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浅海域での生物による水質浄化
-福島県松川浦の干潟の調査から-

シリーズ重点特別研究プロジェクト:「流域圏における生態系機能のモデル化と持続可能な環境管理」から

木幡 邦男

浅海域の働き

 藻場・干潟などからなる浅海域には,幼魚を育んだり水鳥に給餌場・休息場を与えるなどの働きのほかに,水質を浄化するという働きがあります。水質浄化の主な担い手は,二枚貝などの底生生物と,海草・海藻などの植物です。私たちは,東京湾のように都市化の進んだ内湾に残された浅海域で,この水質浄化能を調査してきましたが,それと同時に,自然に近い環境が保全されている福島県の松川浦で,(財)地球・人間環境フォーラムと共同で,生物による水質浄化能について調査を行いました。本稿では,松川浦について得られた知見を紹介いたします。

松川浦について

 松川浦は,読者の皆様には余りおなじみではないかもしれませんが,福島県の北東部,宮城県との県境近くにある浦です。南北約5km,東西約1kmの主水域と,その西側にある南北約0.5km,東西約1.5kmの分肢部で構成されます。松川浦は,砂丘で太平洋と隔てられていて,太平洋との海水交換は,北部にある幅80m程の水路部を介してだけ行われます。流入する河川は,流量が多い主なものは宇多川だけですが,そのほかに小さなものが幾つか存在します。このように松川浦は,入り口と出口が限られていて,物質収支が測定しやすい海域と考えられます。

 松川浦は大変浅い海域で,漁船が通れるように深くした澪(みお)の部分を除いて,大潮の引き潮時にはほとんどの場所(図1中点描の領域)で水位が膝より下になり,歩いて移動できます。従って,太平洋との出入り口は小さいのですが,潮汐によって太平洋との海水交換が大変良く行われるという特徴があります。このことが,生態系の特徴にも繋がっています。松川浦では,漁業が盛んで,一年を通してアサリ漁が行われ,冬季にはヒトエグサ(アオノリ)の養殖が行われています。

サンプリング地点の図
図1 松川浦のサンプリング地点

 水質浄化の経路を概観すると,まず,河川などから栄養塩が流入し,それが松川浦内で生物による取り込みを受けながら,太平洋の海水と交換するという仕組みが考えられます。

 浦内の植物プランクトンなど懸濁物質は,濾食性(ろしょくせい)の二枚貝によってろ過されて,海水が浄化され,この効果は非常に大きいものです。ところが,二枚貝は排泄により,アンモニアなど無機態の栄養塩を海水に回帰させますから,水中の無機態栄養塩濃度を高くすると考えられます。一方,アマモのような海草や,アオサ(海藻),そして底生付着藻は,水中の無機態栄養塩を摂取して,水質を浄化します。従って,生物による水質浄化を考えるときに,二枚貝だけを考慮するのは不十分です。このようなことから,松川浦での物質循環を知るために,以下に示す項目について調査しました。

河川からの栄養塩流入と浦口での外海水との交換

 河川などからの栄養塩(窒素・リン)流入負荷量の算定について,当初,水量の一番大きな宇多川だけ調査すれば良いと考えていたのですが,数年間に渡り調査を進めるうちに,浦の西部に広がる農地からの負荷が無視できないほど大きいことが分かってきました。そこで,図1に示した河川すべてと,農業用水を汲み上げて浦に流す排水機場からの負荷を考慮することとしました。

 それぞれの河川で,断面積と流速を測定し,それらを掛け合わせて流量の値を得ます。さらに,河川の水質を測定し,流量の値と掛け合わせて河川ごとの流入負荷量を推算しました。窒素量としての負荷量は,宇多川からの負荷量が203kg/日と主な部分となっていますが,排水機場からの負荷量が106kg/日,また,最も南側に位置する日下石川が111kg/日と,それぞれ宇多川の負荷量の半分ほどあり,無視できない大きさであることが分かりました。これらを合計して,松川浦への流入負荷量は488kg/日と見積もられました。

 図1中の黒丸印は,水質測定の際のサンプリング地点を示しています。これらの地点で,満潮から次の満潮までの間,5~6回の調査を行いました。湾口部では,さらに詳細な調査を行い,海水の流出入を計測しました。海水中の窒素の現存量は,干潮時に1.84t,満潮時に3.23tであり,潮汐によって外部といったり来たりする量が,1.4tと,かなり大きいことが分かりました(図2)。これは,松川浦が非常に浅く,浦内の海水が干潮時には満潮時の半分ほどに減少するためです。

