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赤潮プランクトンの生態モデル

研究ノート

天野 邦彦

 1970年代をピークに,瀬戸内海において赤潮が頻発したことを記憶されている方も多いと思う。総量規制等の水質保全対策の効果もあり,発生頻度は下がり,以前に比べニュース等に登場することも減ったが,最近でも依然として赤潮の発生は報告されている。赤潮は,富栄養化した内湾や湖沼など閉鎖性水域において増殖したプランクトンが水面付近に集積し水面が赤茶色に着色する現象で,漁業被害を伴うこともあり,従来より数多くの研究がなされてきている。

 瀬戸内海における代表的な赤潮原因プランクトンの一つにシャットネラという藻類が挙げられる。現在までの研究により,シャットネラ赤潮は,夏期において窒素・リンといった栄養塩が水面付近では欠乏状態であるが,比較的浅い水深(5〜7m)より深い層には存在しているという状況で発生しやすいことが分かってきている。シャットネラはベン毛を持ち昼間には上昇運動し表層で光合成を行い,夜間には下降運動し底層の栄養塩を摂取する日周鉛直移動ができるため,このような状況で優占的に増殖が可能になると考えられている。

 現在私は,国立環境研究所において行われてきた豊富な実験結果を使い,日周鉛直移動を含めたシャットネラの増殖過程の数値解析モデルの開発を行っている。栄養塩濃度分布,日射量,水温,水の流れ等の環境要因がシャットネラの増殖に与える影響をモデル化し,シャットネラ赤潮がどの様な条件で発生するかを定量的に調べるのが目的である。

 図は瀬戸内海に設けた隔離水塊中で観測されたシャットネラの鉛直分布と8月12日の午前9時における観測値を初期条件として与えた計算結果との比較である。図に示した計算では,観測結果を参考にシャットネラは8mより深いところへは自ら移動しないとしたが,この制約なしには観測値に見られる午前3時の水深8m付近のピークを再現することはできなかった。制約がなければ一部の個体は10m付近にまで下降し,鉛直分布はピークが低くもっとなだらかなものになったはずである。

 これは数値実験的にシャットネラの日周鉛直移動距離の限界を設定した結果であり,栄養塩成層の位置はシャットネラ赤潮形成に非常に重要な役割を果たしていることを示唆するものである。隔離水塊実験では人為的に栄養塩成層を水深6m付近に形成させたため,夜間に下降してきたシャットネラは栄養塩摂取が可能であったが,もし栄養塩成層が10m程度の深さにあったなら栄養塩摂取は不可能で赤潮を形成するほどには増殖できなかっただろうと予想できる。

 しかし,なぜシャットネラはそれ以上下降しなかったのだろうか。種々の環境要因がシャットネラの日周鉛直移動に影響を与えていると考えられるが,現在のところはっきりしたことは分かっていない。今後,実験等を通して得られるであろう新たな知見を取り入れ,シャットネラ赤潮の機構解明,対策策定に役立つモデルを開発していきたいと考えている。

(あまの くにひこ,水土壌圏環境部水環境工学研究室)

図 シャットネラの日周鉛直移動観測結果(■)と計算結果(-)の比較

執筆者プロフィール:

京都大学工学研究科土木工学専攻修了,本稿が掲載される頃に独身生活に終止符を打っている予定??