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(平成8年度開始特別研究)海域保全のための浅海域における物質循環と水質浄化に関する研究

プロジェクト研究の紹介

木幡 邦男

 我が国は,四方を海洋に囲まれ,我々は,その豊富な天然資源や景観等,自然の与える恵みを長く享受してきた。戦後の高度成長期を迎える前までの我が国の海岸の多くは,自然のままの状態であり,内湾域の多くは,砂浜とそれに続く遠浅の海であった。浅海域(ここでは,水深約10mよりも浅い沿岸域とする),特に干潟は,魚類の産卵の場であったり,幼魚の生育の場であったりし,水産資源にとって重要なばかりでなく,例えば,渡り鳥の摂餌場等となるなど,自然と人間との共生の確保という観点から自然環境保全上その役割の重要性が認識されつつある。さらに,浅海域では,水中・底泥中での生物活動が非常に盛んであり,高い有機物分解速度などから,水質浄化能力が高いと言われている。

 浅海域における環境保全の重要性は,平成6年12月に定められた環境基本計画でも言及され,たとえば,「海域においては,自然海岸,干潟,藻場,浅海域の適正な保全を推進するとともに,自然浄化能力の回復に資するよう必要に応じ,人工干潟・海浜などを適切に整備する」と記されており,特に内湾の環境については,富栄養化を防止するよう定められている。さらに,沿岸海域を干潟・藻場・珊瑚礁等多様な生態系や豊かな水産資源を持つものとし,優れた自然の保全,干潟・藻場などの保全に努め,社会資本整備等の事業の実施時には十分配慮するよう定められている。

 しかし,近年の国土開発のため,浅海域・干潟は,特に内湾部において埋立などにより多くが消失してきた。過去に行われた開発は,環境への配慮が必ずしも十分であったとは言えず,顕在化した環境問題が議論されることが少なくない。それにもかかわらず,東京湾,大阪湾,伊勢湾を初め,多くの浅海域で,自治体,企業などによる開発計画が進みつつある。

 今日,水質浄化能の評価をとってみても,科学的な知見に基づく浅海域の機能評価が十分にできる状態とは言えず,開発による環境影響を評価するのにも定まった手法がない。我々にとって,様々な意味で価値の高い内湾域や,その浅海域において,それ等を持続的に活用し続け,環境の保全を図るためには,保全のための変更や代替案を考慮に入れるなど適正な開発の指針を示す必要があり,そのために科学的根拠による調査法・評価法がさらに進歩する必要がある。

 国立環境研究所では,平成3〜6年度に行った特別研究で,閉鎖性海域における貧酸素水塊の動態,特に青潮の発生機構を,また,海域生態系での微小な動・植物プランクトンによる食物連鎖を明らかにしてきた(国立環境研究所特別研究報告「閉鎖性海域における水界生態系機構の解明および保全に関する研究」,SR-20-'96)。

 このような背景から,標題の特別研究では,前特別研究の成果を踏まえ,平成8〜10年度に渡り,以下の2課題の下に調査・研究を行う。ここでは,浅海域の生態系のうち,水質,水界生態系・底泥での物質循環に関する研究を主体とし,浅海・干潟域において,基礎生産・摂食・分解等による,炭素・窒素・リンの物質循環を明らかにすることを目的とする。さらに,生態系モデル等を開発し,水質以外の環境要因をも考慮して,浅海・干潟域の価値の評価法を検討する予定である。

1. 浅海・干潟域における物質循環の実証的研究

(1)浅海域は,栄養塩の供給や,光合成に必要な光が十分であり,藻類による基礎生産が非常に高い。栄養塩を摂取した藻類が,餌として高次栄養段階の生物に摂取され,浅海域の外に運び去られることで水質を浄化すると考えられる。浅海域における生物中の炭素(C)・窒素(N)・リン(P)存在量を調査するとともに,C,Nの同位体に着目した手法も用いて食物連鎖の経路での物質循環を,実験系・現場調査等で明らかにする。

(2)海水中で生産された植物プランクトンを初めとする有機物は,様々な過程を経て,底泥に蓄積する。底泥では,底生生物がこの有機物を分解し,無機化するが,浅海域では,生物量が多く,活動が盛んなため,有機物分解速度が大きいと言われている。このため,浅海域は,有機汚濁の除去に貢献すると言われるが,一方,有機物分解は酸素消費を伴うので,底層水の貧酸素化とも関連している。ここでは,特に底泥直上水の流れに留意し,室内実験を行うことなどにより,底泥表層での有機物・酸素・栄養塩等の物質循環を明らかにする。

2. 海域における物質循環モデリングと浅海域機能の評価に関する研究

(1)陸域で発生する有機汚濁や栄養塩負荷は,その大部分が海域に流入し,特に内湾において富栄養化問題を引き起こす。総量規制や窒素・リンの環境基準により流域の水質を管理するためには,流入負荷の増減と閉鎖性水域水質変動との関連が明らかでなければならないが,この関連を科学的に検討するためには,数理モデルを用いる方法が最良である。ここでは,内湾全体の生態系を,3次元流動モデルを基にした生態系モデルを用いて検討するが,他のサブテーマの成果を活用し,現状では十分に明らかではない窒素・リンの底泥からの回帰を取り込むなどの改良を加え,浅海域での物質循環をより正確に記述することを目的とする。

(2)浅海域の底泥上で起こる有機物分解,酸素消費,栄養塩の回帰等,密接に関連した水界・底生生態系の相互作用をモデル化し,浅海域特有の生態系を評価する手法を開発する。

(3)鳥類・希少動植物の保護,水産資源の保全の立場から,また,景観やレクリエーションの場と言った親水の観点からも,浅海域の重要性が言われている。これら多様な浅海域の機能を科学的に表現する手法を検索し,開発に伴う環境影響を事前に検討するための手法を整理し,検討する。

 干潟・浅海域における水質浄化能は大きく,仮に東京湾で昔の自然干潟がすべて残っていれば今日の海域汚濁問題はなかったであろうとする報告もある。一方,貧酸素化した浅海域からは,窒素・リン等の栄養塩が水中に回帰し,新たな汚濁源となるという指摘がある。富栄養化は陸域からの負荷と同時に浅海域での栄養塩の挙動も考慮されるべきであるが,この点に関する現在の科学的知見は,まだ不十分といえる。本特別研究の成果が,浅海域での炭素・窒素・リン等の物質循環を明らかにすることで,水環境を適切に保全し,流域全体を管理するために有効に活用されるよう努力したい。

(こはた くにお,地域環境研究グループ 海域保全研究チーム)