マレーシア森林研究所から
海外からのたより
足立 直樹
昨年3月から科学技術振興事業団の研究者海外派遣制度でマレーシアに来ています。季節変化のない熱帯にいてすっかり時間の流れに鈍感になってしまいましたが,早くも1年が経とうとしています。マレーシアはシンガポールと並んで東南アジアの中でもっとも発展している国の一つであり,その首都であるクアラルンプールは近代的な大都市です。都市部では英語が広く通じ,治安も比較的良いので,外国人にとっては暮らしやすい環境です。
私の滞在しているマレーシア森林研究所(FRIM)は,第一次産業省に所属する国立研究所です。つくばの国環研とは熱帯林プロジェクトのカウンターパートとしてこれまで約10年の付き合いがあり,馴染みの深いところです。クアラルンプール郊外にある研究所までは,市の中心部から車で30分ほどです。約70年前に植林された裏山は今では樹高30mを超える立派な林に育っており,構内全体が森林公園のような雰囲気で,地元の人や外国人旅行者の姿もよく見かけます。天然林,植林,生物多様性,薬用植物,木材化学,林産工学,経済と全部で7部門があり,熱帯林の総合的な研究機関となっています。全職員は550名ほどですが,このうち研究者は約150名,博士の学位を持つ人は50名程度です。最近は給料が格段に良い民間企業に転職する人も多く,特に若手の層が薄いのがちょっと気になるところです。
FRIMという名前になったのは1985年に森林局から独立してからで,このときから日本でいえばエージェンシー化しました。政府から付く予算の2/3は給与に使われ,残り1/3は施設改修等に使われるので,研究費はすべて独自に確保しなければなりません。現状では研究費の8割が結局は国から来ているそうですが,それでも国側は「すべての研究(成果)は商業化すべし」という方針のようで,もともと産業と結び付きが強い部門はともかく,私のいる生物多様性部門のように基礎研究中心のところは苦労しているようです。そのようなわけで研究設備等も必ずしもよく整備されているとは言い難い状況ですが,これを補って余りあるのが経験豊富なアシスタントの存在です。研究員の数と同じぐらいのアシスタントがいて,研究室だけでなくフィールドの調査も手伝ってくれますので,日本では人手不足でできないような大規模な野外調査も比較的容易にできるというメリットがあります。
このように生態学の分野で言えば「熱帯林」という今一番ホットな研究フィールドを抱えながらも,こちらの基礎研究を取りまく状況にはかなり厳しいものがあります。いきおい日本など海外の研究機関との共同研究プロジェクトへの期待も大きいようです。私たちが共同研究をするときには,単に研究フィールドや実験施設を貸してもらうというのではなく,どうしたら現地の研究者による基礎研究を充実することにも貢献できるかも考える必要があるのではないかと思います。