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様々なエアロゾルによる直接および間接的な気候影響を考慮した全球大気海洋結合モデルによる将来の気候変化見通し実験

研究ノート

野沢 徹

 人間活動に伴う温室効果気体の増加により,今後100年程度の間に我々にとって深刻な気候変化が起こることが懸念されている。近年では,大気浮遊微粒子であるエアロゾルによる気候影響が無視できないこともわかってきた。このような,人為起源の温室効果気体やエアロゾルによる気候変化を将来にわたって見通すためには,数値気候モデルを用いるのが有効である。筆者が所属する大気物理研究室では,東京大学気候システム研究センターなどと協力して,全球大気海洋結合モデルを用いた将来の気候変化を見通す数値シミュレーションを行ってきている。本稿では,筆者が中心となって行った最新の結果について報告する。なお,ここで紹介するシミュレーション結果は今年の春に発行されるIPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change:気候変動に関する政府間パネル)の第3次報告書に掲載される予定である。  計算に用いた気候モデルは大気大循環モデル,海洋大循環モデル,海氷の熱力学モデル等から構成され,各モデルは物理法則に基づいた基礎方程式系から作成されている。数値シミュレーションは1890年から2100年まで行った。過去における温室効果気体やエアロゾルの濃度はできるかぎり観測事実に忠実に与えた。将来に関しては,IPCCが作成した最新の排出シナリオ(A1,A2,B1,B2:詳細はIPCC の特別報告書Special Report on Emissions Scenariosを参照)に従って与えた。図1は各シナリオにおける二酸化炭素(CO2)および二酸化イオウ(SO2)排出量の見通しを示す。これまでのIPCCシナリオ(IS92a)と比較して,すべてのシナリオにおいてSO2排出量が大きく減少しているのが特徴的である。エアロゾルの気候影響に関しては,従来の研究では硫酸エアロゾルが太陽光を散乱させることによって地球の反射率を増加させる直接効果しか考慮されていなかったが,本研究では,硫酸,炭素性,土壌性,海塩の主要な4種類のエアロゾルによる直接効果(基本的には冷却効果を持つが,煤や土壌性エアロゾルなどでは温室効果を持つ)と,これらのエアロゾルが雲核となって雲の場を変化させる間接効果(冷却効果)とを考慮した。間接効果は,エアロゾルが注入されることによって雲粒が縮小し,雲の反射率を増加させるアルベド効果と,雲粒から雨粒への変換の時間スケールが増大する寿命効果の両方を考慮した。

図1
図1 最新の排出シナリオにおける化石燃料燃焼起源の CO2(左側)およびSO2(右側)排出量の見通し

 図2は全球年平均した地表面気温の時系列を示す。CO2の増加による温室効果が卓越しているため,地表面気温はすべてのシナリオに対して上昇し続けている。2050年頃まではエアロゾルの間接影響による冷却効果が比較的大きいため,エアロゾル濃度の増加に比例して温暖化が減速されている。2050年以降,硫酸エアロゾルは減少するが炭素性エアロゾルが増加するため(図1参照),エアロゾルによる正味の冷却効果はあまり変化しない。それにもかかわらず,一部のシナリオでは地表面気温上昇が加速されている。簡単な解析の結果,これらのシナリオでは2050年以降に雲の放射特性が温暖化を促進する方向に変化しているため,地表面気温上昇が加速されていることが示唆された。この結果は他の研究機関によるシミュレーション結果と比較して若干高めではあるものの,気候モデルが必然的に持っている不確定性(我々の現象理解の限界,計算機能力の限界などに起因する)の範囲内であると考えられる。地表面気温上昇の地理的分布はシナリオ間で大きな差は見られず,北半球の陸上で大きく南半球の海上で小さいといった,いわゆる温暖化パターンを示している(図3参照)。

図2
図2 全球年平均した地表面気温上昇の時間発展
図3
図3 A2シナリオの2100年における地表面気温上昇の地理的分布

 シミュレーション結果の詳細な解析はまだ始まったばかりであり,むしろこれからが本番と言った感がある。データ量が膨大である上に非常に複雑なシステムであるため,解析には相当の労力を必要とすることが予想される。補助的なシミュレーションを行う場面も何度か出てくるであろう。大変なものを抱え込んでしまったという一抹の不安がある反面,何か面白いネタが転がっているような気もして楽しみでもある。慌てず騒がず,着実に進んでいけたら,と思う。

(のざわ とおる,大気圏環境部大気物理研究室)

執筆者プロフィール:

1998年1月1日入所,静岡県出身,専門は地球惑星流体力学。2000年問題の反動なのか,何事もなかったかのように21世紀を迎えてしまった。初詣にはまだ出かけていないが,平穏無事な世紀であることを願う。