水質浄化の図
図2 松川浦での生物による水質浄化能

 松川浦の出口は相馬港になっていて,植物プランクトンの存在量を表すクロロフィルa濃度が常に高い状態にあり,松川浦に海水が侵入する満潮時には,浦口部のクロロフィルa濃度が高く,2000年8月の調査では,6μg/l以上でした。一方同調査で,松川浦内では底生生物による浄化によってクロロフィルa濃度は流入する海水中の濃度より低く,4μg/l以下となり,逆に干潮時には,浦の内部で浄化され,2μg/l程度になった海水が浦から浦口部を通って外部に出ていきました。このことからも,浦の内部で水質が浄化されているのが分かります。結局,浦口での海水交換の結果,クロロフィルa量を窒素量で換算して見ると,松川浦の内部に0.61t/日で栄養塩が流入していました(図2)。

生物量と生物による水質浄化能

 次に,浦の内部で起こっている生物的な過程について考察します。浦の水質が浄化される程度を知るためには,図2の枠で囲って示した生物量や,矢印で示した物質の移動速度について知る必要があります。生物量は,現地で詳細に観測を行い浦内全域の存在量を推算しました。また,アクリル製の容器(直径35cm,高さ58.5cm)で海水や海底の一部を囲い,その中の水質の変化から生物による栄養塩の摂取速度など物質の移動速度を測定しました。

 ここで考慮した生物は,アサリやカキ(マガキ)などの二枚貝,底生付着藻,アオサ,アマモ等です。アサリ等の底生生物は,海底に均質には分布していません。密集している場所もあれば,1個体も見いだせない場所もあります。アサリの現存量を求めるために,浦内の干潟を澪で分けられる約50の区画に分け,それぞれの区画で単位面積当たりのアサリの殻付き湿重を計測し,その結果と区画の面積から全体量を集計しました。

 本稿では,生物量や,水質浄化能を窒素ベースで議論しますので,ここで得られた湿重を窒素の値に変換しました。幾つかのアサリについて,湿重,乾重,窒素含量を測定し,これらの間の変換係数を求めます。この変換係数を用いて,アサリの湿重3,420tから,窒素量として16.3tが計算されました。このような変換を,カキや海草など,他の生物についても同様に行いました。

 松川浦には,カキが多く生息していますが,一部,養殖されているものを除いて,漁獲はされていません。出荷量がほとんどないことから,当初,カキの現存量は多くないと予想していたのですが,研究を進めるうち地元の方々の助言などにより,多くのカキが海底に群をなしていることが分かりました。ダイバーによる計測の結果,松川浦の海底には,カキが湿重で2,287t存在すると推定され,このほかに,養殖されているものが20t,また,護岸に付着しているものが34tで,合計が2,341tと計算されました。カキについての変換係数を用いて,ここで得られた湿重から,窒素量として8.5tが計算されました。

 海藻の生物量の測定は,浦内の藻場を中心に数十の観測線を設定し,その観測線に沿ってダイバーによる目視観察を行い,隈なく調査しました。その結果,窒素量としてアオサが 1.2t,アマモが 0.4tと求められました。

 アサリやカキが懸濁物質をどの位の速度でろ過しているのか,また,海草・海藻による栄養塩の摂取はどの位の速度かなど,図2中矢印で表された量をアクリル製の容器で測定しました。二枚貝の栄養塩取り込みは,懸濁態の窒素として,また,海草や藻類では,栄養塩の取り込みはアンモニア態の窒素として測定されています。

生物による寄与

 生物量や生物による水質浄化能を流入負荷量等と比較して図2に示しました。図から,底生生物が一日にろ過する窒素の量が,アサリで1.27t,カキで0.90tと,水柱の懸濁物量と比較して非常に大きな値であることが分かります。アサリ,カキが,松川浦水中の懸濁態のすべてを,数日の内にろ過する能力があるという推定になります。また,アサリ,カキによる浄化量が,流入負荷量と比べ同程度以上となります。このことから,底生生物が海水を浄化する能力が非常に高いと結論されます。

 東京湾では,護岸の生物による懸濁物質の除去が,流入負荷量の20 %程度と報告されています。一方,自然環境が残されている松川浦では,窒素循環のなかで生物による寄与が大変大きく,生物により浄化される窒素量は流入負荷と同程度であることなどから,健全な生態系が維持されていると思われます。

(こはた くにお,流域圏環境管理研究プロジェクト総合研究官)

執筆者プロフィール

二枚貝の研究を始めてから,スーパーに行ってもアサリやシジミが気に掛かります。産地はどこかな,栄養状態はどうかななど。二枚貝が海水をろ過する速度は大変大きく,1個のアサリが一時間当たり1リットル程度ろ過します。密集させると自らの呼吸のため酸欠になり死んでしまいます。味噌汁の前に砂を吐かせるためには,できるだけ大きな容器をお使い下さい。