眞徳(かぶとみちのり)博士は,10月10日午前2時31分に悪性リンパ腫のため逝去されました。享年58歳でし た。
兜さんは,東京大学医学部保健学科を卒業し同大学院医学系研究科修士・博士課程を修了した後,国立精神衛生研究所,長崎大学医学部助教授を経て,昭和62年1月に当時の国立公害研究所に環境保健部環境心理研究室長として入所されました。その後,地域環境研究グループ上席研究官などを経験し,平成13年4月からは国立環境研究所首席研究官(本年4月以降は上記の職名)として,当研究所の発展に多大な貢献をされてこられました。
兜さんは,環境と健康にかかわる幅広いテーマに関心をもち多様な研究を展開されました。それらのなかでも特筆されるのは,騒音と電磁界に関する研究でしょう。長年にわたり取り組まれた騒音の健康影響,特に睡眠に対する環境生理学的研究ならびに疫学的研究では,多くの研究業績を発表されるとともに我が国の騒音の環境基準改定に大きく貢献されました。一方,低周波電磁界による健康リスクの評価に関する研究では,我が国で初めて実施された大規模疫学調査の主任研究者を務め,高圧送電線周辺における小児白血病のリスクの解明に尽力されました。この成果は,兜さん自身が委員を勤められたWHO国際超低周波電磁界プロジェクトによるガイドラインの策定に重要な役割を果たしました。
私は兜さんと長い間,親しく付き合う機会に恵まれました。兜さんが学生時代を過ごした東京大学医学部保健学科,さらに大学院に進み研究者としての第一歩を踏み出した同大学人類生態学教室で,私は助手をしておりました。兜さんは,小泉明,鈴木継美,竹本泰一郎,鈴木庄亮をはじめとする多くの先生方の教えを受け優れた研究者に成長されましたが,兜さん自身が研究者としての恵まれた素質を持ち合わせていたと思います。私なりに簡潔に表現しますと,彼は多感であり多才でした。そして,常に最善を目指し努力を怠りませんでした。
彼は大学院に入学して間もないころ,周囲の心配をよそに,イランの農村に一人で調査にでかけたこともありました。彼独特の行動力を発揮したようで,2ヵ月ほどの調査にもかかわらず,イランの乾燥地域の住民に特異的な健康問題の所在など,豊富な内容の情報を入手してきたことに驚かされました。博士課程に進学してからもっとも多くの時間をあてたテーマは,騒音による健康影響でした。他の研究機関とも連携しながら,多くの実験を意欲的に積み重ねるとともに,様々な職業・地域集団を対象とする疫学的研究も盛んに行っていました。私も共同研究を行ったことがあり,共著論文を発表したことを懐かしく思い出します。
兜さんが人類生態学教室で過ごしていたときには,二人で夜遅くまで語り合うこともしばしばありました。その後は年に数回顔を合わす程度でしたが,私が国立環境研究所に赴任した昨年4月以降,話をする機会が増え喜んでおりました。私の質問に応じてUNEP,WHO,EPA(米国)などの活動や,日本の研究機関の対応などについて多くのことを教えてくれました。また,環境保健にかかわる様々な問題に対する国内外の研究の状況や彼自身の考えも語ってくれました。私は彼の相変わらず旺盛な研究意欲を感じる一方で,彼自身が病との闘いを強いられ時間の不足に苦悩していることに気づきはじめました。今となって思い出すのは,9月に会ったときに兜さんの体調を心配した私の言葉に対し,彼が「僕の体のことは僕自身が一番よく知っている」と返答したときの表情です。
残念な気持ちで一杯です。兜さんのご冥福を謹んでお祈りいたします。
(おおつか りゅうたろう)
[主な学歴・職歴]
昭和52年 6月 東京大学大学院医学系研究科保健学専門課程博士課程修了
同 国立精神衛生研究所研究員
昭和57年10月 長崎大学医学部講師
昭和59年 5月 長崎大学医学部助教授
昭和62年 1月 国立公害研究所環境保健部環境心理研究室長
平成 2年 7月 国立環境研究所地域環境研究グループ都市環境影響評価研究チ
ーム総合研究官
平成 8年 6月 国立環境研究所地域環境研究グループ上席研究官
平成13年 4月 独立行政法人国立環境研究所首席研究官
平成18年 4月 独立行政法人国立環境研究所環境健康研究領域上級主席研究員
[主な公職・国際活動など]
平成 5年~ 茨城県環境影響評価審査会委員
平成 8年 中央環境審議会専門委員
平成 8年~ 世界保健機関(WHO)電磁界プロジェクト国際諮問委員会委員
平成12年 厚生労働省生活環境審議会専門委員
[表彰]
平成 3年 日本騒音制御工学会奨励賞
平成16年 日本リスク研究学会学会賞
[学会における活動]
日本リスク研究学会 理事
日本行動医学会 理事
日本疫学会 評議員
日本民族衛生学会 評議員
日本衛生学会 評議員
[著書・論文]
騒音の生体影響,環境ストレスの内分泌系への影響,超低周波電磁界の生体影響,国内外での乳がんの疫学研究,地球温暖化の影響研究など多方面の研究分野における200を越える研究論文,著書などがある。