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環境問題基礎知識

赤潮

木幡 邦男

 私共の研究所でこの問題に係わる研究に着手した1970年代後半は,赤潮による漁業被害が特に酷く,いわゆる「赤潮裁判」が争われていた時代であった。現在では,高等学校の理科や社会の教科書にも写真入りで「赤潮」が解説され,すでに歴史の一つとなった感があるが,まだまだ,様々な形で環境問題として顕在している。

 この語を事典で調べれば,“水中のプランクトン濃度が非常に高くなり,そのため水面,特に海面が変色する現象”のように記載されているだろう。また,これによって大きな漁業被害が引き起こされてきたと記載されているかもしれない。文字から類推すると,いかにも海面が赤く着色し,魚を死に追いやるごとくだが,実際には,赤い「赤潮」が漁業被害をもたらすとは限らない。先に述べた教科書でも,赤潮による被害の説明の傍らに海面が赤く染められた写真を掲載しているが,原因となる植物プランクトン種の異なる例が見られることもあり,気になっていた。

 赤潮の原因となる生物として多くの種が知られており,この中に,珪藻,渦鞭毛藻,ラフィド藻,ハプト藻といった植物プランクトンや,夜光虫が含まれる。日本で,海面を紅に染める赤潮の原因種は,夜光虫であることが多く,この種は直接的には魚介類に被害を与えない。海面の色は,原因となる生物の色に依存し,様々に変化する。先に述べた瀬戸内海で養殖魚に大きな被害をもたらした赤潮原因種であるChattonella antiqua (ラフィド藻,写真)の赤潮では,海の色は暗い赤褐色(コーヒー色ともいわれる)に見える。一方,海色を変化させするほどの濃度では無いのに,魚介類に被害を与える植物プランクトンも知られている。このような理由から,最近研究者の間では,このような現象に対し,色に因んだ「赤潮」ではなく,より包括的な語としてHAB (Harmful algal bloom,有害藻類ブルーム) が好んで使用されている。ブルームは,開花,花盛りなどの意味の語であり,水界生態系の研究分野では,プランクトンの大増殖を表している(なお,ブルームについては3頁からの記事も参照)。

シャットネラの写真
写真 瀬戸内海で大きな漁業被害を起こしてきた赤潮の原因種の一つであるChattonella antiquaの顕微鏡写真

 植物プランクトンは,光合成を行って増殖し,動物プランクトンや魚類のえさとなり,本来,海域生態系の食物連鎖で基礎となる重要な働きがある。植物プランクトンは増殖するために窒素・リンといった栄養塩を必要とする。珪藻では,殻を形成するために珪素も必要とする。東京湾,大阪湾,瀬戸内海の様な閉鎖性の高い海域の海水中で,これら栄養塩の濃度が高くなり富栄養化と言われる状態になると,植物プランクトンが大量に増殖しブルームを引き起こす。ところで,食物連鎖の基礎となる植物プランクトンが大量に発生すると,なぜ,有害になるのだろうか。

 有害となる原因から,HAB種は大きく2つに分けられる。一つは,魚介類を直接死に追いやる毒,あるいは,魚介類に蓄積し,人間に害を及ぼす毒を生産するHAB種がある。他の一つは,毒性物質の生産は確認されていないが,大量に発生することで,その後,海域を酸素不足にし,その結果,底生生物や魚の弊死や海洋生態系の乱れを引き起こすHAB種である。これには,瀬戸内海,八代海等で大量に発生し,養殖魚の鰓を詰まらせたり,ダメージを与えることによって大きな被害をもたらしてきたChattonella antiquaが含まれる。植物プランクトンは,それ自身有機物であるため,大量発生後に捕食されたり死滅し,さらに微生物により分解される過程で海水中の酸素を消費する。ブルームは,その後,海域を酸素不足にし,その結果,底生生物や沿岸生態系に被害を与える。最近は,魚類には被害を及ぼさないにもかかわらず,多くの二枚貝を死滅させる渦鞭毛藻Heterocapsa circularisquamaが大きな関心を集めている。

 一方,人の様々な疾患を引き起こすほど強力なHABの毒は,その種類によって以下のように分類されている。
・麻痺性貝毒Paralytic Shellfish Poisoning(PSP)
・下痢性貝毒Diarrheric Shellfish Poisoning(DSP)
・記憶喪失性貝毒Amnestic Shellfish Poisoning(ASP)
・シガテラ毒Ciguatera Fish Poisoning(CFP)
・神経性貝毒Neurotoxic Shellfish Poisoning(NSP)
・藍藻毒Cyanobacterial Toxin Poisoning

 この内,日本で報告例が多いものは,PSPとDSPであり,カキ,ホタテ等の二枚貝がこれらの毒を持つHABを体内に蓄積する。そのため,自治体の水産部局や生産者は,常時,海域におけるHABの濃度や貝の毒化を監視しており,異常時には出荷停止などの対策を講じている。

 赤潮は,古くから知られた現象であるが,近年,人間の活動が沿岸域の生態系に大きな影響を及ぼすようになって,その発生や,発生による被害が急増してきた。社会・経済的な損失が大きいばかりでなく,場合によっては,人間の健康被害も考えられる。多くの研究者が取り組んできたものの,原因となる生物が多岐にわたることから,発生機構を全て解明するにはいたっていない。先に述べたように,海域の富栄養化が大きな要因であることから,海域の水質の監視・管理を進めることが,発生防止対策として重要であろう。

 藻類の分類については,筑波大学のホームページが良い参考になる。

 また,HABに関しては,UNESCO-IOC (Intergovernmental Oceanographic Commission)のGEOHAB (Global Ecology and Oceanography of Harmful Algal Blooms)のホームページに詳しく記述されている。

 渦鞭毛藻Heterocapsa circularisquamaについては,独立行政法人水産総合研究センター瀬戸内海区水産研究所のホームページに説明がある。

 国立環境研究所では,一連の特別研究として赤潮に関する研究を行った。このうち,国立環境研究所特別研究報告 SR-9-'92「富栄養化による内湾生態系への影響評価に関する研究」としてまとめた研究成果は,当研究所ホームページでご覧頂ける。

(こはた くにお,流域圏環境管理研究プロジェクト総合研究官)

執筆者プロフィール:

赤潮の研究を始めたのは25年前。現在は,干潟・藻場などの浅海域の重要性について研究している。