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オゾン層破壊に関与する光化学反応の解明に関する研究 − 光化学反応の実験的解明 −

プロジェクト研究の紹介

今村 隆史

成層陸iオゾン府は複数の化学反応系(主な反応系としてはChapmanの純酸素機構やHOx,NOx, CIOxサイクルなどの述鎖化学反応がある)のバランスの上にできている。オゾン層破壊はフロン等の微量成分気体の成層圏濃度の増加に伴い,オゾンの生成・消滅に係る化学反応のバランスが崩れることによって起きている。その意味でオゾン層破壊は成層圏化学の顕著な現れと位置付けることができる。いいかえれば,成層圏化学の研究なしにオゾン層破壊に関する化学の解明はない。成層圏化学を特徴づけている要因は,(1)「大気の窓」と呼ばれる180-230nm領域の紫外光の透過,(2)低温(210-270K)および低圧(100-0.4Torr),(3)大気の運動,が挙げられる。特に極域付近は特殊な物理的条件下にあり独特の化学系を産み出していると考えられる。成層圏化学の立場からは総体としての化学反応系の理解と反応系を構成する個々の素反応過程の解明の両方からのアプローチが必要である。両者が相補的関係にあることはいうまでもない。本課題では光化学チャンバーを用いたモデル実験(総体)と物理化学的手法を用いたラジカル反応の速度の測定(素反応)を軸に研究を進めてきた。

(1)光化学チャンバーを用いたフロン類によるオゾン分解モデル実験

 内容積6m3の光化学チャンバーを用いて,フロン類によるオゾン分解モデル実験を行った。実験は光定常状態にあるO3濃度がフロン類等の添加によってどのように減少していくかを紫外吸収およびフーリエ変換赤外吸収(FT-IR)法を用いて測定した。フロン類の光分解速度は予めFT-IR法によって決定した。チャンバー実験ではオゾン濃度の減少速度を加速するため導入するフロンの濃度をppmオーダーまで上げて実験した。モデル実験としては,特定フロンおよびハロンによるオゾン分解の相対速度の測定,代替フロン(HCFC)による相対オゾン分解速度の測定,フロン(ClOxサイクル)によるオゾン分解に対するハロン(Br系)の共存効果の検証,さらにはCH4存在下でのフロン・ハロンによるオゾン減衰速度の変化の測定などを行った。代替フロンの実験では分子内に同じ数だけCl原子を有するHCFC間(CF3CHCl2とCH3CFCl2)でオゾン分解速度が異なることが見いだされた。これはHCFCの紫外光分解で生成するアルキル型ラジカルから後続反応によってCl原子が放出される効率の違いがオゾン分解速度の差となって現れたものと考えている。 CH4の共存系ではフロンによるオゾン濃度の減少速度が著しく減速されることが観測された。これに対しBr系ではオゾン減少速度への影響はほとんど認められなかった。これはフロン(Cl系)の場合Cl+O3→ClO+O2に加え,Cl+CH4→HCl+CH3の反応経路が開く(CH4が terminatorの役目を果たす)のに対し,Br系ではBr+CH4→HBr+CH3反応が非常に遅いためと考えられる。

(2)物理化学的手法を用いたオゾン層破壊に関連する反応の速度の決定

 成層圏オゾン層破壊に関連する反応系を構成するラジカル反応について主としてレーザー光分解−光イオン化質量分析(LP-PIMS)法を用いて反応速度の測定を行った。光イオン化質量分析(PIMS)法の特色は,(1)様々なラジカルへの適用範囲が広い,(2)選択性に優れている,(3)検出感度が高い,(4)パルス法の併用が可能である,などが挙げられる。最近イオン化光源の改良等によってPIMS法として世界最高感度(従来の50〜100倍)を得ることに成功した。これにより,さらに応用範囲が広がると共に,精度の高い測定が可能となった。フロン等の光分解によって生成するハロメチル(CX3:X=F,Cl)ラジカルの反応速度の決定はフロン等の成層圏での化学反応を明らかにする上で基礎データを提供するものである。CX3ラジカルの成層圏における消失過程としては一般にO2分子との反応(パーオキシラジカル生成)が考えられる。LP-PIMS法を用いてCX3ラジカルとO2分子との反応速度測定を行った結果,トリクロロメチルラジカル(CCl3)とO2分子との反応が特に遅いことが分かった。このことはO3との反応の速度定数がO2 分子との反応に比べ103倍程度大きければCCl3ラジカルの消失過程としてO3との直接反応を考慮する必要が有ることを意味する。そこでCCl3+O3 の直接反応の速度定数を決定するためLP-PIMS法を用いた測定を行った。O3との直接反応の速度の測定では共存するO2との反応による消失を考慮しなければならない。O3/O2系での測定とO3—→3/2O2変換後の測定とを対で行うことによりCCl3+O3の反応速度定数を(9.0±0.8)×10-13cm3molecule-1s-1と決定した。得られた反応速度定数をもとに[O3]/[O2]比が最大となる高度 35km([O3]/[O2]〜3.5×10-5)でのCCl3ラジカルの消失過程を(室温を仮定して)見積もった。その結果,(1)CCl3は主として O2との反応によって消失する,(2)O3との反応速度はO2との反応の約1/3000,O原子の約170倍である,と見積もられた。

 最近では,オゾン分解サイクルに直接関与するラジカルの1つであるHO2ラジカルをPIMS法によって検出することに初めて成功し,HO2ラジカルの重要な素反応HO2+NO→OH+NO2に対してLP-PIMS法による反応速度の測定を行なった。その結果,反応速度定数がこれまでの推奨値より 20%程度小さい値であることが分かった。

 今後はオゾン破壊反応にエアロゾルが及ぼす影響を明らかにしていく必要がある。エアロゾル上での不均一反応と相互作用の大きいラジカル反応の割り出しおよびその速度・機構の決定やエアロゾルによるラジカルの取込速度の測定を通して成層圏化学におけるエアロゾルの影響を探っていくつもりである。

(いまむら たかし,大気圏環境部大気反応研究室)