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消えゆく熱帯林−持続的管理への課題

奥田 敏統

 1980年代の前半に毎年1100万ヘクタール割合で消失したといわれる熱帯林であるが,現在もなお農耕地などへの転換が進んでおりその減少に歯止めがかかる様子はない。それに伴い,残された森林の荒廃や断片化が深刻化し野生生物種の減少や遺伝子資源の枯渇など,もはや看過できない状況にある。熱帯林の生態系がいかに高く保たれているかについては数多くの書物で触れられているのでここでは詳しく述べないが,現在地球上の生物種群で名前がついているものは140~150万種程度でその約半分が熱帯に生息しているという。もっと詳しい調査を行えば熱帯の生き物の種類は地球上の全生物種の90%にも及ぶとの報告もある。さらに一つ一つの植物種の繁殖には異なった動物種が関与しており,生物間の相互作用一つが壊れても連鎖反応的に森林全体の組成や構造に影響がでるとも言われている。

 一方でこうした動植物の多様性は我々人類に直接的な恵みを与えてくれている。たとえば熱帯の生物は,食品,医薬品,工業製品などを新たに開発する際に欠かすことのできない原材料になりうる可能性を秘めているのである。現在世界中で治療薬として使われている植物は3500~7000種にも及ぶが,そのほとんどが熱帯起源であるという。こうしてみると熱帯林は人類の共通の資産であり,どんな生態系も世界遺産として登録されても決しておかしくない存在である。いささか打算的な見方ではあるが,これらの多様な動植物を絶滅に導くような開発行為は将来我々の生活を支え,向上させる可能性をつみ取ってしまうことにつながりかねない。

 ところが,熱帯林を抱える国や地域とそこからの生産物を利用するだけの先進国とでは森林に対する価値観に明らかな差が生じている。確かに森林はその中で暮らす人々にとって,「生活の場」であるが,さらに効率的な収入源を確保するためには,森林はある意味で邪魔な存在である。これは古代より我が国で平地や低海抜の山林域が農地に転換させられていったのとほぼ同じ理由である。東南アジアでは森林は択伐により有用木だけを伐採する方式が主流であるため木材生産のための森林伐採だけでは実質的には森林面積は減少しないが,アクセスのよい低地の森林は農地への転換がはかられている。しかも近年では,国家プロジェクトの一環として森林を皆伐しアブラヤシなどの大規模プランテーションへ転換する開発が行われており,数年前インドネシアで発生した大規模森林火災もこうした農地開発が発端となったことが指摘されている。

 我々が長年森林の調査を行っているマレーシアの人々を対象に天然林,生産林(木材を抽出するための森林,森林伐採を行った後に成立している二次林),アブラヤシなどのプランテーションの植生・土地利用形態でどの土地利用の比率を引き上げるのが最も好ましいかについて聞き取り調査を行ったところ,天然林のあとに続いたのは意外にもプランテーションであった。一部の伐採業者に利益が集中する林業経営(この場合曲がりなりも森林の景観は維持される)よりも,薄くではあるがより多くの人々に富をもたらすプランテーションの方が好感が持たれているのであろう。この調査結果は森林の本来持っている様々な環境保全機能よりも,伐採行為そのものに対する負の印象が根強いことを物語っているのであるが,裏を返せば熱帯林の諸機能に未解明な部分が余りにも多く,それらが,今日まで,正当に評価されてこなかったこと,さらにこうした機能を保全することに対するインセンティブが与えられてこなかったことが原因となって,開発行為から生み出される利潤とそれに伴うリスクが,地元住民の間で十分に整理・理解されていないことを示唆している。

 現在,我々はマレーシア半島部の典型的な熱帯雨林およびその近隣域を対象に,森林が持っている諸機能,たとえば炭素の蓄積機能,集水域の生態系保全機能,多様性の保全機能などについて,森林伐採や農地への転換などの開発行為に伴ってどのように変化するかについて調査を行っているが,近年の熱帯林の急激な減少を鑑みれば,こうして得られた成果を森林管理のためのプラニングにいかに迅速に組み込むかが課題となる。そこで,現在,森林機能に関する諸データを地理情報システム(GIS )に載せ,リスク管理を小地域単位ごとに行えるようなシステム構築のための作業を行っている。森林破壊を継続するか否かを決定するのは最終的には当事国と地域社会であることに異論はないが,森林の機能を明らかし,マネージメントプランを作成するまでの過程において,研究者ができること,なすべきことは数多く残されている。消えゆく熱帯林を前に確かに時間的猶予は少なくなりつつあるが,現場の森林管理者との接点を探ることを放棄し学術的興味の対象としてのみの熱帯研究に終始するにはまだ時期尚早のような気がする。

(おくだ としのり,地球環境研究グループ森林減少砂漠化研究チーム総合研究官)