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SARSと腰痛−中国の都市大気汚染による健康影響の調査研究−

海外調査日誌

田村 憲治

  中国東北地方の都市大気汚染による健康影響調査のため,一昨年から短期であるが年4回ほど調査都市を訪問している。

 今年は5月末に撫順市における最後の調査のために,そして7月初旬には次の対象都市である鉄嶺市で調査を開始するために訪問する予定であった。しかし4月から明らかになった中国におけるSARS(重症急性呼吸器症候群)の大流行で,研究所から出張にストップがかかった。私の場合は,成田から瀋陽への直行便を使い,調査地域も「流行地域」(正確には,WHOによる伝播確認地域)ではない遼寧省内だけであるので,何とか予定通り出張を認めてもらいたいと粘って交渉した。やっと出張許可は出たものの,そこにはマスクなどの十分な衛生対策とともに,帰国後10日間の「自宅待機」が条件となっていた。そこで,中国側と再度調整して,調査をギリギリまで遅らせ6月19日の出発とした。さいわい中国国内のSARS感染は日を追って沈静化し,ついに出発1週間前には中国の限られた感染地域以外は注意勧告も解除されたため,「10日間の謹慎生活」も晴れて解除されての出発となった。

 成田発の中国南方航空機内では,客室乗務員はまだ全員マスクと手袋をしていたが,乗客でマスクをしているのは日本人の中でも少数で,私の排気弁付き高性能防塵マスクはかなり目立っていた。着陸が近づくと機内でSARS用の健康調査票が配られ,一人ずつ額にセンサーを向けて検温がなされた(写真)。撫順市に向かう瀋陽市境でも,感染地域からの自動車をチェックしたり消毒するスタッフのテントが残っており,まだSARS対策の手をゆるめていない雰囲気が感じられた。他方市内のレストランは,外食を控えていた市民が安心して出てきたようで,どこも大賑わいであった。

機内の写真
往きの機内で体温検査を受ける乗客

 中国側の研究代表は中国医科大学(瀋陽市)の公共衛生学院孫貴範院長であり,調査実施には調査都市の疾病預防控制中心(CDC)の協力を得ている。ここはまさにSARS対策の中心であるため,撫順市のCDCも,感染者が出ていなくても消毒や検査などで大わらわであったようである。

 所期の目的を無事に果たして帰国した6月24日には,ちょうど北京の流行地域指定も解除され,一段落となった。

 さて,7月10日から1週間,もう一度鉄嶺市に行って来たのであるが,4日目に鉄嶺から瀋陽に戻る車内で長時間窮屈な姿勢をとっていたために腰を痛めてしまった。そのため後半の調査は日本から同行してもらった研究者任せにしてホテルで寝ている羽目になった。按摩や電磁場,遠赤外線治療などを試みたが,全治2週間といわれた腰痛は帰国前日になってもやっと歩ける程度で,とてもトランクなど持てる状況ではない。鍼が効いた経験があったので,中国ならさぞ良い鍼灸師がいるだろうと孫院長に紹介を頼んだ。西洋医学を学んだ孫先生たちは,鍼がそんなに効くはずがないと取り合ってくれなかったが,頼みこんで医科大学の漢方外来へ連れていってもらった。漢方医は痛めた腰の回りに数本の針を10分間ほど刺したあと,両手の小指付け根に針を刺し,そのまま廊下を歩き,さらに一番痛い姿勢をとれと言う。恐る恐る痛みをこらえて腰を曲げたり捻ったりしていると,痛みがだんだん引いてくるのが分かった。30分ほどの治療で痛みはほとんど消え,背筋を伸ばしてスタスタ歩く私を見て,孫先生たち中国人の方がびっくりしていた。

 というわけで,何とか予定通り帰国できた。SARSが解除されてもあやうく腰痛で帰国後「10日間自宅謹慎」になるところであったが,1回の鍼治療のおかげで通常勤務も続けられた。治療中の写真を記念に撮っておいたが,公開ははばかられるので,ここでは土日にもかかわらず集まってくれた小学生の肺機能検査の写真を出しておく。

検査の様子の写真
肺機能検査を受ける鉄嶺市の小学生

 SARS騒ぎにもかかわらず,小学生の検査や環境測定を継続していただいた中国側スタッフと漢方医に感謝する次第である。

(たむら けんじ,環境健康研究領域)

執筆者プロフィール

飲めない酒に付き合わされ,おやじギャグも通じない中国での調査ですが,楽しくやっています。