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環境生物保存棟設立記念シンポジウム報告

研究所行事紹介

笠井 文絵

 平成14年7月23日,国立環境研究所地球温暖化棟交流会議室において標記シンポジウムが開催されました。このシンポジウムは,同時期につくば地区で開催された藻類に関する国際会議Algae 2002のサテライトシンポジウムとしても位置付けられており,「カルチャーコレクションと環境研究」と題して,タイ,中国,オーストラリア,米国,英国、ドイツ,日本の研究者による10課題の講演が行われました。カルチャーコレクションというのは,微生物や動植物細胞を試験管やガラス器内で増やした培養株や培養細胞を保存する施設のことです。Algae 2002に参加した研究者をはじめとして,環境研職員,一般の方を含めたおよそ100名が参加しました。

 午前のセッションでは,特別講演を含む5つの講演が行われました。まず,渡邊生物圏環境研究領域長から,今年5月に竣工した環境生物保存棟のお披露目をかねて新棟とその活動報告があり,その後,多くの絶滅危惧種を含むシャジクモの仲間の調査・研究の紹介がありました。1960年代の日本全国46湖沼の調査では31種(変種を含む)の存在が認められましたが,このうちの38湖沼について行われた1995-97年の調査では,26湖沼で全く姿が見られなくなった事実が示され,自然環境では絶滅してしまった種も含めて現在14種のシャジクモ類が環境生物保存棟に保存されていることが報告されました。また,筑波大学生物科学系の井上教授による「藻類:35億年に及ぶ進化と多様化」と題する講演では,藻類の分類学者以外の研究者を対象としていますと前置きされた後,いつもながら感心させられる美しい画像を豊富に使ったプレゼンテーションで,細胞内共生による藻類の多様化のメカニズムと歴史が語られました。

 この後,タイ科学技術研究所のマハカーント博士によるタイにおける有毒アオコの発生状況とモニタリングに関する報告や,中国科学院の宋博士によるデンチー湖など富栄養化の進んだ湖の有毒アオコモニタリングの事例が発表され,活発な質疑応答が行われました。アジア諸国の抱えている環境問題の一端がかい間見られた講演でした。また,オーストラリアCSIRO(Commonwealth Scientific & Industrial Research Organization)のブラックバーン博士からは,CSIROカルチャーコレクションの紹介と,オーストラリア沿岸に発生する毒をもつシアノバクテリアや渦鞭毛藻(うずべんもうそう)のDNA解析による個体群の地域性に関する講演が行われ,午前のセッションを終了しました。

 ランチタイムには環境生物保存棟の見学会を行い,多数の方々がカメラを片手に参加されました。フラッシュを浴びた頻度が最も高かったのは,環境生物保存棟のシンボルともいえる液体窒素保存システムと,藻類研究者が多かったためか,微細藻類の生きた細胞を培養している多数の試験管が並んだ培養室でした。

 午後のセッションでは,生物資源の応用とカルチャーコレクションをテーマに5つの講演が行われました。福井県立大学の広石教授は有毒アオコを抗体によって検出する方法について発表されました。当研究所の彼谷環境研究基盤技術ラボラトリー長からは,シアノバクテリアが生産する生理活性物質について,神経毒,肝臓毒といった分類ではなく,化学構造に基づく分類体系にしたがった説明が行われ,アオコ毒がどのようなカテゴリーに含まれるのかが示されました。

 最後の3課題は,それぞれ古い歴史をもつ藻類カルチャーコレクションの研究者からの発表でした。米国ビジェロー海洋科学研究所のアンダーセン博士からはCCMP(Provasoli-Guillard National Center for Culture Collection of Marine Phytoplankton)の紹介があり,博士自らローテックとおっしゃられながらも効率的なコレクション運営が紹介されました。米国での藻類培養株需要の高さ,培養株の販売による収益の多さに感心させられました。また,英国CCAP(Culture Collection of Algae and Protozoa)のデイ博士からは,凍結保存における問題点の指摘,ヨーロッパ連合の凍結保存を主目的としたプロジェクトの紹介がありました。最後に,ドイツ・ゲッチンゲン大学のフリードル博士から長い歴史をもつSA(Sammlung von Algenkulturen Goettingen;ゲッチンゲン大学藻類カルチャーコレクション)の紹介とともに,博士の専門分野である土壌性緑藻類の分子系統分類に関する研究が紹介され,一日のタイトなスケジュールが終了しました。

講演の様子
写真 アンダーセン博士の講義

 微生物系統保存施設の紹介,絶滅危惧藻類の保存,円石藻の分類学的研究など,環境生物保存棟で行われている研究成果10課題あまりのポスターを,記念シンポジウムの開催中交流会議室に展示しました。

 また,前夜には,シンポジウム講演者のほかに,日本,マレーシアのカルチャーコレクション関係者が集まり,懇親をかねたカルチャーコレクション会議が開催され,アジア・オセアニア地域のカルチャーコレクション間の絆を深めることができました。

 環境研究にせよ多様性保全研究にせよ,微生物のかかわる研究には培養株が必要不可欠です。生物資源の問題も含めて,培養株を維持し供給するカルチャーコレクションの役割はこれからも益々重要になると考えられます。本シンポジウムは,アジア・太平洋諸国の研究者へ藻類と環境研究のかかわりをアピールし,環境生物保存棟を中心とした将来のアジア・オセアニア地域ネットワークづくりのための絶好の機会になったと確信しています。

 最後に,シンポジウムを開催するにあたり,ご協力いただいた皆様に感謝いたします。

(かさい ふみえ,生物圏環境研究領域系統・多様性研究室長)

執筆者プロフィール

「微細藻類の種分化,化学物質の影響評価」がホームページに掲載されている研究課題。微細藻類の美しさのとりこになり20年余,以来,微細藻類がかかわる環境研究に従事。カルチャーコレクション(培養株保存施設)の運営に益々力がこもる。